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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 帰ってきた男(後編)
 
『兄が、帰ってきました』
 ある日の草間興信所に舞い込んだ依頼はそんな言葉から始まった。
 自らの葬式の当日に、兄は帰ってきたのだとその妹は言う。そして、混乱のままに、白衣を着た男たちに抑えられ、連れ去られた。彼らが言うには、葬式に現れた兄は兄ではなく、兄にそっくりだから兄だと思い込んだ……ということらしい。
 兄の名は常磐友成。二十代前半の可もなく不可もなくといった風貌。三流と思われる大学を卒業。資格および免許は第一種普通免許のみ。性格は温厚、健康状態は良好、特技なし、趣味は読書に映画鑑賞。スポーツはテニス。
 この男は大学を卒業後、タウン紙を発行している会社に就職。いつか二流を目指すを合言葉に日々を過ごしていたらしい。そして、タウン紙の企画で冬の怪談特集をやるからと都市伝説や怪奇スポットについて調べ、実際に取材を敢行、その帰り道に峠から車が転落、炎上。葬式へと至ってしまう。遺体の状態は、あまりよろしくない……らしい。
 兄が最後に調べていたものは『冬の山に天使猫を見た?!』というもの。謎の天使猫が出没するという付近は、まるで山の中。誰が目撃するのかと思えば、そこには寂れた村があるらしい。いや、寂れていたのは以前の話であって、現在ではとある企業が工場を作り、意外に発展しているとか。そのとある企業の名はアルカディア。工場では化粧品を作っている。
 そんな背景があって、妹は依頼をしてきた。
 自分の葬式に帰ってきた兄は、果して本物なのか……それとも、偽物なのか。もし、本物であるのなら……。
 
 そして、自分はその調査にあたった四人のうちのひとり。
 ここに至るまでの経過を思い出す。
 とりあえずの調査のあと、工場から響きわたった異常を告げるようなサイレンに、一旦、集まろうということになった。だから、集合場所に指定した村の入口に四人の人間が集まるのは、当然である……として。
「で、誰?」
 自分と同じような言葉を他の二人も口にしている。
 視線の先は、見知らぬ青年。
 集まった人数は四人でも、何故か出発時と顔ぶれが違う。
「えー、えーと。俺、フリーのジャーナリストで……その、なんていうか……」
 青年は困ったような、どこかごまかすような、そんな微妙な笑みを浮かべながらこめかみを指でかく。
「アルカディアについて数日前から探っているんですよね?」
 にこやかにそう言ったのは功刀だった。
「う、うわ、ご存じでしたか……」
 功刀は答えずにただ笑みを浮かべているだけだが、それがかえってすべて知っているぞというように感じられた。
「とりあえず、事情を説明してくれないかな。そうねぇ、ここだと目立つから……もう少し目立たないところで」
 みたまは周囲を見回し、言った。集合場所だけにわかりやすくなくてはいけないということで村の入口を指定したが、そこは何もないところ。目立つことこのうえない。
「あ、だったら、いいところを知ってますよ」
 青年は明るい笑顔でそう言うが。
「だから、あなたはいったい誰なのよ……?」
 緋玻は神妙な顔で眉を顰め、もう一度言った。
 
 区画整理されてはいない村の半分、ただでさえ多い猫が、さらに多く身体を休めている場所にそれはあった。
 ねこまんま食堂。
 見あげた看板には剥げかかったペンキでそう書かれている。年季を感じさせるガラスの引き戸は人が掴む部分がワックスを塗ったように鈍く光る。引き戸の向こうに広がる食堂のなかも引き戸に負けないくらい、年季を感じさせた。決して汚いわけではなく、すべてが古く、どこか今は昔というような懐かしい雰囲気を漂わせている。
 しかし、ねこまんま食堂。
 名前のとおり、ねこまんましか出さない食堂……とは思いたくないが、どうだろう。
「こんにちは!」
 青年は明るく声をかける。そして、奥のテーブルへと歩き、こっちこっちと招く。招かれ、とりあえず椅子に腰をおろすとテーブルの上にぽんぽんとコップが置かれた。
「そういえば、ちょっとおなかも空いたかな……んーと、どれにしようかな」
 みたまは壁に貼られている紙を見やる。悩む必要などなかった。そこには店で扱っているのだろうメニューの名前と金額が書かれている。が、そこにあるメニューは二つのみ。ねこまんまラーメンとねこまんま定食。シンプルだなと思いつつ、言った。
「ねこまんまラーメン、ひとつ!」
 すると、緋玻が噎せた。けほこほと噎せたあと、自分をじっと見つめる。みたまも緋玻を見つめた。噎せて苦しそうだが、大丈夫だろうか。
「大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫。だけど、今……」
 緋玻は壁を見あげる。そして、驚いたあとに難しい顔をした。気持ちは、少しだけわかる。
「僕もそれにしようかな……というわけで、ねこまんまラーメン、ひとつ追加で」
 壁を見あげ、功刀はあっさりと言った。
「俺は、ねこまんま定食で。美味しいんですよ、ここのラーメン」
 ラーメンを美味しいと言いつつも、定食を注文する。最後、緋玻が注文した。
「じゃあ、あたしはラーメンで」
 客が自分たちの他にいるわけでもないから、店を仕切っているのであろうわりと愛想の悪い夫婦は小さく『はいよ』と返事をして作業にとりかかる。
「では、お互いの成果を話し合う前に……」
 功刀は青年を見つめる。そう、この青年の『事情』を聞かなければならない。みたまも同じように青年をじっと見つめた。二十代半ばくらいだろうか。人懐っこく、快活そうな印象を受ける。ごく一般的な人間に見えた。
「えーと、俺は……あ、これ、名刺です」
 青年が差し出した名刺には『北沢司』とあった。
「キタサワツカサと言います。改めて、どうぞよろしく。先程も言いましたが、フリーのジャーナリストで……自分の葬式に帰って来たという男の話題に食いつきまして。これは背後に何かあると調べていたわけなんですが……」
 北沢と名乗った青年は照れくさそうに後頭部に手をやり、苦笑いを浮かべる。
「侵入して、見つかっちゃった……という具合です。もう駄目かと思ったんですが、通りすがりのお医者さんに助けていただいて」
「その『通りすがりのお医者さん』はどうしたの?」
 神妙な顔で緋玻は問うた。
「なんだか人が足りないとかで……帰らなくてはならなくなったそうです。それで、なんかよくわかんないんですが、代わりに俺が来ました」
 自分の代わりに役に立ってこいとのことですと北沢は言う。
「なるほど。あのサイレンの正体はあなたで間違いない、と。つまりはそういうことのようですね」
 功刀の言葉に北沢はさらなる苦笑いを浮かべたあと、すみませんとがっくりと首を折った。
「それで、侵入して成果はあったわけ? それとも、騒がせただけ?」
 侵入が失敗であったとはいえ、成果があればそれでよし。みたまが成果を問うと、北沢はばっと顔をあげた。そして、懐からディスクを取り出す。
「成果は、ばっちりですとも!」
「手持ちのカードはあり、と。……では、お互いに情報交換といきましょうか。まずは、そうですね……僕から見せますか」
 功刀は場を見回したあと、そう言い、ここに至るまでに調べたことを話しだす。
「草間探偵が気にしていた天使猫、あれのことなんですが……どうやら、存在するようですね。この付近で目撃という噂の他に、そういったものを取り扱う場……幻獣博覧会なるものがあったという話を聞きました」
 天使猫はどうやら存在するらしい。しかも、取引がされているとは。どうやら、定番で遺伝子操作などというものもやっているらしい。驚くと同時に呆れる。が、これはもしかしたら自分の……というよりはダンナさまのツテになるかもしれない、とも思う。
「その博覧会の主催者といいますか、背後にそこの工場の副責任者が関わっているらしいですよ……とりあえず、僕の情報はこんなところで」
「私はアルカディアの最近の動きについて調べてみたんだけど……これといって特別な動きはなかった。そこの工場の施設責任者と上層部の関係が気になったから、それも調べてみたんだけど。そこの施設責任者は内藤春樹っていってね、上層部のひとりの息子」
 功刀が話しおえたところで、次は自分の番とみたまは話しはじめた。
「で、ここへ実際に来てみたら、猫に餌をやっている兄……常磐友成がいたんだけど……自分は内藤春樹で、常磐友成ではないと返してきたよ。けどね、背後に見張りつきだったし、明らかに動揺していたし……これじゃあ、言葉どおりとは思えないよね」
 自分の話はここまで。頷いてみせると次に緋玻が口を開いた。
「お兄さんの足取りをここの人に訊ねてみようと思って、写真を見せたの。そうしたら、写真を見たここの人は施設長さんだと言うのよ。それとは別口から聞いた話で、お兄さんは猫と一緒に捕まって、今はそこで施設長を演じているとかどうとか」
「と、いうことは……天使猫はそこの施設にいるんだ?」
 緋玻の言葉からすると、そのように聞こえてくる。天使猫。どうせならば見てみたいので、そこにいるかもしれないと知ってちょっと心がときめく。
「そうね。羽根猫を見つけたら……まぁ、まずはこう、もふもふとした毛皮と羽根を撫でて……」
 うっとりした表情で緋玻は言う。その言葉どおり、きっともふもふとして触り心地がいいに違いない。
「……」
 ふと功刀の視線を感じたのか、緋玻ははっとする。コホンと咳払いをする真似をしたあと、表情を作りなおしている。
「僕たちは手持ちのカードを見せました。あなたのカードを見せていただけますか?」
 功刀の言葉を受け、北沢は頷いた。
「葬式に帰って来た男、これが本物だとすると、代わりに誰かが死んでいるということになる。その誰かとは? 何故、そんなことが起きたのか? ……俺の調査はここから始まりました。保険金関係かなと思ったんですが……なんか、死んだ男はあまり保険に入っていなかったらしく、家族に入った金銭は乏しい。では、事故が起きるまでについて調べてみようというわけで、調べてみると浮かびあがってきたものが、そこの工場」
 アルカディアだったわけですよと北沢は続けた。北沢は妹が興信所に依頼を持ちかけたことを知らないから、保険金殺人などを思いついたのかもしれない。
「はいよ、ねこまんまラーメン」
 どんっとテーブルの上にラーメンどんぶりが三つ置かれた。とりあえず、見た目は普通のラーメンなので安心した。醤油ベースにチャーシュー、白髪葱、ワカメ、海苔、味付けタマゴに鰹節が添えられている。
「あ、どうぞ、俺のことは気にせず食べてください」
 北沢が言うので、それじゃあと割り箸を手に取り、ぱちんと割る。三人でラーメンを食べながら話を聞いた。
「ここへ訪れて、葬式に帰って来た男が工場長とそっくりであることを知ったのは、皆さんと同じです」
「そういえば、今、死なれると都合が悪いというような話を聞いたらしいわ」
 北沢の言葉を受け、思い出したという顔で緋玻は言った。
「話を総合すると、兄は生存、施設長の代役である可能性が高い、と」
「そう見ていいんじゃないかな。とりあえず、兄は生きていたというわけで……このディスクの中身は?」
 北沢が取り出したディスクを示し、みたまは問うた。
「これは、内部の端末にアクセスしたときに、怪しそうなファイルを片っ端から落としてきたものです」
「怪しそうなものを片っ端から……ちょっと粗い仕事ぶりだねぇ。追われるだけの価値があるのかどうかが怪しい気がするけど」
 役に立たないデータばかりだったりして。そうだとしたらちょっと哀しいかもしれない。まさに、追われ損だ。
「それを言われると……ああ、そういえば!」
 大事なことを思い出したという顔で北沢は切り出す。
「あいつらのなかに、銃を持った奴が! ……あれ、皆さん、驚かないんですね。わりと平然としているように見えるのは、俺の気のせいですか?」
 そういえば、自分も驚いていないが、他のふたりも驚いていない。そこで驚いた真似をしてみる。
「……わざとらしいですよ」
 なんとも言えない顔で北沢は言った。
 
 ごちそうさま。
 割り箸を整え、テーブルの上へと置く。
「美味しいラーメンでした。和風だしがいい感じで」
 確かになかなか美味なラーメンだった。
「どのあたりがねこまんまなのかしら?」
 緋玻は不思議そうにラーメンを見つめる。
「このあたりじゃないの?」
 みたまはスープに漂う鰹節を指さした。
「で、皆さんはこのあとどうするんですか?」
 北沢に問われ、顔を見あわせる。情報収集の段階は終わった。次は……。
「……なんですか?」
 緋玻がちらちらと北沢を眺める。その視線に気づいたのか、北沢はきょとんとした顔で反応する。
「正面から話し合ってみるってのはどう?」
 みたまは言った。腹芸は苦手であるし、何より面倒でもある。
「責任者の内藤氏は、常磐兄だと思って間違いなさそうだし……事情の説明してもらって、兄の返却を要求……もしくは、妹の説得かな」
 向こうの事情もとりあえず聞いてみて、妥協できる点があればそこで妥協、お互いに穏やかに、穏便に解決できればと続けてみる。
「そうですね。話し合う余地は十分にあると思いますよ。むしろ、それを望んでいるとみていいでしょう。……ああ、言い忘れていましたが、少し前に、上層部の方と見受けられる男性から接触がありまして。力になれるかもしれないという言葉をいただいたところで、サイレンが」
 そう言って、功刀はちらりと北沢を見つめる。穏やかな表情で笑みさえ浮かべているが、どうにもいたたまれないらしく、北沢はまたもすみませんとがくりと首を折った。
「まあ、それでも、交渉が決裂する可能性がないわけではないので、危険といえば危険なのですが」
 やってみる価値はあるのではないかと功刀は言う。
「でも、相手は銃を持ってますよ?」
「そうかもしれないけど、撃ってこなきゃ問題ないでしょ。そのためにも、正面から行くわけ。忍び込むから、撃たれるの」
 みたまは人指し指と親指を立て、北沢を指さす。そして、撃つ真似をした。こそこそと忍び込むから狙われるのであって、正面から堂々と行く場合は、そう露骨に銃口を向けられたりはしないものだ。
「では、とりあえず正面から行ってみるということで……いいですか?」
 功刀は緋玻を見つめる。緋玻はこくりと頷いた。
「ちょっと準備してくるものがあるから、食休みくらいの時間をちょうだいね」
 みたまはそう言って椅子を立つと食堂を出て行く。皆が休んでいるうちに、忍び込むための準備をしてしまおう。話し合うという姿勢を見せるために、銃などの類は持たずに行くが、それでも万が一のための準備はしておいた方がいい。
 周囲の地形は既に調べてあるから、設置場所に迷うことはない。用意しておいた時限発射の火器を取りに行き、山間部のここぞという場所に設置する。勿論、相手にわかってしまっては意味がないから、こっそりと速やかに作業は終了させる。
 設置はしたけれど、使わないにこしたことはない。
 使わないで済むといいけどね……作業を終え、みたまは小さく息をついた。
 
 準備を終えたあと、食堂へと戻り、功刀、緋玻とともに三人で工場へと赴く。北沢も行くと言いはったが、先程、工場に潜入し、サイレンまで響かせた男である。連れて行くわけにはいかない。ねこまんま食堂で待機を言い渡した。
 施設のゲートで警備員に施設長の内藤と話がしたいと告げると、あっさりと応接室へと通された。常に見張られている気配は感じるものの、手荒な真似はしてこない。
 少々、お待ちくださいと女性職員にお茶を出され、待ったあとに姿を現したのは見知らぬ男だった。三十代半ばを過ぎていると思われるその男は、村上と名乗った。施設副責任者であるという。
「申し訳ありませんが、内藤は気分が優れず、おはなしならば、私が承りますが」
 その言葉にお互いに顔を見あわせる。
「そう。じゃあ、単刀直入に言うからね。常磐友成、この名前のことは知っているよね。それと羽根のはえた猫のこと」
 功刀の話では、副責任者は幻獣博覧会なるものを主催し、猫を取引していたということだから、今ひとつ信用はならない。だが、それでも言ってみた。しかし、村上はなんのことですかとしらを切る姿勢を崩さない。
「話し合う気はない?」
 なるべく穏便に済ませようとしているのに。みたまは軽く髪をかいた。
「何を言われているのか、さっぱり……」
 やはり、あくまでしらをきりとおすらしい。
「わかりました。この件については、内藤氏に直接伺うことに致します。今日はご気分が優れないということで、日を改めまして、また」
 功刀は言う。その言葉を聞くと、村上はほっとした表情を見せた。職員を二人呼びつけ、ゲートまで案内するように告げるとそそくさと応接室を去る。その行動がなんだか怪しい。証拠隠滅でもはかろうとしているのではないかと思えてくる。
 このまま素直に帰って出直してもいいが、それではここまで乗り込む手間がかかる。ここはやはり、あれだろうとみたまは職員のひとりを気絶へと導く。功刀も同じようにとんと首筋に一発、職員を気絶させている。その動作は鮮やかで、手慣れたものだった。
「あの人では話になりませんね」
「上層部の男を探した方がいいかもね」
 みたまはそう言いながら職員の白衣をはぎ取り、緋玻へと差し出した。緋玻は素直にそれを受け取り、羽織る。この工場の職員は通常、白衣着用であるらしいから、着ていないよりは、着ている方が目立たないだろう。
「手分けして探すことにして……所長室があるだろうから、そこで落ち合おうか。なるべく騒ぎは起こさない……これが合言葉、ね」
 
 白衣を着ているせいか、特別な視線を感じることなく、施設内を歩くことができた。災害時の避難経路を示す地図が階段近くの壁にあるため、迷うこともない。
 副責任者である村上の動きも気になるところだが、まずは常磐の身柄を確保しよう。みたまは常磐が閉じ込められていそうな場所を探す。
 通常であれば、所長ということで所長室にいるのだろうが、今は素直にそこにいるとは思えない。逃げだされては困るわけだから、どこかに閉じ込めているはず。そのどこかとは……。
 廊下を堂々と歩き、閉じ込められそうな場所を探す。職員に話を聞いてみたところで、知っているとは思えない。あまり人目につかない場所……地図を見やり、探してみる。一階や二階では窓から逃げられるという可能性もあるので、こういう場合は高いところか、もしくは、地下。
 ……怪しいかもしれない。
 階段を駆け降り、地下へとおりてみる。そっと廊下を覗いてみると、長い廊下の手前に男がひとりいる。その腰のベルトから下げられているものは、鍵の束。
 素直に話して相手をしてもらえるとも思えない。こっそりと近づき……少しの間、休んでもらうことにした。がつんと一発……おやすみなさい。
「ごめんね、ちょっと借りるから」
 そう声をかけてベルトの鍵の束を手に取る。廊下に並ぶ扉についている小さな窓を覗き、ひとつひとつ確認した。
 いくつかの扉を覗くうちに、常磐をみつけた。椅子に腰掛け、憂鬱そうな顔で俯いている。扉にあう鍵を探しだし、鍵穴へと差し込む。そして、扉を開けた。
「あ……あなたは……」
 常磐は明らかに驚いたという表情でみたまを見つめる。
「いろいろ話さなくちゃいけないこと、あるよね」
 行こう、とみたまは廊下へと促す。
「……ええ、確かに」
 やや厳かとも言える表情で常磐は静かに頷いた。

 常磐を連れ、所長室へと向かう。
 すると、緋玻と功刀、取り押さえられている村上と見知らぬ男がいた。その見知らぬ男はみたまが現れたことを受け、口を開く。
「それでは、改めて。私はアルカディア・ジャパン監査部の者です。とはいえ、それが表向きであることは功刀さんを始め、皆さんにはわかっているだろうと思われますし、こう言ってしまった方が話も早いことだろうと思いますので」
 男はそんな前置きをしてから、言葉を続けた。
「問題が起こった場合、それを速やかかつ穏やかに裏で処理することが私の任務です。数日前から何やら探りを入れている者がいるということで様子を見ていたのですが……」
 男は功刀を見つめる。
「僕たちが要求したいことは、ひとつ。彼が常磐友成であるというのなら、家族のもとへ返してほしい、ただそれだけです」
 功刀は黙って俯いている常磐を見つめ、言う。
「その件については、今ひとつ事情を呑み込めていないのです。わかっているというのなら、説明していただけませんか?」
 男は常磐に説明を乞うた。俯いていた常磐は顔をあげる。
「村上が工場を私物化し、資金を使い込んでいたんです。それを問いただし、事を明らかにすると言ったがために、彼は……」
 常磐は憂鬱そうな顔で力なく横に首を振る。そのあと、殺す気はなかったらしいですと小さく付け足した。
「それで、顔が似ていたあなたが連れて来られ、内藤さんの代わりを?」
「ええ……施設長が変わると内部監査が入るでしょう? 使い込んでいることが発覚することはまずい、帳簿をあわせなくては……と、時間稼ぎのために行ったようです」
 用がなくなれば俺も消されていたかもしれませんねと常磐は小さく呟く。
「そう……ですか……」
 男は困ったなという顔でため息をつき、小首を傾げた。
「まったく、もう。あまり『表』の人間を巻き込むことがないようにね。問題が起こる前の監査も必要だよ」
 みたまは注意を促す。男はひくっと引きつった笑みを浮かべたあと、頭を下げた。
「う。返す言葉もございません……ご迷惑をおかけしてすみません……」
「で、私たちも兄妹も、今回の件の口外無用は約束するし、させるよ」
 みたまの言葉を聞き、男はうーんと唸ったあと、常磐を見つめた。
「つまり、あなたは常磐さんで、内藤さんは先日の事故で亡くなっている……しかし、事故は常磐さんが亡くなっているということで片づけられ、既に常磐さんの葬式は終わっている……こうなってくると……常磐さん、あなたがこのまま内藤さんとして存在する、それが最も、穏便に済ませられる方法だと思うのですが……如何ですか?」
 常磐は戸惑う表情を浮かべ、俯いた。かなり悩んでいることは傍目から見ていてよくわかる。
「事情をくみ、事実を伏せていただけるのであれば、あなたのご家族に会うことも許されるでしょうし、何より内藤さんは将来を約束されている身です。資産家でもあります。安泰な人生を送れますよ?」
 その言葉を聞くと、常磐は顔をあげた。
「決めました。俺は……」
 
 みやげというわけではないが、噂の天使猫、羽根のはえた白い猫が入れられたカゴを渡された。
「きゃ〜」
 声が普段よりも一オクターブほど高くなってしまったのは、仕方がない。ふわふわの柔らかな毛並み、純白の羽根、見た目も触り心地も予想以上、それに付け加え、この猫がまた人懐っこい。みゃあみゃあと惜しげもなく愛想を振りまく。
「可愛い〜」
 緋玻とふたりで羽根猫を可愛がっていると、功刀のため息を聞こえた。呆れているのだろうが、可愛いものは可愛いのだ。
「この羽根猫の処遇はどうします?」
「あなたはどう思っているの?」
 緋玻が訊ね返すと、功刀は少し考えてから答えた。
「山にお帰り……というわけで、山へ放すというのは如何でしょう?」
 兄の記事では山で天使猫を見たとあるので、ちょうどいいのではないかと功刀は言う。だが、山へ放すくらいならば、自分が持って帰るというものだ。ここにいても新たないざこざに巻き込まれるだけのような気がする。
「山に放すんだったら、もらっていってもいいよね」
 猫を抱きながらみたまは言う。
「みゃあ〜ん」
 それに応えるように猫は啼き、すりすりと頬を寄せた。
 
 結局、内藤春樹ではなく、常磐友成として生きることを選んだ。
 兄は妹のもとへ帰り……そして、海原家には天使猫という新しい家族が増えた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1685/海原・みたま(うなばら・みたま)/女/22歳/奥さん 兼 主婦 兼 傭兵】
【2346/功刀・渉(くぬぎ・あゆむ)/男/29歳/建築家:交渉屋】
【2240/田中・緋玻(たなか・あけは)/女/900歳/翻訳家】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございました。
まずはまたぎりぎりですみません。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、海原さま。
後編のご参加、ありがとうございました。純白のふわふわ天使猫、可愛がってあげてください。

今回はありがとうございました。またご縁がありましたらよろしくお願いします。
願わくば、この事件が海原さまの思い出の1ページとなりますように。