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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Call

------<オープニング>--------------------------------------

「何かさ、最近面白くないよな」
 書類やファイルが乱雑に散らばったデスクに足を乗せ、駆音はそう零した。
 向かい側のデスクに座っている東堂は、そんな台詞は聞き飽きているのか、自分の仕事に余念がない。積まれた書類に目を通しながらパソコンに向かい、今週の報告書を作成していた。
 相手にされず不貞腐れた駆音を横目にコーヒーを啜っていた東堂は、パートナーの八つ当たりがゴミ箱から同僚へと移ろうとしているのに気付き、ポツリと呟いた。
「“Call”って知ってるか?」
 面白そうな話なら、どんなに騒がしくしていても聞き取れるという不思議な耳の持ち主は、後輩へのちゃちな文句付けを止めて、東堂のデスクに駆け寄った。
「何、何々!?とっし〜がそういう話持ち掛けるのって珍しいじゃん!」
 興奮したようすの駆音に内心ため息を吐きつつ、30手前だというのに落ち着きのない男に東堂はデスクに戻るように指示した。
 話聞きたさに渋々戻った駆音に、仕事を終えたら取材に行こう、と約束して。
 “Call”……それは東堂が知人から聞いたうわさ話だ。
 生まれた時に付けられた名を、交通事故にあい一時的な記憶生涯によって忘れてしまった少女。
 少女は身元を確認できるようなものを一切持っておらず、結局探し出す前に治療室で短い一生を終えた。
 誰も少女の名を呼ぶ者はなく。
 その後も少女の知り合いだとかいう人物は現れることなく、彼女の遺体は無縁仏に葬られることとなった。
 だが、少女は今でも事故現場の付近に現れるらしい。「私の名を呼んで下さい」と言って……。
 東堂は普通この手の話は嫌いだった。死んだのに幽霊として出てくる、なんて死者への冒涜だと思っているからだ。だが今回は――
(俺は少女を知っているかもしれない……)
 奇妙な予感めいたものが、あった。


------<本文>--------------------------------------

「おおっ狭波ちゃん!お久し〜」
 嬉しそうな駆音の声に、東堂は里美との話しを中断して振り返った。見ると入り口の扉の前に中学生ぐらいの女の子が立っている。そしてその脇に賢そうに佇む柴犬。狭波と呼ばれたその子は、少し困った顔をして、そう遠くもないところで千切れんばかりに手を振る男に、小さく手を振り返すことで応えていた。
「あの子は?」
 里美も訪問者に気付いたようで、視線を東堂から少女へと移して尋ねる。東堂はさあ、といった風に肩を竦めてみせた。一度会ったら友達、を地でいく男の知り合いを把握しきるのは、ただの仕事上のパートナーには不可能だ。
 すぐさま興味を失って、持っていた資料に目を戻す東堂につられる形で、里美も思考を今回の仕事のことへと切り替えた。好奇心はあるがこの仕事に対するそれとは比べ物にならない。記者としての直感には自信があるのだ。
 が、そこへ邪魔者が現れた。否、確か彼も今回の仕事仲間だったはずではあるが。
「とっしー、こちら柏木狭波ちゃん。俺が頼んだ助っ人」
 そう紹介され、東堂は憮然とした表情で駆音を見た。彼は始めにこにこ笑っていたが、東堂が何も言わないことに思い至ると、すぐさま抗議した。
「その顔、信用してないな!?狭波ちゃんは立派な巫女さんなんだぞ!」
「まだ見習いだけど」
 まるで自分のことのように胸を張って威張る駆音に、また困惑の混じった笑みを浮かべて、狭波は東堂の前に立った。そしてよろしく、と辞儀をする。
 東堂はその言葉と狭波の丁寧な挨拶に、少々慌てて表情を取り繕った。と言っても、傍目にはそれとわからないぐらい彼は自然にやったのだが。
「失礼。本職の方に来て頂けて助かる。こちらこそ、よろしく」
 そう早口で挨拶してから手を差し伸べた。狭波は少し戸惑ったが、しっかりと差し出された手を握り返した。
 一連の様子を横で見ていた里美も、今日初めて会った2人の前に出て名刺を差し出した。それからにっこりと笑って挨拶をする。
「初めまして。私は崎咲里美。今日はよろしく!」
 元気の良い挨拶を受け、更にテンションを高くした駆音を見て、東堂と狭波は同じ種類の溜息を吐いた。



 事故があったという現場の付近は比較的寂れている感じだった。表通りはそうでもないが、道を一つはずれると、ずらりと廃ビルが並んでいる。中にはその一角を借りてスナックとしているようなのもあったが、人通りも少ないためか、賑わっている様子はない。もちろん、まだ夜の入り口であるこの時刻に賑わっている店というのも、そうはないだろうが。
 事前に調べたところによると、この通りは随分前からこんな風だったらしかった。とすると何故こんな場所で件の少女は事故にあったのか、些か不審なところではあるが。
「……取り敢えず、その女の子の行方を探さないと」
 言いながら狭波は、事故が起こったという道路の脇にしゃがみ込んで、そっとアスファルトに触れた。柴犬の龍斗もそれにならって身を伏せ、鼻を地面に摺り寄せる。
 高い雑居ビルに囲まれているために日が当たることがないのか、何の熱も感じさせない地面は、しかし狭波には性格に残留思念を感じ取らせた。骨を震わせるような強い思念が狭波の頭の中で音声となって大きく響いた。

――青がとっても近いわ……!

 次いで起きた酷い耳鳴りに、狭波は慌てて手を引っ込めた。ここの思念は強過ぎて、有力な手掛かりを得られそうにもない。どうしようかと狭波が思考を巡らせていると、少し離れた所にいた里美が小さく声を上げた。
「どうかしたか?」
 東堂が声を掛けると「静かに」と静止を促された。里美がじっと見ている方向を目で追ってみるが彼には何も見えなかった。
 暫くすると里美はふう、と息を吐いて3人を振り返った。少し疲労の浮いた笑顔で、けれども彼女の声は明るかった。
「あの建物にいるみたい」
 里美が指差したのは、既に取り壊しの決まっているらしい、背の高い廃ビルだった。



「里美ちゃんは記者なんだってね」
 何かを感知しているらしい犬の後を追っていると、ふいに声を掛けられた。振り返るとこんな場面でもまだ屈託のない笑顔が向けられていて、里美は困惑した。
「仕事、好き?」
 唐突な質問だったが、里美は少し考えてから頷いた。好きかどうかと聞かれれば、好きな方だろう。それより先に急き立てられるものがあって、あまりそういうことを考えたことはなかったが。
 里美が頷いたのを見て、駆音は片眉を上げてみせた。おどけている風なその表情の真意は読み取れなかった。
 だから率直に聞いてみた。
「駆音さんは?」
 今度は力なく笑ってみせる。結局答えを発しない駆音に焦れてもう一度口を開きかけた時、前を歩いていたはずの犬の吠える声が、今し方通り過ぎたばかりの部屋の中から聞こえた。

「見つかった?」
 里美と駆音がその部屋に入った時には、既に狭波と東堂がそこにいた。柴犬の龍斗も中空を見つめたまま座っている。見ると、その先には随分と弱々しい少女の霊がいた。
 今にも消え入りそうな少女の姿は、どうやら東堂と駆音には見えていないようで、彼等は里美や狭波がじっと何もないところを見ているのを不思議そうに首を傾げて傍観している。霊力がないと見えないらしい少女は、よく観察すると口をしきりに動かしていた。何か言いたいらしいのだが、それを音として伝えるほどの力が残っていないのだろう。
 少女の傍らに立っていた狭波はそれを知ると、自分に乗り移ってもいいと言った。本来なら霊を体に乗り移らせることはかなり体力を消耗し、その上希に抜けられなくなるなどといったことがあるため、あまりいいことではないのだが。
 心配そうに顔を歪めた里美を見て、狭波は薄らと笑みを浮かべた。
「他に方法が?この子には、時間もないようですし」
 空気の流れに滲む少女は、泣きそうな顔で狭波の体に飛び込んだ。



 少女――正確には少女を乗り移らせた狭波――は繰り返し自分が誰だか教えて欲しいと訴えた。外見からしてまだ10歳に満たないといった感じの女の子は、一人は寂しいと眉を下げる。自分が何者かさえ分かれば、天国で知っている人に会えるかも知れないのに、と彼女は呟いた。
 どうも自分の存在がわからないことへの不安から、こうやって自縛霊と化しているらしかった。
 しかしその不安も徐々に諦めへと変わりつつあるのだろう。霊体を保てなくなって来ているのはよくない兆候だった。成仏ではなく消滅となりかけている証だ。
 里美は少女の側によって短い質問を繰り返していた。何か覚えてることは?いつからここに?好きなものは――?
「青が、好き」
 それを聞いて東堂がはっとしたように顔を上げた。少女は里美の隣りで、やっと答えられた質問ににこにこしている。それは最早狭波の表情ではなく、確実に少女のそれだった。
「最後に見た景色、覚えてるの。お空がとっても近くって、きれいな青だったのよ」
 はしゃいだ声に記憶がシンクロする。東堂はしばし呆然とした後、突然それを口にした。
「海……?」
 驚いた顔で少女が振り返った。もう一度確かめるように呼ばれて、顔をくしゃりと歪め泣きそうになる。『海』。それが少女の名前だった。彼女が死後も欲した、唯一のもの。
 最後ににこりと幼い顔で笑って、「ありがとう」を伝えると、海は狭波の中から出て行った。気配ごと消えてしまっている。無事成仏できたんだろう。
 狭波はふう、と一息吐くと満ち足りた顔で微笑した。海の影はどこにもない、彼女の表情だった。



「「で、結局どういう知り合いだったんですか?」」
 帰りの車の中で里美と狭波が声を揃えて尋ねた。あまりのタイミングに駆音は馬鹿笑いを零す。助手席の相棒に一瞥をくれると、東堂はバックミラーをちらりと見て、苦笑した。
「以前、取材の関係で。重油事故で海が汚れたという取材で……もうちょっと幼い時分の彼女が、汚れた海をじっと見つめてたんだ。酷く印象的だった。本当のところ、さっき私はあの子の名前じゃなくて、その時のことを思い出しただけだったんだ」
 彼女はこの汚れた空を見て故郷の海を思い出したのだろうか。そう考えて、東堂は少し自嘲気味に笑った。そんなことは有り得ないだろう、と。
 結局彼女がどんな子で、何故こんな東京の片隅のうらぶれた場所で事故に遭ったのかはわからなかったが、実のところ誰もそんなことを気にしはしなかった。ただ彼女の死後誰も彼女を訪れなかったことに、一抹の希望を抱いた。
 ――きっと天国の入り口では、彼女を知る誰かが待っているのだろう、と。



                         ―了―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2836/崎咲・里美(さきざき・さとみ)/女/19才/敏腕新聞記者】<東堂の知り合い
【1462/柏木・狭波(かしわぎ・さは)/女/14才/中学生・巫女】<駆音の知り合い

(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、ライターの燈です。
 「Call」へのご参加、ありがとうございました。

>崎咲里美様
 自分より他人を優先させてしまう、とのことでしたので、いいお姉さんになってもらいました。
 19才の敏腕新聞記者!とってもカッコイイですね。設定をあまり生かし切れてませんが…(汗)

 それではこの辺で。ここまでお付き合い下さりありがとうございました。