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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん

「お? そこのニィちゃんカッコえぇなぁ! なぁなぁ、俺と茶ぁでもしばきに行かへん?」
そんなあけっぴろげな箕耶上総の誘いに返るのは、無視か冷笑か無駄に情熱的な同意かで、成果ははかばかしくない。
「なんやねん、つべたいなぁ、もぅ。これやから東京砂漠〜♪ なんて言われてまうんや」
金の瞳を瞬かせ、シャツの襟を抓んでバタバタと中に風を送り込む。
 梅雨もまだだというのに、気ばかり早い初夏の陽気に、熱を静める緑の少ない街には人いきれと混じってむわりとした熱気が籠もる。
「あ〜あ〜」
信号待ちの横断歩道、なけなしの街路樹が作る木陰の領域を選んで入り、一息をつく。
「昼休憩、終ってまうやんか」
上総はむぅ、と不満に頬を膨らませた。
 脱色した茶金の髪と、特徴的な関西弁特有のノリの良さに軽く見えるが、本人、至って真剣なお茶の誘いである。
 子供めいた表情は、中性的な容貌に邪気の無さを強調し、成功率の低さが却って不思議に感じられる…が、この際の原因は明確であった。
 何故なら上総は建設工事現場の作業着のまま、ニィちゃんネェちゃんオジちゃんオバちゃんジィちゃんバァちゃんと声を掛けまくっていた為である。
「一人でゴハン食べるん味気ないやん〜」
それなら現場のおっちゃんとお昼にすればいいだろうが、上総が求めるのは髭面の強面でなく、顔だけでゴハンが三杯はいけそうな美形である。
「人おらんからて狩り出されて休日出勤しとんねやもん、そん位の役得あってもえぇやん〜」
と、上総は誰ともなしに説明しながら、次の目標は逃さない気合いを篭めて、美形センサーのスイッチをオンにした。
 ちなみに本気でそんな機能がオプション装備されているのではなく、気分の問題である。
「……来た、来た来た来た〜、臭うで臭うでコレはかなりの高得点やで〜!」
こめかみを両手の人差し指で押さえ、上総は首の後ろに一つに纏め、さながら尻尾のような髪を勢いよくぶんと回して振り返った。
「そこやぁッ!」
「ぶ!?」
日陰を求めて上総の至近に接近していたらしい青年が、尻尾に顔を撫でられ、濁音を発する。
「ビンゴォ! ニィちゃんカッコえぇなぁ! なぁなぁ、俺と茶ぁでもしばきに行かへん?」
一応、選択肢は相手にあるように聞こえるが。
 獲物を捕らえた獣の目で、上総は『逃がさへんでー!』とばかりにがっしりと相手の両手を掴んでいた。


 逃げられる前にと、上総は最も近い茶店に相手を連れ込み、至極ご満悦である。
 拉致……基、ナンパした青年は上総の審美眼でも充分に観賞に耐える造作を持つ。
「ピュン・フーやてけったいな名前やなぁ。何処ん人?」
頬杖を突いてにこにことご機嫌で観賞する上総に、ピュン・フーと如何にも偽名そうな名を名乗った青年は、カラカラとお冷やの氷を鳴らした。
「生まれは香港だけど」
事の主導権を上総に握られたままで、居心地が悪い様子である。
「あー、あっちの人やねんなー。道理でちょい、毛色がちゃう思たわ」
そんな事は意に介した風もなく、上総はピュン・フーの顔を不躾に眺めた。
 黒革のロングコートが先ず印象に先立ち、全身黒尽くめに欠片も色彩を乗せないのに、十指の全てに嵌ったシルバーリングやブレス、ネックレスがハードな感を強め、表情を隠して円いサングラスをかけて尚、容色負けしていない。
 オーソドックスな美形ではないが、こういった個性を活かした男前も上総の望む所だ……が、果たして初夏の陽気に落ちる影と区別がつかぬ程に黒々とアヤシイ風体を個性と受け流して良いものか。
「そーゆーアンタはどっちの人?」
円いサングラスの遮光グラスの濃さに、瞳は影すらも見えないが、眼差しの強さが確かに上総を捉える。
「いややん、照れんと上総ゆーて呼んでーな♪」
「カズヤ?」
「惜っしいなー! 上総や」
「カ、カズタ?」
「なんで微妙に逸れんねん! カ・ズ・サ!」
「ナズナ?」
「離れた離れた!」
作業服姿の上総と黒尽くめのピュン・フーが小芝居かます頭上から「お待たせしました〜♪」と、ウェイトレスの営業的に朗らかな声に料理が置かれる。
 白いエプロンにピンクの制服が眩しくも愛らしい後ろ姿に愛想を振り、上総は満足げに一人、うんうんと頷いた。
「やっぱこーゆー客商売んトコは、ウェイトレスがかいらしか、ウェイターが男前やないとあかん!」
拳を握っての上総の主張に、ピュン・フーも同意する。
「あぁ、そりゃ同感。見てて食欲失せるよーなのは食いたくねーもんな」
「なんや解っとるやん、ピュン! ほな食おか」
「ちょっと待て」
ほくほくと湯気を立てるハンバーグセットを前に、行儀良く手を合わせた形のまま、上総が素直に待つ、のにピュン・フーは見せた掌を静止させたまま続ける。
「ピュンとフーを分けて呼ぶな。納まりの悪ィ…揃えて一つの名前だからな、敬称不要、略称不可。ただピュン・フーとだけ呼ぶよーにOK?」
「解ったさかいもう食べてえぇ?」
うずうずと、待て、が解かれるのを待つ上総に、ピュン・フーは重々しく頷いて手を下ろす。
 わーい♪とばかりに照り焼きにされたハンバーグにかぶりつく上総に、ピュン・フーは前にてんと置かれたアイスコーヒーに手を伸ばした。
「はんや、ゥュン・ウー。ほんやへへ、はひふふ?」
「熱いんなら無理に喋んなよ」
放り込んだ肉の熱さをはふはふと口の中で転がす上総に、ピュン・フーはグラスを持った手の小指でちょいと皿を示した。
「野菜一緒に口ん中入れれば冷めるの早いぜ」
「あ、ほんまや」
その提案に、上総はサラダの野菜にフォークを突き刺して口に運んで感心する。
「ピュン・フー雑学博士やねんなぁ」
「……雑学か?」
実践的な生活の知恵と、雑学の有り様に首を傾げるピュン・フーに上総は先の問いをもう一度繰り返した。
「で、ピュン・フー、そんだけで足りるん?」
ハンバーグにサラダ、スープにコーヒーと喫茶店にしてはボリュームのあるセット内容を前に据えた上総に、ピュン・フーは飲み物一つだけというのはあまりに大差が在りすぎてそれなりに心苦しさを覚える。
「奢りやからて、遠慮しとらん?」
とてもそんなタマには見えない。
「これから食う約束があっから」
「なんやそれならそうてはよ言いぃや」
言った所で解放されたとは思えないが。
 憂いを拭えた所で安心したのか、中断した食事を再開する上総に苦笑し、グラスを机上に置いた。
「アズサ、今幸せ?」
がつがつと音を立てて瞬く間に皿をキレイにしていく上総に、ピュン・フーは問う。
「上総やゆーねん」
指についたソースを舐め取り、上総は飽かずに訂正する。
「この俺のどこが幸せに見えるん」
「見ただけでわかんねーから聞いてんの」
其処で上総は何故だか胸を張った。
「俺両親死んでんの。なーカワイソやろー?」
ふふん、と鼻を鳴らす様にどこら辺が可哀想なのかを問いつめたくなる…が、上総は次の瞬間に片頬杖をつき、手にしたフォークをゆらゆらと上下に揺らしながら心中に言葉を続ける。
「まぁなー。ホンマの事言うとそう不幸でもないんやけどねー。いい年して親おらんと何も出来んっちゅー訳でもないやん? こっち出てきて周りいい人達に恵まれて、あんたにも会えた」
一見、つまらなさそーに平坦になった表情が、言葉の形を得て紡がれる……心中の変遷に徐々に晴れる。
「……ん?めっちゃ幸せモンやな、俺」
ピュン・フーの問いに対する答えが明確になり、上総は笑みに眉を開いた。
 正面でその直撃を喰らったピュン・フーは、一瞬、動きを止めたが短く息を吐き出す笑いに掌で顔を半分覆った。
「ア……ッハ、俺も感が鈍ったみてぇ」
くつくつと肩で笑うピュン・フーに、上総は首を傾げる。
「あ、感じ悪ぅ。ヒトに聞いといてその態度はないんちゃう?」
不満を隠し立てしない上総に、ピュン・フーは笑いを納めようとしてか顔を背けて喉を震わせ、どうにか言を続ける。
「や、悪ィ……こー、ヒトと違うヤツに生きてる理由聞く機会は多かったんだけどさ。こー、すっげ、普通のヒトの答えって新鮮だな、とか」
「なんやねん、それ」
気分を害した、風を装って頬を膨らませた上総に、ピュン・フーは「悪ィ悪ィ」と、謝罪した。
「生きてるのに理由なんてあれへんよ。生んでくれた親に感謝して精一杯生きる。これが当たり前の事やろ?」
得々として続ける上総にピュン・フーは無言である……笑いに両手でテーブルの端を握り締めて堪えているらしく、その手が小刻みに震えている。
 目敏く、それを察した上総は片眉を上げて更に続けた。
「朝に礼拝夕べに感謝ご先祖様の威徳を胸に刻み心の内に仏を人の中に神の姿を拝んで心安らかに……」
息も接がずに棒読みな言は、そんな殊勝な心掛けが微塵も心にもない事を示しているが、何かがツボに嵌ってしまったピュン・フーには致命的だったようである…酸欠にテーブルに突っ伏している。
「わ、悪かったもう勘弁してくれ……ッ」
笑いすぎに痙攣している腹筋を押さえての懇願に、上総はささやかな勝利を祝してVサインを送ると、可愛くおねだりのポーズを取った。
「したら、グラサン外してくれたら堪忍したる」
「コレ?」
頑固に顔に乗ったままのサングラスを指差すピュン・フーに、こくこくと頷き、更には胸の前で手を組む。
「よぉ似合とるけど、やっぱ素顔もみたいやんー♪ あかん?」
「あかんくないけど……」
微妙に関西弁が感染ってしまったピュン・フーは、口の端を上げて少し笑う。
「上総、普通じゃん? 平気?」
漠然として、何を指してかが判じられない……その意を問う前にすい、とブリッジにかけた指がサングラスを引き抜いた。
 どこか、注視を誘う動きに上総は目を奪われる。
 あまり陽にあたってないような肌色に影を落として、伏せた睫が上げられるその眼。
 僅かな細さに鋭く…まるで不吉に赤い月のような色の瞳に呑まれるように、上総の身体は意に反して動きを止めた。
 赤い目がニ、と笑いの形に細められる。
「か……」
乾いた口中に呑み込む唾はなく、上総はひどく苦労して、喉を震わせた。
「かっけー!」
だが、次に発せられた感歎に、ピュン・フーががくりと身体を傾けた。
「ええなぁ、ピュン・フー、それ自前? コンタクトでもよぉ似合とるで。やぁ、マックロクロスケでおかしな兄ちゃんや思とったけど、演出かいな。や、粋やなー」
しきりに感心する上総に脱力したまま、ピュン・フーは苦笑に両手を上げる。
「……前言撤回、普通じゃねぇわ」
言ってふと左の胸を押さえてコートの内ポケットから携帯電話を取り出した。
「残念、仕事だ」
ディスプレイを確認しつつも出る事はせず、三度だけ振動したのを確かめると、残念そうに肩を竦め、席を立つ。
 そして不意に身を屈め、上総の耳元に口を寄せた。
「幸せなままで居たけりゃ、東京から逃げな」
笑いを含んだような瞳…その癖に、真剣な紅、声に籠もる真摯さ。
 それが楽しげな色にとって変わる。
「そんでももし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
囁きにすぐ身を離したピュン・フーの、まるで不吉な予言のように一方的な約束。
「んじゃーな、楽しかったぜ」
直前までの空気が嘘のように呑気に振られた手、ピュン・フーの指には伝票が挟まれている。
「御礼に奢っとく♪」
「ち、ちょい待ち!」
上総は先の発言の意図を問い質したい欲求に心中で焦り、向けられた背を咄嗟に呼び止めた。
「ん?」
肩を向けて斜めに足を止めたピュン・フーのまたサングラスに覆われた隙間から、ちらと覗く赤に多くを問うを諦める。
「俺あんたの事気に入ったわ」
今この時だけの縁ではない、奇妙な自信に破顔した。
「また遊んでな♪」
次の機会を確信している上総にピュン・フーは一瞬眉を上げ、了承とも取れる笑いを返すとそのまま背を向けた。