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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


『蓬莱館』へようこそ
●トランクの男【12B】
「いい湯ですか?」
 杉並が辰巳に話しかけてきた。聞こえていない振りをする辰巳。するとそれを知ってか知らずか、杉並はもう1度同じ言葉を投げかけてきた。
「いい湯ですか?」
「……ああ」
 辰巳は杉並を一瞥すると、仕方なく質問に答えた。
「そうですか。うっ……と。ふぅ……ああ、いい湯だ」
 ニヤリと笑みを浮かべる杉並。そしてゆっくり静かに、湯舟の中へと入ってきた。
「お1人ですか?」
「…………」
 答えぬ辰巳。1人温泉を楽しんでいた所に邪魔をされ、少し機嫌が悪くなっていたのである。
「お1人ですか?」
 再度尋ねる杉並。辰巳はじろりと杉並を睨むと、ぶっきらぼうにこう言い放った。
「僕が2人に見えるか?」
「あっ……はっはっは。見えませんね、確かに」
 杉並はまたニヤリと笑みを浮かべた。
「申し遅れました。月刊誌『秘湯の盟友』のライター、杉並ゆうじと申します。取材のため、色々とお尋ねした次第で……」
「取材だったら他の客にやってくれ。邪魔なんだ」
 杉並の言葉を制し、辰巳はぴしゃりと言った。黙り込む杉並。
(やれやれ、これで静かになる)
 実際、それ以降杉並が話しかけてくることはなかった。再び静まり返る『乙丑の湯』。
 だが静かになると、気になってくるのは杉並が持って入ってきたトランクである。人間1人なら十分に入りそうなトランク。
(温泉にトランクって……どういう神経してるんだ?)
 自然とトランクに向いてしまう辰巳の視線。杉並はそれを察したのだろう、ニヤリと笑ってまたまた話しかけてきた。
「気になりますか?」
「…………」
「さっきからこのトランクが気になっているんでしょう?」
「……非常識だろという気にはなってるが」
 毒を吐く辰巳。実際、杉並の行動は非常識であるのだが。
「この中には貴重品が入ってるんですよ……とてもとても大切な」
 杉並がトランクをさすりながら言った。
「そんなに大切な物ならフロントにでも預けておけ」
「フロントに預けられるくらいなら、温泉に持って入ったりしませんよ。あなた、何が入ってると思います?」
「死体」
 辰巳はこの馬鹿馬鹿しいやり取りを終えるため、まずあり得ないであろう物を答えた。ところが――。
「おや、よく分かりましたね」
 杉並は辰巳の言葉を肯定すると、ニヤーリと笑ったのである。
「……温泉に死体か。それじゃ一山いくらのサスペンスドラマだろう」
 湯舟から立ち上がる辰巳。もうこれ以上、この呆れた会話に付き合い切れなくなったのだ。
「本当なんですけどねえ……」
 擦れ違いざま、ぼそりつぶやく杉並。辰巳はその言葉を右から左に聞き流した。
 ただ――一瞬だけ、トランクが揺れたように見えた。それは気のせいだったのかもしれないけれど――。

【『蓬莱館』へようこそ・個別ノベル 了】


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■   登場人物                  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 2681 / 上総・辰巳(かずさ・たつみ)
                 / 男 / 25 / 学習塾教師 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ダブルノベル 高峰温泉へようこそ』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全51場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・大変お待たせし申し訳ありませんでした、『蓬莱館』での出来事のお話をここにお届けいたします。今回共通・個別合わせまして、かなりの文章量となっております。共通ノベルだけでは謎の部分があるかと思いますが、それらは個別ノベルなどで明らかになるかと思います。また、『『蓬莱館』の真実』と合わせてお読みいただくと、より楽しめるかと思われます。
・今回プレイングを読んでいて思ったのは、直球ど真ん中ストライクなプレイングが結構あったかな……と。ひょっとして、高原の考えが読まれていたのでしょうか。
・上総辰巳さん、ご参加ありがとうございました。何だか、徹底的に邪魔の入る温泉旅行でしたね。結局、休暇としてはどうだったのでしょうねえ?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またどこかでお会い出来ることを願って。