コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


剣道場の七人の幽霊【後編】

●プロローグ

《前回までのあらすじ》

 蒼色水晶の剣を探している神聖都学園の鶴来理沙(つるぎ・りさ)は一応剣術の達人。
 生活費の欠乏からお金を稼ぐ必要に迫られたので、何かバイトをはじめなくてはならなくなり、そこで思い立ったのが剣の腕を生かした剣術道場を開くことだ。

「そうね。あやかし荘にならそれなりの場所があるんじゃない?」

 早速道場となる大きめの部屋を借りにやってきた理沙に、管理人の因幡恵美(いなば・めぐみ)は考え込むと、不気味な話でもするように顔を近づけた。
「実はですね、その条件にうってつけの大部屋があるんですけど‥‥その部屋には、出るんですよ‥‥七人のサムライの亡霊が‥‥」

 一刀流の達人、比賀宗右衛門(ひがそうえもん)。
 槍使いの僧兵、玄宗(げんそう)。
 弓の名手の若武者、立木数馬(たちき・かずま)。
 二刀流の武芸者、剛陣(ごうじん)。
 謎の忍びの兄妹の兄、村雨影(むらさめ・えい)と妹の村雨汐(むらさめ・しお)。
 そして、リーダー格である剛剣のサムライ、奥田残月丸(おくだ・ざんげつまる)。

「一人じゃ厳しいかも、誰かご助力してくれないかな‥‥」

 結界を張り、この地に、この大部屋に居座り続ける七人の武芸者たちと能力者による戦いの幕がこうして上がった。

                            ○

 大部屋を訪れた能力者との数々の戦いを経て、残月丸は確信した。
 間違いない。この者達は超常なる力を持つもの――それも優れた武の力として。この力ならば、あるいは‥‥。
「人智を越えし力を持つ者たちよ、良くぞ来た――しかし、まだだ! まだ足りぬ!」
 残月丸の声に応えて、僧兵・玄宗が数珠を振り上げてお経を唱える。低い読経の声と響き合うように、大部屋内の四方に置かれた小さな仏像が赤く輝き、部屋の空間を歪ませた。
 理沙の視界がゆがみ、広い部屋が何か別の光景へと変わっていく。
 山の中、目の前に大きな滝があり、森がどこまでも広がっている。

 そこは砦だった。
 7人の護っていた姫のいるという砦。
 神仙境を思わせる領域。
 砦は大勢の軍勢で取り囲まれていた。黒い鉄騎兵を率いて黒い鎧に身を包んだ簒奪者、武将・大神 蛇王が見下ろしている。

「これが恵美さんの言っていた、亡霊たちの結界!?」
 後ろにある大部屋の入り口らしき空間の向こう側だけがいつもと変わらないあやかし荘の風景を映していることから、室内だけが別の空間になったことを推測できた。
 瞬間、格段に速さをあげて残月丸の一撃が理沙へと振り下ろされた。
 どうにか剣で受け止めた彼女だが、力を流しきれずに後方に飛ばされ、体を回転させて着地する。
 理沙の持つ刀身にヒビがはいる。
「これぞ力の根源を呼び起こし、剣聖・摩利支天の加護をもたらす《源流結界》――この結界内を創り出す為に我らはこれまでを生きてきた」

 ――我らはあの失った時間を取り戻す――。

 残月丸は、無精髭の壮顔に不敵な笑みを浮かばせた。


 ――――さあ、宴もこれからが本番よ。



●滅びの砦へ

「あやかし荘か。ここが結界の源のようだな」
 ガクランを着た野生的な男――神聖都学園高等部2年生、 不動 修羅(ふどう・しゅら) は、舌打ちしながらあやかし荘の前に立った。
 霊媒師の家系の生まれである修羅だが、降霊師としての感覚に導かれるままここあやかし荘にまでやってきたのだ。
「あの、あなたは‥‥!?」
「悪いが説明している時間すら惜しい。緊急の事態なので勝手に入らせてもらう」
 結界の張られた大部屋へと辿り着いた不動は、因幡恵美の声に耳も貸さずに呪を唱えた。
 ドク、ドク、ドク‥‥。
 霊力の波動を感じる。部屋はまるで生き物のように鼓動している。扉を開くと、そこには白いもやのような状態で淡く光る霊力のうねりが広がっていた。
「こんな霊力に突っ込むのか‥‥。俺も愚かの極みだな、ククッ」
 触れただけで雷電が走り抜けるような霊気の抵抗感。
 そのまま腕を突き出した不動は、徐々に高密度な霊力による結界障壁を通り抜けていき、ついには全身ごと『向こう側』に行ってしまった。

                            ○

 黒々と天然の要塞がそびえ立っている。
 自然に囲まれた砦を背景に、七人のサムライの亡霊は久しぶりに帰ってきた「故郷」――今の自分たちの「根源となった風景」に、それぞれ想いを馳せているようだ。彼らは、とうとう戻ってきたのだ。
 例え、姫を打ち滅ぼそうとする敵の大群に囲まれていようとも、侍たちにおびえは微塵も見えない。
 侍の亡霊たちに対峙するのは、 傀儡 天鏖丸、 漁火 汀、 雪ノ下 正風、 葛城 雪姫、 天薙 撫子、 柚品 弧月、 御子柴 荘、 五降臨 時雨――。
【景色が変わるとは‥‥面妖な】
 女人形師・天峰由璃乃の操る絡繰人形、 傀儡 天鏖丸(かいらい・てんおうまる) は悠然と、しかし隙なく周囲を観察すると頭上に広がる広大な空を見上げた。
 これは幻覚ではない。
 確かに今ある「現実」だ。
「これが結界による強化ですか。これはもう、試合ではなく戦、ですね」
 静かな口調で 漁火 汀(いさりび・なぎさ) は状況を分析する。
 風使いの放浪画家は即座に状況の変化に合わせて行動するべく、侍の亡霊たちに対して場所に合わせた有利な位置取りをした。
「でしたら、それに似つかわしく動くとしましょう」
 誰もがこの展開の意味する真実をつかみかねている。警戒は無理もない。戦っている敵の術中に落ちているのだ。
 だが、汀と違い、天鏖丸は別の可能性を元に行動を定めた。
【――――されど聞き察するに、これは大義を通す道と見た】
 此処よりは一介の戦武者として場に臨む次第。人智を尚超える人にあらざる傀儡の舞‥‥篤と御覧あれ!
 天鏖丸は敵として迫りくる大軍を選んだ。

「宇宙刑事の悪役かよ、何とか空間発動ってか。燃えてきたぜ!」
 敵の結界に捕らわれて尚、嬉しそうな声を上げる男がいた。
 オカルト作品の小説家にして「気法拳」仙術気功拳法を使う気法拳士、 雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ) は即座に断定する。
「奴ら、俺達の力を利用して歴史を変える気かっ! こいつはいい」
 『黄龍の篭手』を構えて正風は地面を踏みしめた。
 大軍を相手に大立ち回り。本懐である。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥僕は、サムライの人と戦う。それをあの人たちは、望んでいるから」
 背中の二刀を抜いて油断なく身構える殺し屋、 五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ) と、事の発端に一因である鶴来理沙だ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「時雨さん、時雨さん」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥何?」
「今回はやけにシリアスですねっ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥キミは、下がっていて」
「私も、できるだけ戦う。それを望んでいることが、わかるんです」
 あの霊たち――サムライたちが望む戦い。
 時雨と理沙は、サムライたちと決着をつける道を選ぶ。
「だがな、俺は侍達に加勢してやろうと思う。奴らを倒しても供養にはならねえし」
 この事件を片付けるには奴らの物語をハッピーエンドにするしかねえ、と言って、正風は大軍に立ち向かっていった。
「頼む、だが無理なら俺一人でも加勢する!」

「やれやれ、結界のおかげで完全に地の利は向こう側のものになったわけか‥‥」
 考古学を専攻している大学生の 柚品 弧月(ゆしな・こげつ) が嘆息した。
 狙いはまだよくわからないが、今のところ、敵の思惑で事態が進んでいることだけは間違いないようだ。
「彼らの望むことは一体なんなのだろうか? それがわかれば何とか手も考えられるのだが、今はこの戦いに専念すべきであろうな‥‥」
 弧月の呟きに、錬気士の何でも屋である 御子柴 荘(みこしば・しょう) が答えた。
「この結界ですか? なるほどねぇ、恐らく果たせなかった事をなぞらえる。俺達を過去の敵として見識する事によって力を増し、その因縁を断とうと言う所ですか」
 事情を荘なりに察しながら、その胸の内で新たな決意を固める。
「ですが、遠慮はしません。過去は過去、覆す事は出来ないんです。失った刻は、もう戻りませんから」
 そして、ここでも侍ではなく、大軍を相手にする決意を決めた者たちがいた。
【姫は我が身を賭して必ず護り抜かせて頂く次第。暫し、朋友の為に我が刃を振う事‥‥この武者めの願いをお聞き入れ下され‥‥!】
 葛城 雪姫(かつらぎ・ゆき) は、彼女を守護するものとでもいうべき古の武者の霊に懇願され、否応なく承諾した。
 それに心のどこかでは感じていた。
 この戦いに対する侍たちの魂に、深い場所で感銘している自分を。それは姫として存在した共鳴する自分の魂によるものだろうか。
「どの道‥‥引き下がれそうにないし‥‥」
 こうなっては、と。雪姫自身も腹を括って受け入れることを決めて、蛇王兵たちへと疾走した。
 自分たちの判断を下していく能力者たちを眺めて、退魔の世界では隠された名門『天薙』の正統継承者である巫女―― 天薙 撫子(あまなぎ・なでしこ) は御神刀『神斬』を携える。
 刃の向ける先は――迫り来る蛇王の大軍。
「状況などから七人のサムライの狙いは、彼らが護り通せなかった想い‥‥を果たす事にあるでは‥‥」
 護り通せなかった想いとは‥‥姫を護り、簒奪者を倒すこと‥‥。
 そう思ったのだ。
「撫子さんは『向こう』へ向かいますか」
「ええ、お互いに選んだ試練に立ち向かえば自然と道も開けるのではないでしょうか‥‥」
 声をかける弧月に背を向ける撫子。
「何か乗せられたと言う気もしますが、それも悪くはないですね」
 と可憐な大和撫子は微笑んでみせた。

                            ○

 汀が視線を向ける。その先にいるのは、弓の名手である若武者――立木数馬だ。
「結界によって強化されている以上、弓使いの立木さんをフリーの状態にしておくのは、得策ではありませんね‥‥援護があるのと無いのとでは、格段に戦況が変わってしまいますから」
「笑止。今の私を一人でどうにかできるとでもお思いですか」
 弦が鳴り響き殺意の矢が瞬時にいく本も放たれた。先の戦い同様、風使いは軽やかに正確に飛び交う矢をかわしていく。
 だが、いくつもの矢は、空中で弧を描き、軌道を変化させながら汀へ襲い掛かった。
「ほう、自身の意思で軌跡を操りますか」
 汀は慌てずに風の音を聞き、風にその身をゆだね、風に言霊を乗せる者はあくまでも優雅に流れるように弓矢を避けて少しずつだが、確実に弓の若武者に近づいていた。
「これはどうです!」
 数馬の意思が膨れ上がり、避け切った直後の矢が急転して至近距離から風使いを射った。
 しかし、矢は高く宙に舞い上がると、クルクルと回転しながら地面に突き刺さる。
「何!? そんな――」
 刹那、数馬自身も宙を舞い地面に叩きつけられていた。風の衣をまとって矢を弾き飛ばした汀の体術で、投げ飛ばされたのだ。
「弓矢は接近戦には不向きなもの。懐に入り込めばこのように勝機はあります」
 ピキン。
 それは、数馬の心が、霊としての核である精神力が砕けた音。若武者の体が徐々に薄らぎ、霧状に化して、巨大な白い霊気が噴出する。霊気は白い柱となって天を貫き、その中から巨大な神を思わせる荘厳な姿をした存在が出現した。
「これは、一体――」
 ――感謝します、風の武芸者よ――
 巨大な存在は、汀に目もくれず砦へと迫る大軍へと向かっていった。

 一刀流の達人、比賀宗右衛門に対して、2刀流で本気になって時雨は戦う。
 分かっていても避けれるレベルの速さではない【風牙】で剣閃を放つ時雨に、寡黙に己の腕だけを磨き続ける武芸者は剛柔使い分け、自在な剣で対応する。
「――――――――鋭い剣だ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥強い、ね」
 柔の武術を使う相手には二刀流独特の技、攻撃の受け流しからの発動技【魔人舞】
 剛の剣はかなり時雨とスタイルがかみ合うために少し距離を取りながら。
 まさに二刀流と一刀流による神域の剣闘に、理沙は戦いに入ることをやめ、見守ることに決めた。
 この戦いに介入など無粋の極みだろう。
「――なんだろう、この感じ‥‥この、感覚‥‥」
 寡黙な二人はよく似ていた。
 ただ一閃、一閃に全力を注ぎ合う芸術的なまでの殺人演舞。
 そして、打ち合うごとに宗右衛門の中で何かが大きく膨らんでいる。
 二刀と一刀が交錯した。
「――――――――そなたの剣、見事」
 それだけを言って、宗右衛門の体は白い神霊へと変わっていく宗右衛門を、時雨は沈黙で見守った。
「あなたは俺を追い込んだつもりなんでしょうが、それは違いますよ‥‥こうなった俺はそう簡単に倒されませんから」
 影の忍び村雨影に向けて、弧月は体勢を立て直した。結界に入って影はさらに強力になっている。
「荘さん! そちらは無事ですか!?」
「大丈夫です。だから、俺のことは気にせず、目の前の相手にだけ集中してください――」
 とは言うものの、荘も苦戦を免れないようだ。
 さらなる力を得た村雨兄妹の連携攻撃は侮れない戦闘力を秘めている。
 影と汐による、互いに術を掛け合った『影』と『幻影』の入り混じったコンビネーションは2対2の戦いで遺憾なく威力を発揮し、わずかな油断が命取りになりかねない。虚実に混沌に絡めとられて、防戦一方に追い詰められていく弧月と荘。
「こうなったら――≪夢想≫を発動させるしか」
 夢想とは、相手の些細な気などを高められた気で感じ取ることで、どう動くのか感じ取れるようになる、弧月の切り札である。
 極限まで引き出した気が身体能力を飛躍的に引き上げ、纏いし気が体を鋼の鎧の如くなり、拳や足は鋼の武器となる。
「あなたは俺を追い込んだつもりなんでしょうが、それは違いますよ……こうなった俺はそう簡単に倒されませんから」
「俺も錬牙式を全力で――六式縛牙索使用し逃げ道を限定しますから、その隙に反撃に転じましょう!」
 汐の攻撃に対して錬牙式使用時の感覚増強――動体視力や周囲の気の流れを感じる力――で対応して、荘は三式転瞬走牙にて間合いを一気に詰めた。
 荘は、瞬間の実体をつかんだ汐に向けて、各経絡の経点を一瞬にして突くことで気の流れを暴発させる『五式牙爆点突』を使用した。霊体に使用した場合は、霊子すら霧散させる技だ。
「悔やむ事は分りますが、もうこれ以上縛されないで、せめて一撃で!」
 攻撃の瞬間、心の中で謝りながら‥‥。
 だが、横から飛び込んだ長槍が汐を押し出し、代わりにその身で攻撃を受け止めた。それは僧兵の玄宗だ。
「玄宗さまぁッ!?」
「うむ、汐よ。お主は剛陣殿とゆけ――そして、蛇王を討って来い」
 存分に戦ったことで、強き神霊を呼べそうだ。そう言って僧兵は槍を地面に突き立てた。
「まさか、自分の身を盾に――」
「気にせずに参られい。この戦いは我らが力となり、よき導きへの第一歩となろう」
 玄宗の表情には微塵の曇りも感じられず、荘の目前で、そのまま巨大な神霊に変貌していく。
 紙一重、影の攻撃を回避した弧月に手刀を叩き込む。
 妹の安否に気をとられたのか、それとも白き神霊へと変貌していく玄宗に目を奪われたのか。
 影は、満足そうに白い粒子へと変わっていった。

 7人の侍の頭目、奥田残月丸は剣を弾き飛ばされた。
 素手の相手によって。
 それは柳生十兵衛の霊を降ろした、不動修羅だった。
「柳生新陰流宗家七郎三厳、合わせて十兵衛と申す。徒手なれど気遣い無用」
 無造作に侍の懐に歩み寄り、斬りかかって来た残月丸へと踏み出して、その握り手を手刀で打ち獲物を弾いたのだ。
「――柳生無刀取り。戦場往来だか知らぬが、妄執では剣を極める事は叶わぬ」
 降霊状態から戻り、結界を、砦を囲む神霊たちを仰ぎ見て忠告する。
「もうやめろ。こんな行為に何の意味がある。こんなの手前等の自己満足に閉じこもってるだけじゃねえか!」
「はは、我等が敵は現世の理を超えた蛇霊。あの邪神に対抗するには、こちらも相応の力を得なくてはならぬが道理‥‥この我が身に変えてでもな」
「まさか、やはり、そういう事か――」
 神霊を自身の体に降臨させて力とする降霊師の修羅にとって、この事態の意味を理解することは難しくなかった。つまり、サムライ達が行おうとしているのは神霊の降臨。自身の魂を依り代として強大な力をもった上位次元の霊格存在を召喚する――己が存在の全てと引き換えにして呼び出した神で、蛇王の大軍とその禍々しき魔力に対抗しようというものだ。
「あんた等の姫が本当にそれを望んでるか――本人に聞いてみろ!」
 姫の霊を降臨させて説得させようと修羅が印を結び降霊を試みる。だが、なぜか姫の霊を降ろせない。
「それは無駄というものだ、霊媒師よ。今、この瞬間において姫は生きている存在であらせられる。そして、我等があの蛇霊を滅ぼすことにより『この時間』から姫は本当の道を生きていかれるのだ」
 残月丸は痛快そうに笑った。その指差す先にある砦からは、彼らが護ろうとしているらしき、美しい姫が外の戦いを見守っている。
 無精髭の精悍な武将に後悔はない。その表情は、すでに覚悟を決めたものの清冽な笑みだ。
「お主の心遣いには感謝をしよう。だが、我等には無用だ」
 残月丸の魂がはじけ、白き巨大な神霊が出現した。


●別れゆくものたちに

 目の前に立ちふさがる大群の兵士たちはただの兵士ではない。
 忌まわしき呪法で強化された、魂無き兵士たちだ。

【古の我が道は終えたが、貴殿等の無念を晴らす今再びがこの場であるというならば、我、主君こそ違えど義勇の志となって尽力させて頂く次第。導く勝利をこの破軍への誓いとし、其を我が鬨とし、貴殿の誉れを我が勝鬨とする‥‥!】
 己自身の士気を上げ。武者は雪姫を抱きかかえての戦闘する。
 過去の依頼からこのスタイルになっているので然程本人達に問題はなく、むしろ戦場剣法である為、臨機応変に気迫と共に腕を狙い、刃を落とさせ、蹴り倒し、首鎧の継ぎ目に刃を突き立てて、呪われた兵士たちを仕留めて行く。
 馬に乗る者があれば馬の脛を斬り、落馬した所を脚で抑え付け、喉元を一突きで掃討をする武者に、雪姫は必死でしがみつく。
「雪姫様、御気分がすぐれないなら無理はされないがよろしいですわ」
 戦場とは思えない華麗さで、着物の美しい女性――撫子が戦っていた。
 曲弦の糸を自在に操る様子は舞い踊っているようにすら思える。
 撫子の神鉄製の鋼糸『妖斬鋼糸』は次々と襲い繰る兵を切り裂き、
 雪姫の武者を荒々しい戦鬼とするなら、彼女の戦いぶりは華やかなる舞姫だ。撫子は、陣の奥に控える蛇王を目指している剛陣と汐のために、自身の白刃と鋼糸で道を切り開いていた。
「叩くとなれば軍勢よりも頭を叩くのが定石と『頭』狙いの道を切り開きます。妖斬鋼糸を張り巡らして雑兵に動きを攪乱し、乱れた隙に一気に本陣を叩く道を彼らに開きます。「ご助力、感謝します――」
「残月丸との決着も心残りですが、それ以上に砦を囲む軍勢が捨て置けません。助太刀いたします」
 汐は、申し訳なさそうな瞳を撫子に向けた。
「ですが、あの兵たちは邪悪なる神の加護を受けているんですっ。普通の人手は敵うべくも‥‥」
「ご心配には及びません――『天薙古真流』は本来、『神』と称されるモノに対する武技体系です」
 全力解放で結界に力を加給します。そう言って力を解き放った撫子は、
「だからわたくし達を信じてくださいませ――ですよね、雪姫様」
「‥‥そ、そうですね」
 突然に話を振られて、戸惑う雪姫を抱きしめ彼女を護る武者は剣を振るい続ける。
【あの者達は、己が主君を護る為に還らぬ事を選んだのだ】
 同じく護るべきものを持つ者にわかる、それは決意だ。


 武者型大型傀儡である天鏖丸は、致命的な破損を避けつつ前進を止めようとしない。
 急所を外した形での破損は厭わずに【大兇の腕】で敵を掴み、呪われた兵たちの集団に叩き付け、腕を折り、その活躍たるやまさに鬼神の如き。
【我が道は血に塗れし道。されど義に立つ者の無念を知る心は有り】
「恐るべき存在があったものだな。俺でも震えが来そうな戦いぶりだ」
 と、全然恐れる風もなくうそぶく剛陣がニヤリと笑う。
 天鏖丸の視覚は顔面のみならず後方にもある。そのため、関節が360度回転させて方向転換や身を翻したりといった行動を人以上に効率的に動ける可動性を生かした動きに対応できた。
 しかし、多勢で無勢。
 その戦闘力を警戒した敵が、天鏖丸と剛陣包囲にかかったところを、膨大な大地の気による奔流が兵士たちを吹き飛ばした。
「――――知ってるか? あの有名な監督の似たような映画でも侍達が勝ったんだがな」
 正風は、黄金龍を召喚して、自分の体に憑依させる。
「気法拳士雪ノ下・正風、義によって助太刀致す」
 混乱に乗じて、天鏖丸も黒鎧に赤い髑髏の面鎧という事で威圧感を醸しつつ、怯む敵も挑む敵も容赦なく、本来の【怨敵鏖殺請負】の生業さながらに立ち振る舞い、蛇王の大軍に道を切り開いた。
 妖刀での攻撃は容赦なく。
 緋薔の刃で遠隔の仲間をフォローにながら、八面六臂の活躍で蛇王に向かう仲間たちを援護した。
【我が腕は一つ有れば足りる。胴を抜かれても我が脚は止まらぬ。これが無念を晴らす道ならば】
 ――我、楯になる事も厭わず――。
「下がってろ。俺が今、大穴を開けてやるからな」
 正風が自らを黄金色の光の砲弾と化し、敵陣に突っ込んで、大軍の守りを切り崩し仲間達に道を切り開いていく。
 彼の切り開いた道を汐や彼女を守った撫子や雪姫が駆け抜けた。
「勝ったなぁ、俺達だ!」
 正風は見た。彼らの作った道を汐と剛陣が駆け抜けて、蛇王に辿り着く光景を。
 剛陣が蛇王の守りを切り崩し、神霊になった仲間たちの神気を集め、汐の刀が邪神の化身たる蛇王を討ち滅ぼした。

 その時、風がやんだ。

 ――――正風は気がつく。
 残月丸だった大いなる神霊が見つめているもの。
 格子のはまった砦の窓から下界を眺めている彼らが姫と、その隣で控えるように、決して自分の守護するものを守り抜こうと定めている男――かつての人であった時の残月丸であろう姿を見つめている。
 彼だけでなく、他の神霊達も砦の中にいる、彼らが自分の全てを捧げて守ろうとしたものを、忠誠を捧げし姫を見つめていた。
 誇りと哀愁と憧憬と祝福の込められた、凪いだ海のように静かな瞳で。
 あの砦の中には、これから姫と共に正しき歴史を歩んでいく、人間としての彼らが存在している。
 自分の成すべきことを終えた者たちは――巨大な神霊となったサムライたちは、光の粒子と化して天へ還っていく。
 光の粒子は世界中に広がって、光の胞子を浴びた空間は、ぼんやりと曖昧な存在へ溶けていく。過去の正しき時の流れに修正された世界。
 サムライたちの想いによって創られた結界は、淡く、はかなげな夢のように消え去っていった。

                            ○


 正風は周りを見渡す。
 そこは、古ぼけたあやかし荘の大部屋だった。
 ただ少し広い、どこにでもあるような普通の部屋。
 ようやく帰ってきたのだ。

 ‥‥あるべき世界の現世に‥‥。


●遠き日の幻影

 撫子は、神霊になり損ねて現世にとどまった二人、二刀流の武芸者と忍び兄妹の残された妹に背を向けたまま
「これから‥‥あなた方はどうされますか?」
 と穏やかな声で尋ねた。

 正風は今。大部屋を剣術道場に改築する作業を手伝っている。
 剛陣と村雨汐は、この鶴来理沙の剣術道場で師範役を務めながら、彼らにとってはあるべき世界となった現世で生き、この世界の行く末を見守り続けていくという。

 それは、少しだけ寂しいことなのかもしれない。

 そんな表情を読み取られたのだろうか。
「俺らは悲しんでる暇なんぞねえよ。あいつらの分も楽しんでやらねぇとな」
 武芸者は、武芸者らしい言い方で心境を述べた。
 剛陣の言葉を受けて、汐は青く広がった空を見上げた。

「はい、いつか、また逢える日も来ます――」

 それでもきっと、二人の中ではいつも、今はいない姫を護っていた彼らも、心の中で生き続けているに違いない。
 そんな、強くてせつない表情をしていた。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1998/漁火・汀/男性/285歳/画家、風使い、武芸者/いさりび・なぎさ】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)/あまなぎ・なでしこ】
【0391/雪ノ下・正風/男性/22歳/オカルト作家/ゆきのした・まさかぜ】
【0664/葛城・雪姫/女性/17歳/高校生/かつらぎ・ゆき】
【1085/御子柴・荘/男性/21歳/錬気士/みこしば・しょう】
【1564/五降臨・時雨/男性/25歳/殺し屋(?)/ごこうりん・しぐれ】
【1582/柚品・弧月/男性/22歳/大学生/ゆしな・こげつ】
【2481/傀儡・天鏖丸/女性/10歳/遣糸傀儡・怨敵鏖殺依頼請負/かいらい・てんおうまる】
【2592/不動・修羅/男性/17歳/神聖都学園高等部2年生/ふどう・しゅら】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。そして、またもや大幅に遅れてしまいました‥‥;; 参加頂いた皆様には大変ご迷惑をおかけしました。
 シナリオの方ですがこういった展開になりました。なんというか意外。というよりも布団を広げて自爆した感じ? ががーん! いやいや布団じゃなくて風呂敷ですけど、などとオヤジギャグでお茶を濁してみる自分。ダメダメだー。・・・申し訳ありません。疲れているみたいです(汗)
 剛陣と汐さんですが、これから理沙の道場の師範として暮らしています。気が向かれましたら遊びに来てあげてくださいね。

 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。