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『蓬莱館』へようこそ
●十三の疑念【2B】
「若い2人の男女か……色々とあらァな」
チェックインを済ませ、1人部屋へ向かった桐伯の後姿をフロントで見送りながら、十三はそうぼそりとつぶやいた。
(色々とあンのはここも同じだがよ。へッ、高峰の奥様の紹介なだけあらァ)
苦笑する十三。何せあれだ、他の従業員の姿は蓬莱以外に見当たらない。何らかの気配はすれども、姿が見えぬ。しかし、旅館の仕事はきちんと行われている……全く妙な場所である。
正直言って、身を隠す必要がなければここに来ることはなかったかもしれない。第六感、霊感、畏怖の気持ち……色々と言い方はあるが、十三にしてみれば長居はしたくない場所に感じられた。
それでも身を隠すにはもってこいの場所。居るか去るかを問われれば……今の十三は前者を取るしかなかった訳で。
「しかし……若い時分に1度この辺来た時にャ、影も形もなかッた気がすンだがなァ」
過去を回想する十三。記憶が確かなら、今『蓬莱館』のある場所には何もなかったはずなのだが……。
●駒子のお願い【9】
「おぃちゃんだっ!」
フロントに居た十三は、その声に振り向いた。そしてそこに居た駒子を見て、ニカッと笑った。
「……っと、座敷童の嬢ちゃンか。どうしたい?」
「あのねー、ねこのぜーちゃんおいかけてたのー☆ おぃちゃん、ぜーちゃんしらない?」
「悪ィなァ、猫は見てねェンだ。黒い服のネズミはちらちら見かけッけどよ」
へっ、と鼻で笑って玄関の方に目をやる十三。今はそこに誰も居ないが、きっと何者かが居た瞬間があったのであろう。
「おぃちゃん、ここではたらいてるの?」
「おう、ここの番頭だゼ」
大嘘である。まあ十三にしてみれば冗談の範囲なのだろうが。
「ばんどーさん?」
「……そらァ、名古屋の方の元野球選手だァな。番頭だ、番頭。女将さンの次に偉い人ッてことよ」
「おぃちゃんすごーい! えらいんだねー☆」
冗談を真に受けた駒子が、尊敬の眼差しを十三に向けていた。
「そっかー、えらいんだー……」
その尊敬の眼差しが、次第に思案を含んだ物へ変わってゆく。当然十三がその変化に気付かないはずもなく。
「何か用か?」
「……あのねー」
駒子は椅子の上に立ち、少し身を屈めた十三の耳にこう言った。
「もしきゅーちゃんもここにおよばれしてるんだったら、みーちゃんとおんなじおへやにできない?」
「は?」
十三が駒子の言葉を飲み込むまで、若干の時間を必要とした。きっと別方面の用事を想定していたのだろう。だが、言葉を飲み込んでからの十三の反応は早かった。
「……そりゃー、出来ねェ訳じゃねーが。九尾の旦那もここに居るこッたし」
そして辺りをきょろきょろ見回し、誰の姿もないことを確認して、駒子をフロントの隅へ連れていった。
「おねがい! おぃちゃんえらいひとなんでしょー?」
じーっと十三を見つめる駒子。
じーーっ。
じーーーっ。
じーーーーっ。
じぃーーーーーっ。
「分かッた、分ァかッたから! 九尾の旦那にもよろしく頼まれたしなァ……」
「おぃちゃんありがとー☆」
にこぱーと微笑む駒子。十三が視線に耐え切れなくなったので、駒子の勝ちである。
で、駒子の視線に負けた十三がどういう行動に出たかというと……極めて単純。台帳の改竄である。
改竄というと悪い印象があるが、やることは簡単。深雪の部屋の場所をこっそり書き換えるだけのことだ。
単純かつ簡単な作業。すぐに終わるかと思われた。が、実際はそう上手くゆかなかった。
「かー! 元に戻ッてやがる!」
そうなのだ、書き換えて数秒後に見てみると、台帳から書き換えた跡はすっかり消え失せ、書き換える前の状態に戻っていたのである。
2度、3度と同じく試みる十三。しかし、その度に台帳は元に戻ってしまう。
「強制力かァ……? おい、何とか融通してくれよ。若い2人の男女の将来がかかッてんだ、頼む!」
けれどもその十三の願いも虚しく、深雪の部屋を桐伯と同じにすることは出来なかった。
「チッ! 融通きかねェ野郎だ! 同じ部屋くらい、してやッてもいいだろうに……!」
叩き付けるように筆ペンを置き、激しく舌打ちする十三。しかしこの瞬間、十三はあることに気付いた。
「うン……待ッた。同じ部屋にすると元に戻ンだよな。ならよォ……」
十三はもう1度筆ペンをつかむと、改めて深雪の部屋の場所を書き直した。桐伯と同じ部屋ではなく、桐伯の隣の部屋へと。台帳は……元に戻ることはなかった。
「こいつァ役人か? どっか間が抜けてやがンな。ま……妥協の産物ッてェとこか」
苦笑する十三。目標は達成出来なかったが、それでも極めて近付けることは出来た。
「おぃちゃんありがとー☆」
「いいッてことよ。さ、後は任せときな。きっちりお嬢を案内してやッから」
礼を言う駒子に対し、十三はニカッと笑った。
「うん! じゃあこまこ、またぜーちゃんさがすねー。おぃちゃんもばんどーさんがんばってねー☆」
十三に手を振ると、駒子はまたゼーエンを探してパタパタと駆けていった。
「番頭さんつッてンだがなァ……」
結局駒子は、『番頭さん』ではなく『ばんどーさん』で覚えてしまったようである。
【『蓬莱館』へようこそ・個別ノベル 了】
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■ 登場人物 ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう)
/ 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ダブルノベル 高峰温泉へようこそ』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全51場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・大変お待たせし申し訳ありませんでした、『蓬莱館』での出来事のお話をここにお届けいたします。今回共通・個別合わせまして、かなりの文章量となっております。共通ノベルだけでは謎の部分があるかと思いますが、それらは個別ノベルなどで明らかになるかと思います。また、『『蓬莱館』の真実』と合わせてお読みいただくと、より楽しめるかと思われます。
・今回プレイングを読んでいて思ったのは、直球ど真ん中ストライクなプレイングが結構あったかな……と。ひょっとして、高原の考えが読まれていたのでしょうか。
・渡橋十三さん、ご参加ありがとうございました。立場的にはなかなか面白い立場に居たかと思います。さて『蓬莱館』、いったいどういう場所なのでしょうねえ……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またどこかでお会い出来ることを願って。
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