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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF!〜駆け抜ける児童!〜


 誰もいなくなった小さな学校の教室でぽつんとひとり自分の机に向かって筆を走らせていた。彼は泥だらけになった体操着のまま手紙を書いている……もう下校時刻はとっくに過ぎている。彼のいるところにだけ電灯が光を照らしながら心配そうに見つめていた。
 彼はこの田舎の小学校で陸上部のリーダーを務める和志だった。数年前、偶然テレビで見た陸上大会に感動した彼はすぐさま陸上の道を選んだ。そして5年生になった今、先輩からリーダーを引き継ぎ今まで以上にがんばろうと意気込んでいた。しかし、手紙を書く彼の目にはたくさんの光の粒がこぼれる……一文字書くたびにまぶたを閉じ、涙がこぼれるのを必死に我慢している。和志はそれでも書き続ける。その宛名は今も現役で陸上選手をしている古井 武次郎へのものだった。

 『たけじろう選手、信じてもらえないと思うけど、僕は急にのろまなせんしゅになってしまいました。みんなからもカメとか言われるようになりました。なぜかというと、僕がおそくなったのではなく、みんなが早くなってしまったからです。少し前にやってきた外人のエルモンド体育コーチがみんなにレッスンしたら急にそうなってしまったんです。理由はわかりません。みんなが早くなったのに、僕だけは早くなれませんでした。だから僕だけおそくなりました。みんなは中学生もおいこせるほどのスピードで走ります。先生もみんな、こんどの大会にはその早くなったみんなの中から選ぼうといってます。今まで大会をめざしてがんばってたのに、これじゃくやしいです。たけじろう選手、僕にもっともっと早くなる方法を教えて下さい。なんでもします、そうじもします、食事もつくります、勉強もします。だから教えて下さい。よろしくおねがいします。』

 その手紙の最後に自分の名を入れると、祈るような思いで便箋のふたを畳む……和志の悔しさはいくつかの文字をにじませていた。


 そんな和志の手紙は休暇中の古井 武次郎の元へと届けられた。トレーナーからそれを受け取った彼は封を丁寧に開き、実室で2枚の手紙を読み始めた。

 「みんなが急に早く……? 自分が遅くなったわけじゃないのか??」

 内容を見誤ったのかと心配した武次郎だが、何回読んでも間違いはない。しかしその事実がますます彼の首を横へ倒す。文章を信じるなら、送り主の和志のタイムが平凡になってしまっているのだろう。彼は手紙を読み返しながらコードレス電話に手を伸ばし、ある人物に連絡を取り始めた。その男はすぐに電話に出た。

 『はい、霧崎ですが……なんだ、武次郎か。』
 「久しぶりに連絡したのにずいぶんなご挨拶だな。『絆』の方が忙しくって友人に気も回せなくなったか?」
 『冗談言うな、俺はいつもこんなもんだ。しかしこちらも驚きだ。陸上選手ってのはそんなに休暇をもらってていいのか?』

 霧崎という男性としばしの談笑を楽しむ武次郎だが、手に握られた救いの手紙に視線が行くと本題へと話を導いた。

 「俺さ……今日、熊坂村の小学校の陸上部員から手紙もらったんだけど、なんか変なことが書いてあるんだ。」
 『変なこと?』
 「ああ、ある日突然陸上部のリーダーやってるような子を徒競走でビュンビュン追い抜かしたそうだ……うさんくさいトレーナーが来た直後にな。」
 『その子が遅くなったのではなく、周囲が早くなったのか……まさか「アカデミー」の仕業とでも言いたいのか?』
 「可能性があるから電話したんだ。まぁ、この調子なら今に地元の新聞あたりから騒ぎになるだろうよ。今のうちに探りを入れた方がいいんじゃないのか?」
 『そうだな……ゴーストネットを使って心当たりのある人間を雇ってみよう。いきなり俺たちが動き出すと危ないからな。子どもたちが人質に取られでもしたら大変だ。』
 「よし、その方向で頼む。こっちも視察を兼ねて熊坂村に行ってみる。」

 武次郎は『絆』という名の組織を運営する霧崎との電話を終え、静かに受話器を置いたのだった……


 心地よい朝がこの東京にやってきた。もう午前10時、第二の人生を謳歌しているおばあちゃんたちの中に混じって小さな公園での奉仕活動を行っているひとりの青年が町のサイレンを聞いて立ち上がった。彼の名はアイン・ダーウン。東南アジアから日本の東京へやってきた外国人だった。彼はある事情で毎日をこのような奉仕活動で過ごしている。しかし今日は彼にとって特別な日だった。この近辺の活動を運営している会長に一声かけに行くアイン。

 「すみません組長さん、今日は午後から用事があるのでそちらにいってもよろしいでしょうか。」
 「おーおー、別に構いはせんよ。先週はよくがんばって花壇のレイアウトにも尽力してくれたし、ゆっくり羽根を伸ばしておいで。」
 「ありがとうございます。」

 アインは深くお辞儀をするとさっそく公園を後にする。そんな事情を知らないおばあちゃんたちは本人や組長から理由を聞いて残念がる。彼はこの辺では格好の話し相手として人気があるのだ。だから一銭にもならないような活動をしていても昼食に困ったことはない。しかし今日はその誘いを蹴ってでも行かなくてはならないところがあった。それは熊坂村の小学校だった。彼は静かにつぶやく。

 「成長さえすればオリンピック級の早さを得ることのできる小学生たちがいるとは……いったいどうしたことだろうか。まさか俺のように加速装置をつけられた子どもたちが大量に存在するというのだろうか。そんな悲しみは俺ひとりが受けとめればいい。未来ある子どもたちにそんな不幸は必要ない。今日の草むしりは皆さんにお任せして、俺は熊坂へと急ごう。走ればそれほど時間はかかるまい。」

 サイボーグである悲しみを胸に、彼は疑惑の熊坂へと出発したのだった……


東京都の奥地に存在する熊坂村。その人口は5千人程度で農業が盛んな場所だ。こんな片田舎では高層ビルもなりを潜め、前まで存在した昭和を思わせるような風景がちらほらと見られる。それでも今の世は平成。走っている自転車も自動車も今の最新モデルだし、学校から帰った男の子が持っているのはベーゴマではなく携帯ゲーム機だ。熊坂村にいるとふたつの時代をミックスしたようなそんな感じがする。
 そんな村にひとつしかない小学校にアインと同じようにひとりの高校生がやってきた。この村には高校はない。隣街にひとつあるだけなのだが、彼はどうもそこの学生には見えない。学校の制服は着ているが、この辺では見ないものだ。銀色の髪を村の風になびかせながら歩く青年は物珍しそうに隣に立っている古ぼけた鉄棒を見つめていた。

 「親父が子どもの頃は……こんな鉄棒で逆上がりの練習でもしたのかな。」

 田舎の雰囲気を楽しんでいるのは大神 蛍だった。彼がこの小学校にやってきたのには理由があった。ある事件をきっかけに『アカデミー』という名の秘密組織のことを知ったのだが、どうやらこの小学校でその影がちらついているらしく自ら調査にやってきたのだ。アカデミーは他の暗黒組織とはやり口が違い、表立って活動することがないので非常にわかりづらいという特徴を持っている。大神がそんな彼らの怪しげな動向に気づいたのは、他人の情報が原因だった。それはゴーストネットに書かれたおかしな内容の書き込みで『熊坂村には将来のオリンピックアスリートがたくさん生み出されているらしい』というものだった。大神はネットサーフィンで何気なくアカデミーのことを調べている時、その情報をつかんだ。
 その時に引っかかったのが『生み出されている』という表現だった。普通に「存在する」と書くと何の面白みもない文章になってしまうのは確かだが、この書き方は異様に思えた。何かを訴えかけるそんなメッセージに見えた。そして自分が実際に見聞きしたことと照らし合わせていくうちに、やはりこれはアカデミー絡みだと判断せざるを得なかった。足の早い児童を生み出しているのがアカデミーの『教師』ならば……そう思った時、彼は学校を途中で抜け出し、身体は勝手にこの村へと向かっていた。

 彼が小学校に着いた頃には放課後になっていた。高校とは違い、小学校は授業時間が短い。大神は多くの小学生たちとグラウンドですれ違う。その子どもたちは彼をこの学校の卒業生かと思っているのか、丁寧にお辞儀してから帰路に着く。それに返事をしながら彼はグラウンドの中へと歩を進める。

 「自分が小学校に通ってた頃は、どこもそんなにクラブ活動なんて熱心にやってたように思えなかったな。そんな雰囲気の中で全国レベルの早さを持つ子どもたちが量産されているなんて……まさか。」

 自分が疑問に思っていることを言葉にして整理しようとしていたのか……大神は本当に今そこを歩く小学生が自分よりも早いスピードで走るのかが疑問だった。彼の予想通り、今日は小学校のクラブ活動の日ではないようだ。それを証拠に玄関から出てくる子どもたちは誰も体育着を着ていない。大神がそんな彼らを見ながらグラウンドを横切りながら来客玄関を目指そうとしたその時、泥で真っ黒になった体育着を誇らしげに着た少年がさっそうと出てきたではないか。彼は入念に手首や足首を回し、今まさにグラウンドに出ていこうとしている。彼だけは今から何かのトレーニングをするのだろうか。大神は立ち止まり、その少年をじっと見た。

 「能力が開花して足はもう早いのにトレーニングか。努力することはいいことだな。」

 幼い頃の自分を照らし合わせ、訳もわからずにとにかく自分なりにがんばった日々を思い出す大神。しかし、彼の目の前で信じられないことが起こった。大神は想像とはまったく違うものを見せつけられ、思わずその場で固まってしまう……

 「ま、まさか、そんなバカな……この学校の子はみんな全国大会レベルのはず……」

 そう、玄関から飛び出した少年が勢いよくトラックを走るスピードは上の下といった程度のもので、とても全国大会で入賞できるような実力ではなかった。原石といえば聞こえは言いが、とても噂通りのものには思えない。大神は自分の記憶を頭の中で反芻した。

 (「たくさん生み出されているというだけ……まさか小学校全体の話ではないのか? なら、今のあの子と才能が開花した子とはいったい何が違うというんだ?」)

 その様子をすでに到着していたアインも見ていた。彼は黒いマフラーをなびかせて校舎の屋上からそれを見つめていた。推定速度はそれほど出ていないが、12歳としては運動能力に秀でていることはよくわかった。しかし、大神の感じたことを同時に感じざるを得なかった。

 「改造されない子どももいるのか、それとももっと違う方法で……どうなのだろうか。」

 校舎を挟んでサブグラウンド側では子どもたちが鬼ごっこをしていた。そちらの速度を見るとまさに「ウサギとカメ」である。あの子どもたちはおそらく加速できるようになった子どもたちなのだろう。アインの感心はどんどんとそちらに向いていくのだった……

 下では大神は理解に苦しんでいる最中、隣から同じことを考えている男が彼の横からぬっと顔を出してくる。その男の登場で大神の頭の中はますますパニックになっていくのだった。

 「あっ、あなた!!」
 「あらら、またお友達。大神クン、よく会うねぇ〜。ところでガッコはどうしたの?」
 「藍原さん、お久しぶりです!ってやっぱりこういうとこで会うってことはやっぱり……」
 「やだね、男同士のあうんの呼吸って。考えてること全部すっきりわかっちゃうのっていいんだか悪いんだか。ネットゲームでは便利でいいんだけど。」

 飄々と話す黒スーツの男は藍原 和馬だ。大神ともアカデミーとも面識のある彼もまた、ゴーストネットの書き込みに呼ばれてこの小学校にやってきた。彼もまた少年のスピードを見て同じ感想を口にする。

 「噂と違うなぁ……こりゃやっぱり調査の価値あるかもな。」
 「ですよね。僕たちが見てもあからさまに違いますもん……」
 「お兄さんたち、どっちかもしかして古井 武次郎せんしゅですかっ?!」

 少年は彼らの目の前で直立不動になる。どうやらあの少年は何かを期待して年上の男たちの元へとやってきたようだが、ふたりは同時に首を振った。だがふたりともその名前のことは知っていた。

 「違うよ、俺は大神 蛍。こちらの方が藍原 和馬さん。古井選手って、たしかオリンピックを目指してるスプリンターだよね。君はその人を待ってるのかな?」
 「うん……そうなんだ。僕、この学校で徒競争すると後ろから数えた方が早いから。それで古井せんしゅに手紙を書いたんだ。早く走る方法を教えてくださいって。」
 「それで俺たちを立派な選手と勘違いしたのか。なるほどね。お前、名前は?」
 「和志……お兄ちゃんたちこそごめんね、人違いで。」

 当てが外れたのがそんなに残念だったのか、目に涙を浮かべてその場を立ち去ろうとする和志の腕をつかむ藍原。

 「おいおい待ちなよ……泥だらけのダンディーが泣くもんじゃないぜ。和志とかいったな。お前は自分が早くなりたくって陸上を選んだんだろ。がんばろう、始めようって時の気持ちをもう忘れちまったのか。泣くほど悔しいんだったらいいぜ、俺とこいつがお前の特訓に付き合ってやるよ。こう見えても俺たち、結構早いんだぜ? そりゃもう2人3人はゴボウ抜き!」
 「うぐうぐ……本当に、ホントに教えてくれるんですかぁ?」
 「ちょ、ちょっと藍原さん……教えてあげるのはいいですけど、学校の中にも探りを入れないと。俺、未成年だから特訓の方やりますから、藍原さんは先生たちをお願いしますよ。問題の先生がさっさと帰っちゃったらどうするんですか?」

 気を落とした和志を励ます意味もあったのか、藍原は彼の特訓のコーチを申し出る。勝手に助手に任命された大神は自分のやろうとしていることを邪魔されたのが気に障ったのか、彼の耳元で本来の目的を改めて丁寧に説明する。すると藍原は涼しい顔をしてこう言ってのけるではないか。

 「ああ、学校内部のチェックなら、もう警視庁の人が入ってる。」
 「そうなんですか、ならいいんですけど……………って、警視庁!? 藍原さん、あなたいったいなに考えてるんですか!」
 「いたたたたたた! く、くるし……お前さ、気安く胸倉つかまないでくれる!? このスーツ、結構高いんだから!」
 「でも藍原さん、アカデミー絡みの事件で警察を呼んだって……」
 「だから違うんだって、俺が通報したんじゃなくって……勝手に来たの!!」

 藍原の説明は和志の特訓を大幅に遅れさせてしまっていた……何も知らない和志はぽかーんとした表情を浮かべながらそこに立っていた。


 ふたりの話題になっていた警視庁の警官は体育教官室にいる外国人コーチとソファーで話をしていた。その警官はここが母校であり、休暇で里帰りしていたのだ。そして母から最近の小学校の評判を聞き、学校を訪問したという訳だ。彼の名刺はテーブルの上に置かれていた。そこには『警視庁対超常現象特殊処理班 葉月 政人』と書かれていた。目の前にいるジャージ姿の灰色の髪の男は肩を揺らしながらさっきから愉快に笑っている……ずいぶん前からこのふたりの会話は始まっており、いろいろな話題に花を咲かせていた。

 「まさかこの学校から警視庁の、しかもエリートコースを歩いている方を輩出しているなんて……まさにあなたはこの学校の誇りです。」
 「恐縮です、エルモンドコーチ。私が陸上での最高記録は高校のインターハイで400メートルで決勝に残った時ですね。この学校にいる時はちょっとだけ足の早いただの子どもだったんです。早く走りたいとがんばってた頃が懐かしい。」
 「いやいや、そんなことはありません。あなたの努力は実に立派です……ところで葉月サンはこの地域の土着の方ですか?」
 「いえ、それは親に聞いてみないとわかりませんが……それが何か?」
 「違うのならそれでいいんです。最近は過疎化が進み、こんな小さな学校でも名物が必要だったようで……そこで私が特別コーチとして呼ばれたんです。髪の色が違うコーチが来ただけで話題性は十分だったみたいですけどね。」
 「そうだったんですか。外国の方とお聞きしていましたが、ずいぶん日本語が堪能なんですね。」
 「いえいえ、ニホンで暮らす方が長かったんですよ。だから私の故郷はニホンです。ははは。」

 他愛のない話をして時を過ごしたふたりはお互いに用事があるといい、その場を離れることとなった。まず先にエルモンドがその場から去りグラウンドへと向かっていった。その後、腰をゆっくりと上げた葉月が扉へと歩を進め、教官室の扉をゆっくりと開けた。そして近くにエルモンドがいないことを確認すると、彼はポケットから携帯電話を取り出してどこかに電話をし始めた。繋がった先は職場の警視庁だった。

 「あ、すみません葉月です。実は調べてほしいことがあるんですけど……熊坂小学校のエルモンド体育コーチに関してなんです。」

 葉月も大神たち同様、奇妙な違和感を感じていた。この学校の児童全員ではなく、何かしらの方法で選ばれた子どもの足だけが異常に早くなっている。もっと他にも身体的能力を伸ばす力の存在があってもいいのに、足の早さだけが変化しているのがどうしても引っかかったのだ。その答えを出すべく、彼は職場に協力を求めたのだった。窓の向こうではサブグラウンドで恐ろしいスピードを出して鬼ごっこをしている子どもたちが映っていた……


 子どもたちは自分の足の早さを存分に生かしながら鬼ごっこを楽しんでいる。もちろんみんな早くなった児童ばかりだ。はしゃぎ回っている子どもたちの中に赤い風が吹いた……それはまさに一瞬の出来事だった。鬼だった男の子はその風に両肩をつかまれ、身動きの取れない状態にされていた。その風の正体は小麦色の肌をした青年・アインだった。黒いラインの入った赤いジャージに漆黒のマフラー……子どもはそこから逃れようとしたが、彼のやさしい瞳を見てむやみに動くのをやめた。

 「すまない、実は君たちに興味があってここに来た。俺の名はアイン・ダーウン。外国生まれだ。君たちはすごく足が早いんだな。なんでなのかな、俺に教えてくれないか?」
 「何言ってんだよぉ〜、お兄さんの方がずっとずっと早いじゃんか! あっという間に僕を捕まえたじゃん!」
 「ははは……これは参ったな。ま、確かにそうだけどさ。どうかな、教えてくれないか?」
 「別にいいよ、僕たちだってお金払って早くなれたわけじゃないし。教えてもお兄さんの足が早くなるわけでもないし。」

 アインはしなやかな指で長いマフラーを撫でながら少年たちの話を聞き始めた。彼のマッハの動きに惚れたのか、鬼ごっこを中断して彼の周りに群がる小学生たち。早さの秘密がどこかに隠されていると思ったのか、子どもたちは必死でマフラーや髪、果てはズボンのラインにまで真剣な様子で触る。実はアインの超加速の秘密は体内に存在したのだが、子どもたちにそんなことがわかるはずもない。彼はそんな無意味なお触りに怒りもせず、アインは鬼だった少年から真剣に話を聞いた。

 「実はね、最近体育コーチに来たエルモンド先生が僕たちの指導をしてくれたら自然に早くなったんだ! こうやって足を動かしてって、ひとりひとり丁寧にね!」
 「身体に……触れて?」
 「でもみんながみんな早くはならなかったんだ。陸上部でがんばってる友達の和志も早くなれなくってさ、ホントはすっげー早かったんだけど……今じゃ後ろから数えた方が早いくらいで。なんかかわいそうなんだ……あいつ、転校生だからかなぁ。」
 「ちょっと待って、転校生……? ここにいるみんなって、もしかして……」
 「そうだよ、みんな昔っからここに住んでるんだ。大きな街になんて年に2回くらいしか行かないってくらいの田舎もんなんだよ、俺たち。今どき珍しいだろ?」

 その言葉を聞いてアインは首を傾げる……エルモンドが児童の能力を開花させたことはわかる。しかしまったく効果のない人間が存在するのはなぜだ……彼は鬼をしていた少年に「ありがとう」と告げ頭を撫でると、その場を去っていく。彼の目指す先はただひとつだった。

 「エルモンドコーチ……会えばわかるか。その正体が。」

 赤い風は正面玄関に向かって走り出した。


 藍原と大神の熱血コーチは続く。まずはスタート時のフォームチェックから走っている最中の姿勢、そしてフィニッシュまでの力の温存とどこでかじったのかわからないような知識を延々と熱のこもった言葉で教えていた。不憫なのがそれにいちいち納得する和志の方だ。一連の動作を一生懸命覚えながら練習するその姿は涙すら誘う。大神のよーいドンの合図で習ったフォームを実践すべく校舎の方へと元気に駆けていく……そんな彼らの近くにやってきたのは葉月だった。彼は即席コーチたちに挨拶をする。

 「あ、この学校の体育教師さんですか。熱のこもった指導、お疲れ様です。実はちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」
 「え……いや、俺たち体育教師でもなんでもないんです。実はただの高校生で、こっちの藍原さんもただの便利屋さんで……」
 「お前な、人の持ち上げ方って知らないの? もうちょっと言われた方がうれしくなるような紹介の仕方しないとダメだよ。すっごく便利な藍原さんとか、ほらいろいろあるだろ?」
 「この学校の卒業生で、警視庁対超常現象特殊処理班に所属しております葉月と申します。皆さんはどのようなご用向きでこちらにいらっしゃったんですか?」
 「警察? ああ、さっきの刑事さんね。俺はただエルモンドとかいうコーチの変わりにだな、この和志の足を早くなるようにトレーニングを……」
 「え、エルモンドコーチ……やはり彼は……!」

 エルモンドと聞いて驚きを隠せない葉月。そのまま藍原に詰め寄ろうとするが、彼も黙ってはいない。

 「エルモンド……やっぱりなんかあったんだな。刑事さん、悪いけどその情報こっちにも流してくれないかな。タダでとはいわないからよ。」
 「やはりあなた方も同じような疑問を持ってここにやってきていたんですね。もしかしたらそうじゃないかと思っていたんですが……」
 「葉月、さん。やっぱり、この学校では何か起こってるんですか?」

 葉月は一般市民を巻き込みたくないと前置きするも、大神や藍原がそんな言葉を聞いて引くはずがない。葉月は真剣な眼差しを自分に向けるふたりに真実を語り始めた。

 「エルモンド体育コーチは過疎化の進む学校に特色を与えるためにやってきた話題作りで赴任したんだそうです。校長先生は『熊坂小はスポーツの盛んな小学校』として目立たせようとする意図もあったようです。僕はここの卒業生だから知っているのですが、この熊坂小学校は元々スポーツで有名だったんです。おそらくそんな過去の記録を見て、今回のことを計画したんでしょうね。その意図を汲んだエルモンド体育コーチはたった1ヶ月で児童たちを全国平均など比較にならないスピードで走れるようにしたんです……と、ここまではご理解頂けたでしょうか。」
 「でも、和志くんはエルモンドコーチの指導を受けたのに変わらなかったと言ってますよ。それはどう説明するんですか?」

 「それはーーー、私がご説明しましょう。」

 遠くからの返事に過敏な反応を示した3人の視線の先には、なんと問題のエルモンド体育コーチが和志を伴って立っていた! エルモンドは穏やかな表情のまま真相を語り始める……その側では和志が心配そうな顔をして見ている。

 「そう、私の能力は人間の走力を限界まで引き出すこと……だがその能力は天下万民に通ずるものではありません。和志クンがその枠から外れたのには理由があります。それは……この村の特色にあるのです。」
 「ちっ、やっぱりか。というよりそっちの方がアカデミーっぽい感じもするしな……どんなことでも事前に下調べしておくもんだ。趣味のネットサーフィンもたまには役に立つな。」
 「藍原さん、何かわかったんですか。何か知ってるんですか?」
 「この熊坂村は江戸時代から多くの飛脚を育成するための集落として長い間存在していたらしい。立派に成長した飛脚たちがこの村に居を構えることも珍しくなかったというから、足の早い人間がいっぱいここに住み着いたんだろう。エルモンドが能力を開花させた児童は元からそういう遺伝子の記憶を持っていた。だから容易にその力を呼び起こすことができた。だが、もしその中に飛脚なんかと関係のない転校生が混じっていたら……いったいどうなるんだろうなぁ。和志、お前は元々ここに住んでたわけじゃないんだろう?」

 藍原の問いかけに何度も頷く和志を見て、彼は何度か首を鳴らす……葉月も大神もその秘密を聞いて素直に驚く。それを受けてエルモンドは言葉を続ける。

 「才能のある子どもを伸ばしただけです。それに何か問題が……?」
 「こんなやり方は不自然だ。子どもはもっと自由に、のびのびと走るべきだ……違いますか、エルモンドコーチ!?」
 「才能が開花した子どもたちは、とっても自由に、のびのびと走っていますよ……それに何か間違いでもありますか葉月サン?」

 あの電話の時に見えた子どもたちのはしゃぐ姿を見ている葉月は言葉を失った。確かにエルモンドのやったことで何かが悪くなったわけではないように思える。彼はとっさに言い返すことができないのを見て、事情通の藍原が耳打ちする。

 「刑事さんよ、あんたの言うことはごもっともだ。間違ってないよ。ところでちょっとお願いしたいんだが……できればここからのことに関しては目をつぶってもらえないかな。特にあんたが超常現象の特殊処理やってるんだったら、今から起こることくらいわかるだろ……?」
 「やめるんだ藍原さん、エルモンドさん! 僕たちは今、目の前のひとりの子どもを不幸にしているんだ。それを解決してあげなければ」

 必死の訴えかけをしている最中、葉月の後ろにひとつの影が現れる……後ろに揺らめく影は灰色の髪。気配すら感じさせずにエルモンドがそこまでやってきたのだ! 和志はいなくなったコーチの姿をようやく捉えたようで今になって驚いていた。葉月は彼の殺気を感じ、伝えようとしていた言葉を詰まらせる。

 「これは……あなたが破壊すべき超常現象ではない。それに私は霊ではない。ただの人間だ。あなたの仕事は人間に対して襲い来る異形の恐怖を取り去ることにあるのではありませんか? あの子の不幸を安んじたり、私に刃を向く暇などないはずだ。帰るべき家があるなら、早くお帰りなさい。FZ-01を持たないあなたはあの子どもと同じ無力な存在だ。」
 「エルモンドコーチ……やはり僕の正体に気づいていたのか!」
 「あなたは人間と人間との戦いに興味があるのですか? 別に私は非力な子どもを手にかけたわけではない。私は今から自分に敵対するふたりの狼を相手にするだけです。この私闘はあなたの正義に何ら関係はない。安心してください、私はあなたにも手をかけません……」

 エルモンドの周囲の空気が色もなく巻き上がり、その髪と目尻が上がった……彼に睨まれた大神と藍原はお互いに顔を見合わせる!

 「覚悟はしてたけどな、やるしかねぇ! 大神、一緒にいつものやれよ! うおおおおぉぉぉぉ!!」
 「はいっっっ! 魔狼……覚醒っっっ! うがあああぁぁぁぁぁっっ!!」

 ふたりの狼がその場に出現した瞬間、いきなりのけぞった! 獣へと変貌を遂げたふたりはすでにエルモンドの攻撃を受けてしまっていたのだ! その超高速スピードにまったく反応できないふたりは焦りの色を見せる。

 「……狼に変化するまで待ってあげたのですが、あんまりいいサービスにならなかったようですね。」

 「刑事さんは和志を何とかしてやってく、うぐっ……ところで大神ぃ、あいつの動きちょっとでも見えたか……?」
 「ちょっとだけです……影だけちょっとだけ……でも、追えそうにありませんよ……」
 「私はあなたたちほどの腕力はありませんが、私には高速で動くことのできる才能を持っている。次は藍原さんの心臓を適確に狙いましょう。」

 葉月が無防備な和志に向かって走り始めたと同時に、超高速で藍原に攻撃を仕掛けるエルモンド! その右手は確実に心臓を狙っている! しかし、その目の前に銀色の狼が立ちふさがった!!

 「大神、どけぇぇ! あいつは俺を狙っているんだ!!」
 「邪魔だって俺を足で蹴り飛ばしてる頃には……俺の心臓を貫かれてますよ。その隙にあいつを倒」
 「遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅……………はっ!!」

 捨て身覚悟の戦術に出た大神の身体を貫こうとした右腕はひとりの男によって阻まれていた……その赤い風は邪悪な槍をいとも簡単につかみ、その凶行を止めていた。ようやく首のマントが自分の身体になびく。

 「遅い遅いと叫んでいたのは、お前か? お前が犯人だな。俺はお前の悪事は全部お見通しだ。改造でないだけマシだが、それでも子どもたちをおもちゃのように操作するような覚醒は許せない。」
 「まさか……セーブしている早さについてこられるなんて……お前はいったい……??」
 「アイン・ダーウンだ。行くぞ。」

 憎しみと悔しさで顔を捻じ曲げたエルモンドが音もなく消えると、同時にアインもその場から消えてしまう……大神はその戦いをなんとか目で追っていた。後ろにいる藍原も彼の肩をつかんで顔を前に突き出して観戦していた。

 「なんだありゃ、てんで見えやしねえ……せっかく特等席で見てるのに試合が見れないなんてプロモーター金返せ状態だぜ。」
 「冗談言ってる場合じゃないでしょ。あのマフラーをしたアインさんのサポートをしないと……もしコーチが彼より早かったらおしまいなんですから。」
 「そりゃそうだ。だったらお前さ、あっちに変身しといた方がいいんじゃねぇか……?」

 藍原は側にある大神のよく聞こえる耳にある作戦を囁いていた……


 誰にも見えない戦いから和志を救うため、葉月は彼の元へと駆け込んだ。そして身を屈め、全身で和志を包み込むようにして守る。

 「な、何が置きてるの……こ、コーチがなんで怪物と戦ってるの?」
 「違うんだ、あの人たちは悪くない! き、君たちの、こ、コーチが……」

 葉月も初めて見る正義の狼をうまく表現できず言葉に窮してしまう。そんな時、エルモンドの声が脳裏をよぎる……
 
 (「私は人間だ……霊でもなんでもない。子どもを手にかけたわけでもない……」)
 「こ、コーチが……その……」
 「お兄さん、どっちが悪い人なの? どっちが僕を騙そうとしてたの?!」

 幼い子どもの問いかけとエルモンドの言葉に揺れる葉月はついに口を閉ざしてしまった。自分では正しいとわかっていることが子どもに伝わるかどうか、それが心配でならなかった。そんな胸いっぱいの不安で全身を震わせる葉月の肩をやさしく叩く者がいた。彼はふたりの前にしゃがみ、満面の笑みを見せた。

 「古井……武次郎さん!!」
 「うそ、武次郎せんしゅだ!!」

 「和志くん、お手紙ありがとう。さ、学校の中に入ろう。ここは危険だ。葉月くんも児童玄関の向こうからこの戦いを見守ろう。」
 「わ、わかりました……和志くん、行こう。」
 「うん!」

 古井 武次郎の登場で葉月の悩みはひとまず収まった。何の力も持たない3人はそのまま戦いのグラウンドから遠ざかっていった。


 アインとエルモンドの超高速の戦いは続く……彼らがぶつかるたびに空気と空気が弾け合い、大きな衝撃音を響かせる。それが山に響き無気味な木霊となって遥か遠くまで響く。アインがパンチを繰り出せばエルモンドは左の膝でそれを食い止め、再び間合いを取る。超加速の世界で繰り広げられる戦いに観客などいない。ただ時間軸を揺るがせるほどのスピードで空間を震わし、相手を倒すために加速を維持する。黒いマフラーと灰色の髪は見えない早さで揺らめく……

 「やるじゃないですか、アインさん……まさか超加速の戦士に出会えるとは。それでマトモな人間だったらもっとよかったんですが。」
 「エルモンド……お前のような純粋な人間でも機械のような忠誠心だけで生きているのでは生きている価値は見出せないだろう。それがわからないなら、お前は負けるしかない。この俺の加速装置で強化されたパンチでな!」
 「できそこないの人形が……生意気なことを言うんじゃありません! スピードアップ!!」

 その声とともにエルモンドの早さが徐々にアインを上回っていく。その早さに対応しきれなくなったのかアインは敵の繰り出すパンチを全身に何度も受け、そのたびに自分の保っている超加速が落ちていくのだった。空中に舞うエルモンドは藍原を狙いアインに阻まれたあの血に飢えた右腕を妖しく煌かせ始める……!

 「あなたもなかなかの早さだが、それでは私には勝てない……! この超加速バトルは私の勝ちだ! アイン、この金色の槍に貫かれて死ぬがいい!」

 自信を持って唸りを上げる金色の腕を繰り出すエルモンド……しかし、そこにはアインの姿はない。そのままのポーズで首を左右に振るエルモンド……しかし、アインの声は後ろから響いてきた! ゆっくりと舞い上がる小さな石を見ながら、エルモンドは自分の敗北を悟った。

 「まさか自分の才能に溺れて修行もろくにせず、超高速状態で緩急がつけられないなんて言うんじゃないだろうな? まさか自分が緩急をつけていた相手に遊ばれてることに気づいてなかったんじゃないだろうな……しょうがない、それならば俺が今から遊んでやる。」
 「な、なんだ……俺より早い奴がこの世にい」

 アイン必殺のシュートで地面に一直線となったエルモンドは超高速のまま吹き飛ばされる! そのまま突っ込めば地面を大きくえぐるのだろうが、落下点にはある人物が大地を踏みしめながら落ちてくるコーチを受けとめようと待ち構えていた! そこには鬼神覚醒した大神が恐ろしいほど発達した両腕を開いていた!

 「この時を待ってたんだ! お前の超加速が解ける瞬間を! その時に捕らえれば加速も意味をなさない! ふりゃああぁぁぁ!!!!」
 「ぐごおおぉぉぉーーーーっ、ぐ、ぐるじい!!」

 ベアハッグのようにエルモンドの全身をつかんだ鬼神はそのまま身体を潰さんとばかりに力を込める! その一撃で敵の動きは封じられた……そこに藍原が迫り、パンチやキックのラッシュを見舞う!

 「うるらあぁぁぁぁ! 恨みっぽい性格なんでね、ちょっと多めに殴らせてもらうよ。お前好みのスピードじゃなくって申し訳ないねー。でも、結構重く感じるだろ? ドララララララララララ!!」
 「うごうごうごうごうごうごうごうごうごうごうごうご……」
 「藍原さん、そろそろ俺も行きます! たぎる力よ、連なる炎よ……我が両手に宿れ! 爆圧っ、炎殺掌ぉぉぉぉぉ!!」

 捕らえていた手を離すがエルモンドは藍原の波状攻撃でフラフラになっており、もはや超加速を使う気力も残されていなかった。大神は両手から幾重にも重ねられた炎の弾を出現させるとそれを彼の背中に打ちつける! 背後から迫る恐怖に悲鳴を上げるエルモンドだが……!

 「う、うひりゃああぁっぁぁぁ、あが。」
 「どうした……背中の痛みを感じる前に、腹が痛くなったか?」

 その炎が爆発する刹那、アインが超加速でコーチの腹に強烈なボディブローを食らわせていた……もはや背中で何が起ころうが知ったことではない。そのダメージを味わいながら気絶してしまうエルモンドを見て、ようやく戦いが終わったことを実感できた。



 炎に焦がされたエルモンドを戦士たち全員で鉄棒の近くまで引きずり、そこに戻ってきた和志や葉月そして武次郎を含めた輪ができあがった。和志は葉月の後ろで元の姿に戻った大神と藍原を怖々と見ていたが、一連の事情を聞いた武次郎が一歩前に踏み出し礼を述べた。

 「陸上の古井です。大神さんと藍原さんにはご迷惑をおかけしました。和志くんの教育、ご立派です。本当にありがとうございました……ほら、和志くん。君もお礼を言わないと。スポーツでもなんでも、礼に始まり礼に終わるんだ。ほら……」

 武次郎に促され、和志もおどおどしながら前に進み、ふたりに元気よく挨拶をした。

 「ありがとうございました!」
 「おおっ、まぁ俺たちはお仕事で走ってるからな、そこそこ参考になるだろうよ。でもここにちゃんとしたプロがいるから後からゆっくり走り方を聞いておくんだぞ。」
 「こんな体験、めったにできないからね。わからないことはどんどん聞かないとダメだぞ? あとそれと……もし友達の能力が戻ったとしても、絶対に友達を責めちゃいけないよ。早く走れるのがカッコよくていいことで一番なんじゃないんだ。好きで走ってることをずっと心のどこかに閉まっておけばそんなことしないから大丈夫だ。わかったかな?」
 「そうだ、大神くんの言う通りだ。好きなことができるのが、自分の中で一番いいことなのだからな。」
 「はいっ、わかりました!」

 その元気な返事にみんなが笑った後、武次郎が和志を校舎の中に連れていった……おそらく体育館で熱のこもった指導が始まるのだろう。周囲がそんなふたりを見送る中、足元で倒れこんでいたコーチが息を吹き返した。4人の男たちの視線は地に伏す敵へと向けられる。

 「うぐ、ぐわぁ……わ、わたしは、負けたのか……」
 「早さの中にも極意がある。ま、そういうことだな。」

 加速の緩急をつけて勝利したアインが無感情に言い放つ。それは誇示も嫌味もない結果だけの言葉だった。それを聞いてエルモンドは少し笑った。それを見た大神は自分の疑問をぶつける。

 「エルモンドさん、やっぱりあなたは『教師』なんですね。」
 「答えは聴かなくてもわかるぜ、大神。自分の技術を伸ばす時間がないほど、子どもの才能開花に専念していた。そんな奴は教師以外に考えられない。さ、知ってることは洗いざらい吐いてもらうぜ。ネットサーフィンじゃ情報が集まらなくって困ってるんだからな……」

 「藍原さん! エルモンドがいない!!!」

 さっきまで確かにうなだれている相手を見ながら話をしていた藍原が、葉月に指摘されるまでその異変にまったく気づかなかった。あれだけ傷ついたエルモンドが超加速で移動したわけではない。しかし目の前から消えたのは確かだった。大神はあたふたするふたりを見る前にアインを見た。超加速の使い手の瞳の奥には……あの黒いタキシードの男が映っている。大神は思わず叫んだ。

 「アカデミー主任、風宮 紫苑!!」
 「なっ、なんだと……まさか『主任』自ら出てくるなんて……!」
 「違う……今起こったのは超加速ではない……もっと違う何かが起こった。いったいなんだ、何が起こったんだ?」

 黒いタキシードを着た男は傷ついたエルモンドをグラウンドの中央に下ろすと身を屈め、やさしい声で話しかける。

 「エルモンドさん、今回の件であなたに非はない。ここに敵が集う可能性を予測できなかった主任の私の責任です。何も悔いることはない。あなたは別の場所でまた同じ活動をしてくれればいいのです。それが……人間の価値を正しくする大切な一歩なのです。」
 「お、おお……風宮サマ……なんと暖かきお言葉……不肖エルモンド、あなたに……あなたのために……」

 アカデミーの主旨に忠実な風宮の言葉を聞いて我慢できずに叫ぶ葉月。その声は皆に向けて放った言葉だった。

 「エルモンドさん、あなたは間違ってる……これは人間が争うべき理由にならない。僕はただの人間として、みんなを、子どもたちを、人々を守りたい。人間は異能の力がなくとも生きていけるんです! 特別な存在じゃなくても誰かを救えるんです! 考え直してくださいエルモンドさん。お願いします……アカデミーが掲げる理想が人間同士が戦う理由になってはいけないんです……」
 「そうだ、人間が争うなど意味のないことだ。戦争のない日本に来て、俺でさえそれに気づいた。お前も気づけるはずだ……同じ力を持つ同士よ。」
 「葉月サン、アインサン……あなたたちははわかっていない。異能の力を持った子どもが普通に育てない苦しみを。平凡を目指して生きる人間の存在を知らないからそんなことが言えるんです。もう、戦いは始まっているのですよ。私は……そのために風宮サマのために……!」

 「違う、絶対に違う! 日常は……平凡は異能の子でも手に入れられるんだ!!」

 辛く悲しい日々を噛み締めて生きてきた大神も我慢できずに叫んだ。それは素直な言葉だった。そんな言葉を聞きながら、戦いに傷ついて震えるその身をゆっくりと起こし、葉月にもアインにもなびかず風宮に対し揺るぎない忠誠を誓おうとするエルモンド。そんな彼の耳に風を切る音が響いた……次の瞬間、彼は自分の胸を大きな牙の骨が貫いたことを知った。それは猪の鋭い牙のようにも見える。その真っ白い牙に自分の血が一定の速さで静かに流れ落ちる。
 その場の時間が止まった。必死の説得をした葉月はその無残な光景に目を背けた……彼は信じられないと言いたげな表情のまま力なく倒れる。それがエルモンドの最期だった。止まってしまった時を動かしたのは、他ならぬ風宮だった。彼は怒りを秘めた声で吠える。

 「任務に一度失敗したくらいで教師をいちいち殺す必要などないはずだ! 出て来い、何者だ!!」
 「か、風宮……てめぇ、てめぇじゃねぇのか、エルモンドを殺したのは???」

 藍原が小さくこぼした言葉……それは全員共通の心理だった。用済みだから消した、絶対にそうだと思いこんでいた。しかし実際は違った。それを証明するためにひとりの小柄な女性が風宮の背後の森の中から現れる。年の頃は二十歳だろうか。血のように長く赤い髪をだらしなく流し、顔全体は逆十字の仮面で隠されていた。仮面の奥からは驚くほど冷徹な言葉が紡ぎ出される。

 「風宮、用済みの処理は終わった。行くぞ。」
 「リィール・フレイソルト……血に従いし逆十字の女。同じ立場の人間として言わせていただきます。私の職務の邪魔をしないでもらいたい。私には私のやり方というものがある。気に入らないものをすべて消すあなたにはわからないでしょうがね。」
 「皮肉はそれで終わりか。なら、私は先に行くぞ。『教頭』がお待ちだ。」

 リィールと呼ばれた女性は背中から真っ白い鳥の骨のようなものを出現させるとそのまま空へと飛び去った……風宮も徐々に冷たくなっていくエルモンドの身体を抱えると一言だけ告げた。

 「戦うことで犠牲が増えることは……仕方がないことなのでしょうかね。私にはわかりません。」
 「あなた、もしかして戦うことに疑問を感じてるんじゃ……?」

 意味ありげにそう話すと、彼は瞬時にその場から消え去った。葉月は問いかけの返事を得られないままその場に残されてしまった。アインは風宮の能力の秘密に気づいたのか、その顔色を悪くさせていた。大神と藍原は目の前の展開について行くのがやっとだった。

 「アカデミーのもうひとりの主任……リィール・フレイソルト。藍原さん、あの人の殺気って」
 「大神、ありゃヤバいわ。殺気の質ってのが違う。なぁ、アインよぉ?」
 「ええ、戦場で感じる切羽詰ったものとはまた違いますね……あれは戦いを楽しんでいるって感じです。」
 「僕にもわかります、あんな性格の犯罪者を知ってますから。あの人は危険ですね……」

 みんながみんな感想を述べる中、大神が顔をしっかりと見据えて言い切る。

 「俺たちも和志くんや武次郎選手のように走り続けるしかないですよ。そうでしょ?!」
 「しゃーねぇ、やるしかねぇな。」
 「警視庁でも彼らの動向を追ってみましょう。皆さん、深追いは危険ですよ。」
 「お前たちなら……一緒の速さで走ってやってもいい。なんとなく、そう思える。」

 4人は夕暮れ迫る小学校で新たなる戦いに向け闘志を燃やしていた……



 数ヶ月後、熊坂小学校を支配していた能力は自然と消え、みんなが元の生活に戻った。和志は4人のアドバイスや武次郎のレッスンの成果が実ったのか、地域大会、都大会、全国大会へと駒を進め、その実力は全国に知れ渡ることになった。その時、彼がインタビューで言ったセリフにみんなが首を傾げた。彼は嬉しそうにこう言ったそうだ。

 「マフラーのお兄ちゃんが僕を助けてくれました」と……


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2078/大神・蛍    /男性/ 17歳/高校生(退魔師見習い)
2525/アイン・ダーウン/男性/ 18歳/フリーター
1855/葉月・政人   /男性/ 25歳/警視庁対超常現象特殊強化服装着員
1533/藍原・和馬   /男性/920歳/フリーター(何でも屋)


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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は『特撮ヒーロー系異界』の第2話です。
またも冒頭はこの異界らしからぬ始まり方でしたが、後半はバリバリ特撮です。
今回は人間ドラマをメインに、そして因縁付けにがんばってみました(笑)。

なんか登場シーンから何から何までちょっと変わってたんで面白かったです。
「加速装置 VS 超加速」のバトルシーンは完全にアインの独壇場でしたね!
そんな彼がこの異界でいったい何を感じたのか……人間とは、サイボーグとは?

今回は他の皆さんとの描写よりも手に入った情報が違います。次回以降に生かしてください。
果たしてどこがどう変わっているのか……? 物語の数だけ楽しめるようがんばります。
今回は本当にありがとうございました。またシチュノベや通常の依頼でもお会いしましょう!