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<東京怪談ノベル(シングル)>


 Preserved flower 〜優雅な休日〜
「ゆ〜なは休みの日、何をしてるの?」


 と、クラスメートに尋ねられ、我ながら困惑してしまった。
 わずかばかり小首を傾げて、のんびりと休日を振り返ってみる。



 ――何をしているかしら?




            ★         ★         ★



 朝の光がカーテンを透して差し込んでくる。いつものくせでセットしていたのだろう昔から使っているアナログ時計が遅刻するぞとばかりに騒ぎ立てたとしても、まだ眠っていられる。そんな贅沢な休みの朝はいつもより少しだけ遅く始まった。
 大抵は寮の自分の部屋で1人過ごす事の多い休日の朝。
 一番最初に部屋のカーテンを開けて、室温調節された季節感のない部屋から窓の外の四季を望む。
 大好きな石榴の花咲く夏を乞い、石榴の実る秋を希む。
 窓の桟で戯れていた雀達が一斉に飛び立ったのを見送って、紺碧の空を抱えるように深呼吸を一つ。机の上の石榴をおはようとばかりに軽く叩いて、そのまま浴室へと向かった。
 半身をぬるま湯に浸して穏やかな時間の中にたゆたう。
 窓の外から時折聞こえる小鳥達の歌声に耳を傾け目を閉じると、まるで空を泳ぐ雲のような、そんなふわふわとした気分になる。夢うつつをまどろんで気がつけば時計の長い針は一回り。
 半身浴からあがって濡れた体をタオルで軽く拭くと、そのままのかっこで部屋に戻る。
 別段散らかってるわけでもない部屋を簡単に片付けシャワーを浴びて制服に着替え学食へ。遅めの朝食・早めの昼食。時間のせいか人の少ない学食で静かにランチを楽しんで部屋に戻る。
 制服を脱いで、かといって部屋着を身につけるわけでもない。自分の部屋の中に居る時は一糸纏う事はなかった。身軽でいたかったし気楽に過ごしたかったから。
 そうして洗濯機をまわす。
 機械はすこぶる苦手だけれど、洗濯物を入れてボタンを押せば乾燥までしてくれる優れものだったから自分にも扱う事が出来た。それ以外の機能もあるらしいけれど、自分にはそれ以上使いこなせないし今のままでも充分だった。
 お茶を淹れて人心地ついたところでフローリングにぺたんと座りこむ。
 お気に入りのクッションには石榴の刺繍。自分の手作りだ。それを膝の上に抱えて丸くなると、ごろんとベッドにもたれかかって何するでもなく机の上に飾られたプリザーブドフラワーを愛でる。石榴石と呼ばれるガーネットのような鮮やかな赤を留めたまま、木の籠から溢れるように顔を出した石榴を見ていると不思議と心が和んだ。
 プリザーブドフラワー。別名、枯れない花。造花でもなく、かと言ってドライフラワーとも違ってまるで生花のようにそこに咲き続ける花。自分には、その原理は理解できないけれど、まるでとこしなえに咲き誇る花。
 ベッドの傍らでただ転がって充分に石榴を鑑賞したら、楽に座りなおしてベッドに背もたれる。
 作りかけの刺繍をのんびりと始める為。針を刺し糸を通しては、丸い刺繍枠の中に浮かび上がってくる石榴に満足する。
 真正面の壁にぶら下がる、やはり自分で作った石榴の刺繍のタペストリーと見比べて、この上ない至福を満喫した。
 やがて洗濯機が、せっかくの楽しいひと時を壊すようにデリカシーなく乾燥の終わりを告げると、作りかけの刺繍を仕舞って洗濯物をたたむ。
 それから、その日二度目の半身浴。
 浴室にある窓からは桜の木が見えて、春には桜色に初夏には若葉色に夏には新緑に秋には枯葉色にと目を楽しませてくれるけれど、それを眺めながら折々、石榴を植えてくれればいいのに、なんて贅沢を思ってしまう。
 かわり目を閉じて、石榴達が木になっている姿を思い描きながら、半ばうたた寝でもするように安らかな時間の流れに身を任す。
 いつしか空が茜色に染まる頃まで。
 再び制服を着て学食へ。
 夕食の後は、胃を休めるようにのんびりと読書に勤しむ。といっても小説などではない。
 昼間と同じお気に入りのクッションをお腹に抱え刺繍の本をめくる。そこに載った図案に触発されながら次の図案をぼんやり考えたりもしたが、大抵思い描くのは大好きな石榴の図案。今度は何を作ろう。
 ベッドの上に転がりながら、あれでもない、これでもないと胸躍らせて寛いで。
 その後の入浴は、やっぱり半身浴だった。
 浴室の窓は夕焼けから夜の月に変わっていて柔らかな影を落としている。
 静謐とした時間に目を閉じて、ぬるま湯の中に身を委ねる。移ろう時間の海に漂うようにゆらゆらと揺られ、気がつくと時計の針が二回り程しているのはいつもの事。
 軽くシャワーを浴びてバスタオルを羽織ながら浴室を出ると、ライティングビューローの上にのる叔父様宛ての手紙が目にとまる。
 書きかけのその手紙にペンを走らせ封筒に仕舞って。
 机の上の石榴に、心の中でおやすみなさいと声をかけてベッドの中へ。
 眠りについた。
 時間に終われる事のない優雅な休日は、いつもより遅く始まったけれどいつもと同じ時間に終わる。


 いつもと同じ休日は、もしかしたら、ずっと変わる事のない休日の過ごし方かもしれない。とこしなえに咲くプリザーブドフラワーのように・・・・・・。



            ★         ★         ★



「ゆ〜なは休みの日、何をしてるの?」


 と、クラスメートに尋ねられ、我ながら困惑してしまった。


 半身浴をしてうたた寝して、ベッドの脇に転がりながら刺繍をして、また半身浴を楽しみまどろんで、ベッドの上に転がりながら石榴の写真集や刺繍の本を捲っては半身浴を満喫する。
 一日中何もしないで趣味に興じてごろごろと過ごす休日。


 おっとりと首を傾げて休日を振り返る。
 それから花が咲いたようにふわりとわらって応えた。


「一日中、ごろごろしています」





 - Fin -





追記(あとがき)

 プリザーブドフラワー
  直訳は保存された花ですが別名、枯れない花とも呼ばれています。
  現時点ではバラやカーネーションなど一部の花に限られているそうですが、
  将来的にはその他の花も出来るのではと期待をこめて、
  また永遠の17歳であるゆ〜なと、どこかイメージが重なったので、
  使わせていただきました。

 咲う:わらう
  『咲』という漢字はくちへんで、元はわらうという意味だそうです。
  おかしくて笑うのとは違って、花が咲いたようにふわりとわらう場合に使うようです。

  プリザーブドフラワーのように、咲いの絶えない素敵な休日でありますように――。