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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


幻想の森――夢幻の鳥――

 それは、いつもならばその森を覆っているであろう霧がすっきりと綺麗に晴れた、そんなある日の出来事。
――深奥の魔女
そのように呼ばれる少女が住まう館は、その森のずっと奥でひっそりと永い時を過ごしていた。
 館は見る者によって姿を変える不可思議な庭園を抱えていて、その中では数知れない様々な”実り”が芽吹いているという。
魔女が創造したその”実り”の管理を任されているのは一人の青年。

 その日も、青年は庭先で果樹の手入れをしていた。
伸びた枝を切り落とすのは見目をよくするだけでなく、”実り”がなんの弊害もなく成長していくために。
「――――……」
 ふと、重い視線を持ち上げて見やる。一人の紳士が館の門の前で佇んでいた。
見慣れない顔の客人を見つめて歩み寄ると、ラビは白いシャツの襟首を正しながら丁寧に頭を下げた。
「ようこそ、はじめまして。本日おいでになる予定であった方ですね」
 ラビが話しかけると、紳士はわずかに眉根を寄せて小首を傾げた。
「……私は今日たまたま偶然、こちらに辿りついたまでです。……そう、深奥の魔女と呼ばれる方の噂を耳にしまして」
「深奥の魔女、エカテリーナは僕の主です。主があなたの到着を知り、心待ちにされておいでです。……ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
 青年はそう言って踵をかえし、早足で数歩を進める。
時折後ろを見て紳士がそこにいるのを確認しながら、彼は広大な館の廊下を音も立てずに歩き進めていく。

 大きな窓が並ぶ廊下は森の木々を通して入りこんでくる陽光に照らされ、ほんのりと明るい。
赤い絨毯の敷かれた廊下を足早に歩きながら客人を案内すると、ラビは奥の部屋の扉の前で足を止めて腰を折る。
「エカテリーナ様。お客様をご案内いたしました」
低音の声が、静寂ばかりが立ちこめている廊下の中に響き渡った。
少しの間をあけて返事を返してきたのは、うら若い少女の声。
「いいわ、入ってきて」

 ラビが真鍮のドアノブに手をかけて扉を押し開ける。薄っすらと暗い部屋の中、燃え盛る炎のような長い髪を手櫛で梳きながら椅子に腰かけている少女の姿が見えた。
少女は客人の顔を確かめると悪戯っこのような微笑みを浮かべ、薄い唇を開く。
「久々のお客があなたのような人で嬉しいわ、総帥セレスティ・カーニンガム」
 微笑みをはりつかせた顔で握手を求める少女に、セレスティは柔らかな笑みを返した。
「私のことをご存知だとは。少しばかり驚きました」
 驚いたという割には安穏とした表情を崩さないセレスティに対し、少女は小さく笑って紅茶を勧めた。

「それで。あなたはどういった”実り”が欲しいのかしら?」
 紅茶の中にウォッカ風味のするバラのジャムを入れてかきまぜながら、少女は真っ直ぐな視線をセレスティにぶつけた。
小さな丸テーブルを挟んで少女の向かい側に座り、同じようにジャムを紅茶に落としながらセレスティはゆったりと、麗しい瞳を細くさせる。
「鳥の視線を経験してみたいのですよ」
 銀で出来たスプーンでカップをかきまぜる音が、静かな部屋の中に響き渡る。
「鳥? 鳥になってみたいの?」
 なるほどと頷きつつ紅茶を口にする少女を見やり、セレスティはそっと睫毛を伏せて笑う。
「いいえ、鳥になってみたいのではなく。鳥の目に映る景色を見てみたいのですよ。
例えば同じ景色でも、私達がこうして大地に足をつけて眺めるものと、彼らが上空から見下ろすものとでは、おそらく違って見えるでしょう?」
「ふぅん」
 華奢なカップをソーサーに戻し、少女はニヤリと微笑んで足を組んだ。
「なるほどね。……夢の中でなら可能だわ。幻の中で、あなたが望む景色をご覧にいれましょう」
 

 少女から渡された”実り”は一輪の花だった。
セレスティの瞳の色にも似た、バラとよく似た青い花びらを誇らせている一輪の花。
自分の屋敷に戻りそれを一輪挿しにいれて枕元に飾ると、やがて彼の意識は穏やかな眠りの世界へとさらわれていった。

 
――――遠く近く、波の音がしている。
 懐かしい海の音に目を開けると、そこに広がっていたのは一面の青。
どこか寒々とした印象を与える雲の下、セレスティは海岸沿いの絶壁に立っていた。
辺りを見まわすと伸びた草花が鮮やかな色をたたえていて、吹いている風の中でゆらゆらと揺れている。
 覚えのある景色に瞳を緩ませる。――そこは彼の故郷であるアイルランドの風景だった。
 瞳を細くして草花を眺め、その視線をゆっくりと海に向ける。
寄せてくる波は飛沫をあげながら陸を包みこみ、穏やかに、そして荒々しく大地を舐めまわしている。
その波の中、陸のすぐそばで一匹の魚が銀色の光を放ちながら跳ねあがるのが見えた。
―――― 飛沫が陸に舞いあがる。
 気付くとセレスティの意識は絶壁を蹴り上げて雲をめがけて飛んでいた。
自分を見上げている自分の体が眼下に見える。
海から吹き上げる風が長い銀髪を舞い上げ、流れる風の軌跡を描いている。
視線をずらすとそこにあるのは大きな白い翼。
彼の意識は羽音を立てて飛び交う一羽の鳥とシンクロしていた。

 眼下に見える海は場所によってその青を使い分けているように見える。
「――……ああ、そうか」
 独り言を呟き、陸を目指して寄せていく波を眺める。
浅い場所と深い場所とでは色が違う。魚の群れがいるだけでもその色は変わって見えるのだ。
それだけでなく、水温や諸々の条件でその色を微妙に変化させている。
 鳥は彼の意識を乗せて翼を下降させ、水面ぎりぎりの場所まで近付いた。
体に飛沫が飛び交っているのが分かる。……懐かしい感触。
一匹の魚が鱗をひらめかせて跳ねあがったのを捕えると、鳥は再び波を離れ、海の色と似た青を浮かべる空の中へと上昇した。
どんどん離れていく海は再び様々な色彩を彼に知らせる。
 打ち上げてはひいていく波の姿は、思えば淀みなく流れる時間のようだと、彼はふと思う。
 
 視線を持ち上げると、そこに深い青をたたえた空がどこまでも広がっていた。
鳥は翼をどんどん上昇させていき、空の青を目指して羽音を響かせる。
雲間から覗く太陽の光に目を伏せれば、鳥の白い体は空に浮かぶ数多の雲の色に染まり、その動きをなだらかなものへと変化させる。

 空がなぜ青いのか。
――その理由を思い出し、セレスティは静かに目を閉じた。
 太陽から発せられる光が、通常目に見えることのない空気分子と呼ばれるものに当ったときに、その青は発せられるのだ。
それはたまたま赤系統の光よりも青系統の光のほうが散乱されやすいという、科学的な理由が成されているのであるが。
だが、こうして鳥と同調して空の青や海の青に挟まれることで、そういった事柄はどうでも良いという気にさえなってしまう。
 海の青が箇所によって微妙に異なっているように、こうして見ると空の青もまた箇所によって異なっているのがわかる。
それもおそらく科学的な理由で解明できるのだろうけれども、それはとても無粋なことであるように、彼は思う。
 鳥がその翼を大きくふるわせ、再び海へと降りて行く。
セレスティは伏せていた睫毛を持ち上げ、下降していく途中ですれ違う空気を見やった。
見えるはずのない粒子が見えるような感覚。
 もしかしたら
 もしかしたらこの粒はこの世界の全てが持っていて
 それは何もないように映るこの空気の中にも宿っていて
――――それは科学で証明されていることでもあるのだけれど――――
 鳥の目にはそれがきちんと見えていて
――――それは人ならぬ存在であるセレスティには当然のように視えている事象なのだけれども――――
 だからこそ彼らは宙をいくことが出来るのではないだろうか
 
 その粒の隙間をゆったりと泳ぐようにいきながら。

 
 頬に冷たい感触を覚えて目を開けると、そこは彼の寝室だった。
枕元に飾ってあった花が花びらをはらはらと散らしていた。頬に触れたものは、ちょうどその最後の一枚だったらしい。
セレスティは頬にある花びらをすくいとると、ゆっくり体を起こして部屋の隅々まで視線を配った。
……住み慣れた屋敷の匂いがする。そこにかすかに混ざる、花の残り香。
控え目に自分をアピールしているその香りに、彼は花の残骸に視線をおとす。
 暗闇の中でさえ鮮やかに映えるその青は、先ほどまで眺めていた景色を思い起こさせる。
瞳を閉じればまだそこに潮の香りさえ感じられるほどに鮮明な夢だった。


「ふぅん、そう。あなたの故郷が見えたのね」
 翌日再び足を運ぶと、少女はやはり薄く張りつかせたような笑みを浮かべて彼を迎えた。
庭先の手入れをしていた青年がティーポットの乗ったトレーをテーブルに置き、静かに一礼だけして部屋を後にする。
少女の部屋の窓から覗く外界は昨日とうってかわって深い霧で覆われ、一面に白いもやが広がっている。
 セレスティは組んでいた足の位置をずらし、少女の問いに小さく頷いた。
「あれが鳥の視線であるなら、私は貴重な経験をさせていただいたのかもしれません。あの花の名前はなんというのですか?」
 少女はトレーの上にあるカップを手に取ると、小さな容器に入れられた氷砂糖とウィスキーを少量だけ入れてから、ポットの中の紅茶を淹れた。
「あなたの故郷の味でしょ? 嫌いでなかったら飲むといいわ」
 セレスティの問いには応える様子もなく、少女はそう告げてカップを差し伸べる。
それを受けとって小首を傾げてみせながら、セレスティは夢で見たあの海と同じ色の瞳をゆるりと細めた。
「昨日はロシアン・ティーでしたね。……いただきます」
「本当は就寝前に飲んだほうが合うのかもしれないけれどもね」
 少女は小さく笑って一口飲むと、椅子の肘掛にもたれかかって、ようやくセレスティの問いに答え出した。
「名前などないわ。名前というのは相手を縛り付けてしまうだけのものでしょう? あたしはあたしの創造した子供達をそんなもので縛り付けたくはないのよ」
「……なるほど」
 カップを口に運びながらそう返し、かぐわしく香る匂いに頬を緩ませる。
「満足してもらえたかしら?」
 少女の問いは、夢についてなのかそれとも紅茶についてのことなのか。それは定かではなかったけれども。
 セレスティはカップをソーサーの上に置いて自分も肘掛に体をもたれさせながら、静かに微笑んでみせた。
「ふぅん、そう」
 セレスティからの返事はなかったけれども、少女はゆるゆると満足そうに頷いて、再び紅茶を口にした。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】


NPC エカテリーナ
NPC ラビ

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■         ライター通信          ■
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セレスティ・カーニンガム 様

いつもありがとうございます。
今回、初めて異界で窓を開かせていただいたわけですが、どうも緊張してしまいます。
いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけていれば光栄です。

空をいく鳥がどういった景色を見ているのか。
以前テレビでそれを見たことがありますが、今回はその薄い記憶を頼りに書いてみました。
アイルランドという国はぜひ一度は行ってみたい場所だと、常日頃思っておりましたが、
今回写真をいろいろと見ていくうちに、改めてその思いを固くしてみました。

それでは、遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
よろしければ今後ともよろしくお願いいたします。