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『蓬莱館』へようこそ
●物思う、ゆえに深雪あり【18】
すでに布団の敷き終えられている部屋にて1人、深雪は携帯用ワインクーラーと桐伯からの封筒を前に思案顔を浮かべていた。
深雪はまず無難に、携帯用ワインクーラーを開いてみた。中から出てきたのはドンペリニヨン・ロゼ。その価格は……不粋だから言うまい。
(……桐伯さん……)
すっと壁に目をやる深雪。その方角、壁1枚を隔てた向こうには桐伯の姿があるはずである。
視線を封筒に戻し、深雪は意を決して封を開いて中から手紙を取り出した。何が書かれていようとも、しっかりと受け止めなければならない――そのように思いながら。
ゆっくりと折り畳まれた手紙を開いてゆく深雪。やがて見慣れた桐伯の文字が目に飛び込んでくる。
深雪は無言で手紙を読んだ。何度も、何度も、何度も繰り返して。唇をきゅっと噛み締めたまま、まるで極めて重要な計算の検算をするがごとく。
『私には貴女が自分自身傷つくのを恐れて逃げている様にしか思えません、人は何かを得るにはそれなりの覚悟が必要かと思いますが?』
桐伯からの手紙には、このように記されていた。何度目かの読み返しを終えた深雪は天を仰ぎ、ほうっ……と息を吐いた。
(桐伯さんは……お見通し……私のことを……)
最初に手紙を読んだ瞬間、深雪には心の臓を直接わしづかみにされたように感じられた。
恐れは抱いていた。でもそれは、桐伯を傷付けることに対する恐れ……であると思っていた。けれど翻って考えてみると、そうではない。
いや、間違いではないのだ。しかしそれは詭弁にもなり得る物。すなわち深雪自身が傷付くことへの恐れに対する、言い訳に近き物。致命的な恐れへの本能的な回避。
桐伯の手紙の先の一文は、そのことを的確に言い当てていた。
そして続く一文。『何かを得るにはそれなりの覚悟が必要』――その通りだ。深雪も分かっている。でも、分かり過ぎるほどに分かっているからこそ、覚悟が出来ないことだってある。
何かを得るための行動が、その何かを失う可能性が極めて高い行動となることもあるのだ。二律背反……とでも言うのだろうか。
分かっている、けど覚悟は出来ない。それが恐れの感情に繋がり、次第に曖昧模糊とした状況を作り出し、拡大させてゆく。そうして行き着く所まで行った状態が……現在である。
再び手紙に目を向ける深雪。桐伯の文章からは、曖昧とした自分に対する怒りらしき物を感じなくもない。
文字として見るからそのように思うのかもしれない。実際に桐伯の口より告げられたのなら、それは『怒り』ではなく『諭し』になるのかもしれない。いつもの微笑みを交えながらの。
「……私が欲しいのは……」
ぽつりつぶやき頭を振ると、深雪はすくっと立ち上がった。そして、ピタリと桐伯の部屋と深雪の部屋を隔てる壁に身体をつけた。こうすれば、桐伯の温もりが伝わってくるのではないかと思って――。
そんな時だった、部屋の入口から声がかかったのは。プリンキアの声である。
「Miss深雪? 起きてマスカー?」
「はっ、はいっ!?」
突然の来客に、わたわたとする深雪。慌てて座布団に戻り、プリンキアを出迎えたのであった。
●私があなたに出来ること【19B】
「何シてマシタ? エらク音がシまシタガ」
深雪の部屋に入ったプリンキアは、開口一番そう尋ねた。
「いえっ……別に何も」
「ソウですカ? マサかスパイみたク、隣覗クなんテコト……」
「やってません!!」
ぶんぶんと頭を振って否定する深雪。その様子を見て、くすくすと笑うプリンキア。
「フフ、アメリカンジョークデス☆」
いや、あんたイングランド出身でしょうが。
「デモ……隣気ニなリマセんカ? Miss深雪」
「それは……」
深雪の表情が変わった。気にならないはずがない、だって桐伯の隣の部屋であるのだから。
「ミーが来タのハ、そノ話デス」
プリンキアが真面目な表情を見せた。
「え」
「エレメント……陰陽五行、アンダスタン?」
プリンキアの質問にこくんと頷く深雪。
「チャイニーズの哲学デスが……ウォーターエレメントは『陰中の陰』、ファイアエレメントは『陽中の陽』なンテ言わレモしマス」
「……ええ、聞いたことはありますけど」
「マルで、ドコかの誰かサンたちミタいデスネ?」
ふふっとプリンキアが笑みを浮かべた。
「…………」
視線を逸らし、押し黙る深雪。
「相性がヨくなイ関係ダとバカり思ってマセンカ? デモ、五行ハ常に流転スるモノデス。巡リ巡っテ、関係のリバースもありマス。ソウ……ですネー。火ヲ水で消スことモ出来マスけド、火デ水を沸かすコトも出来ますヨネ。美味しいスコーン用意シテ、お茶会ダって出来マース☆ 実ハ先日、美味しいジャムが……」
とそこまで言い、はたと話が脱線したことに気付くプリンキア。
「uh……何のオ話デシた?」
「五行の……」
「OH! ソウでしタネ☆ ツマリ、互イに相反スる反面性質が異なルが故ニ引き合イ、交合し森羅万象のあらユる存在を産み出するモノ……と聞いていまース。MissとMr.の関係デモ、そう言エルと思いマスよ。ミーはソレは、自然界にとっても喜ばシいコトだと思イまスガー……Miss深雪?」
プリンキアがひょいと深雪の顔を覗き込んだ。深雪は無言で思案顔だった。
「hmm……仕方ナイですネー。ミーがメイクしてあげマース。そのママ動かナイデ」
やれやれといった様子で立ち上がり、プリンキアは何故か深雪の背後に回った。そして、おもむろに深雪の背中を軽く押した。
「……え……?」
深雪に戸惑いの表情が浮かんだ。これがメイク……?
「今ノMissにハ、コレが一番のメイクでス☆ ダイジョウブ……エレメンツは2人を応援シテまス……」
プリンキアが深雪の耳元で囁いた。この地の精霊たちに敵意はない。勇気を出し動いたなら、きっと力となってくれることだろう。
「Missも感じマセンか? 『蓬莱館』ハ陽ノ気が満ちテるコト……」
そうもう1度囁き、プリンキアはすっと深雪から離れた。
「ミーが出来ルのハ、ココまでデース。グッドラック☆」
そしてプリンキアはそのまま部屋を出ていった。後に残されたのは深雪ただ1人。沈黙が部屋を支配する。
「ここには陽の気が満ちている……か」
深雪はゆっくりと周囲を見回してからつぶやいた。確かにプリンキアの言う通り、『蓬莱館』は陽の気が強い。
深雪は部屋の入口の方に向き直ると、深々と頭を下げた。
●あなたが与える物、私が求める物【21B】
「あの……お久し振りです……」
何から話していいのか戸惑いつつも、まずは無難に挨拶から入る深雪。部屋の入口を背にし、突っ立ったままで。
「お久し振り……ですね」
静かに答える桐伯。静まる部屋。
「とりあえず、座りませんか?」
「……はい」
桐伯から座布団を勧められ、深雪は素直に従った。少し距離を置き、向かい合う形となる2人。だからといって、ぽんぽんと言葉が交わされる訳でもなく、また部屋は静かになる。
「……お手紙読みました」
しばらくし、深雪が口を開いた。
「桐伯さん……あの内容なんですけど……」
「あのままですよ」
変わらぬ微笑みを見せ、桐伯が言った。まともに顔が見れない深雪は終始うつむき加減であった。
「どう解釈するかは、深雪さん次第です」
「……怒らないんですか」
「何をです?」
「こんな状態にした……私のことを……」
ちらりと桐伯を見る深雪。桐伯が少し思案してから答える。
「怒ることで全てが上手く解決するのなら、そうすることもあるのかもしれませんね」
「桐伯さん……いつもそう」
ぼそっと深雪がつぶやいた。
「考えてみれば桐伯さんが私に対して怒ったこと……ありませんよね」
「そうでしたっけ……」
とぼける桐伯。
「どうしてですか」
「怒る必要がないからでしょう」
「でもっ……!」
「でも?」
桐伯が深雪の言葉を促した。
「でも私は……桐伯さんに真剣に怒って欲しかった……1度でいいから真剣に……」
深雪はそう言って唇を噛み締めた。その目に涙が浮かんでくる。
「……だから余計に……私があなたに何を求めているのか曖昧に……自分で自分が見えなくなってしまう……」
深雪の頬を涙が伝ってゆく。
「ごめんなさい……ごめんなさい……うっ……うう……」
しゃくり上げる深雪。これ以上、言葉が続かなくなってしまう。
いつの間にか桐伯が深雪のそばへ来ていて、涙を流す深雪をぎゅっ……と抱き締めた。
「……この間もそうやって、1人で完結しようとしましたよね」
「桐伯さ……んっ、んんっ……!」
深雪の唇に、桐伯の唇が重ねられた。その時間はほんの10秒ほどだったろうか、しかしそれより長く感じられたかもしれない。
「知っていますか。叱ること、それだけが『怒り』ではないと……」
意味深な言葉をつぶやく桐伯。2人の身体はそのまま、折り重なるようにして畳の上に倒れた。
しばらくして――桐伯の部屋の明かりが、消えた。
【『蓬莱館』へようこそ・個別ノベル 了】
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■ 登場人物 ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
/ 女 / 24 / アナウンサー(気象情報担当) 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ダブルノベル 高峰温泉へようこそ』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全51場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・大変お待たせし申し訳ありませんでした、『蓬莱館』での出来事のお話をここにお届けいたします。今回共通・個別合わせまして、かなりの文章量となっております。共通ノベルだけでは謎の部分があるかと思いますが、それらは個別ノベルなどで明らかになるかと思います。また、『『蓬莱館』の真実』と合わせてお読みいただくと、より楽しめるかと思われます。
・今回プレイングを読んでいて思ったのは、直球ど真ん中ストライクなプレイングが結構あったかな……と。ひょっとして、高原の考えが読まれていたのでしょうか。
・寒河江深雪さん、ご参加ありがとうございました。とりあえず多くは語りません。全てのプレイングやその他要因などから判定した結果、このようになりました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またどこかでお会い出来ることを願って。
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