 |
― 蓬莱夢魂譚 ―
気が遠くなったのはどのくらいの時間か。
気がつくと周囲に皆の姿は無く、ただ虚空に原始の月が大きく白く浮かんでいた。
西ノ浜・奈杖（にしのはま・なづえ）は己の周囲に皆の姿を求めるが、
初めて出会うも頼もしい者たちはこの場にはないことをわかっていた。
少し寂しい気がし、溜息をつく。
「どうしました、あれ程の強さを持つ奈杖が溜息とは。」
鈴の様なその声に振り向くと、其処には天上聖母が
やわらかな微笑みと共にいた。
「せ、聖母様！」
「先程は声もかけずに辞し、申し訳なく思います、
元始天尊様がいらっしゃったので失礼させて頂いてました。」
「そんな！僕はそういうのはよくわかりませんが
同席するといけないとかそういうのがあるんでしたら気にしてませんから。」
「……奈杖はやさしいのですね、」
天上聖母は目を細め、愛しげに見やる。
麒麟の姿であるものの赤くなり照れくさがる奈杖。
――麒麟。
世界の平和と繁栄の前兆である聖なる獣。
その性格は温和であり仁を持つものの、戦いに於いては非常に大きな戦闘能力を現す。
炎を吐き、鳴き声は雷の如き轟音で凶をはらい妖怪を降伏させる。
あらゆる長い毛を持つ獣の先祖であり、応龍の血もひく。
一見争い事とは縁のない様に見える麒麟・奈杖ではある。
然し時と場合に於いて其れが必要になる事もある。
麒麟が平和の象徴であると同時に強い戦闘力を持つのも
其れが為である。
先程の戦いに於いてもそうであった事を、天上聖母はわかっていた。
それ故に奈杖に戦わせてしまった事に胸を痛めていた。
「……奈杖、貴方はやはり不老不死を願うのですか？」
「あ……、」
先程天上聖母が皆に問いかけ、蚩尤の出現で有耶無耶になってしまっていた。
然し、奈杖の困った顔に答が在るのを聖母はわかっていた。
「ええと……、せっかくの聖母様のお言葉ですけれど、僕は要りません。」
最後の言葉には真っ直ぐ聖母を見て答える。
「僕は普通に年をとるのを楽しみたいです。お洒落なおじいちゃんになるのに憧れてるんです。」
本来だったら頭を掻きながら云うところだが、今は蹄を鳴らす。
「僕の子供はまだ想像出来ないけど、
孫に囲まれて縁側でお茶すすっている姿は想像できるんですよね。」
穏やかに笑いながら孫達を見つめている奈杖の姿。
なんと心安らげる行く末だろうか。
自然の理に則り、在るがままに時の流れにのり生きてゆく。
生きるとは旅をゆくことに喩えられる。
旅に終わりがある様に、生きることにも終わりがある。
目指す場所が在るから旅をするのであり、あてもなくするのは旅とは云わない。
ただ永劫に生きるのは、それはもう“生”とは云わないように。
「僕、旅するのが大好きなんです。
知らない場所へ行くと知ってる場所になりますよね、知らない人と出会って知り合いになって。
そうすると僕の中の地図の白い部分が埋まっていって……そういうの、楽しいですよね。」
ふわりと笑う奈杖は小柄で特にこれといった特徴のない普通の少年だったが
彼の行く手には大きく広がる無限という名の世界が待っていた。
その視線が前を向いている限り彼の可能性も尽きることはないだろう。
だから、と奈杖は云う。
「僕の地図をこれからもどんどん大きくしていきたい、って思っています。
だから聖母様、僕の旅の安全を祈って貰えますか？」
次の瞬間、奈杖はやわらかい絹とえもいわれぬ香に包まれた。
咄嗟の事に驚いて声もでない。
天上聖母は奈杖を抱きしめ、その頭を撫でる。
「奈杖が旅する限り私はその旅を守りましょう。
いつでも、どこでも私の加護が貴方に届くように、貴方の行く先によい風がふくように……、」
そして身をおこし、指し示すは原始の月。
「往きなさい、そして此れからも良い旅を。」
「有り難う御座います、聖母様。僕は聖母様に出会えたことをずっと感謝します。」
さようなら、
一度だけ振り返り、あとは真っ直ぐ駆けていく後姿を
天上聖母はいつまでも見上げていた。
その瞳は、まるで弟の旅立ちを見送るような
少しの心配、そして誇らしげなものであったと云う。
それは奈杖が見れば、
その様な表情を浮かばせたのが自分だという事を自信を持って云える、
そんな瞳であった―――
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物 ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【 ２２８４ ／ 西ノ浜・奈杖 ／ 男性 ／ １８歳 ／ 高校生・旅人 】
ＮＰＣ ： 天上聖母
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お初にお目にかかります、伊織です。
此の度は蓬莱夢魂譚にご参加頂き、真に有り難う御座いました。
高峰温泉と云う特別企画の参加にて、常とは違う趣となりましたが如何でしたでしょうか。
難易度「やや難」のＮＧ行動ですが、ご参加頂きました皆さん全員無事に通り抜けられました。
今回のＮＧ行動は、併せて記載しました質問弐の答えに微妙に関っておりました。
天上聖母がどの様な聖母かが解れば、後はさほど難しい事ではない問題でした。
以下、答えの発表です。
ＮＧ行動 ： 女神像への無礼な振舞い
質問壱 ： 攻撃回数
質問弐 ： 天上聖母のあなたへの心象
質問参 ： “欲しい”の場合は与えられた事でしょう
質問四 ： 蓬莱でのあなたの姿
質問伍 ： 蚩尤との戦いに於いてのあなたの行動
今回は大筋はあるもののフリーシナリオ形式をとっておりましたので
プレイングかけるにも質問事項が在るとはいえ、難解だったかと思われます。
然し皆さん其々に質問事項についてご自分の考えを述べられていたり、
このノベル全体の推測を練られていたり、と
様々な人柄がでてらっしゃいましたので大変参考になりました。
寧ろ今回の冒険譚は皆さんで創りあげられたもの、と云って宜しいかと思います。
折角の舞台ですので中国神話と荘子の「胡蝶の夢」を題材に、何故か怪獣大戦争の気配もしています。
冒頭から皆さんの描写で不可解なものに気が付かれるかと思いますが
此れは全て後半に明かされる皆さんの姿ゆえ、でした。
再度読みなおされると納得されるのではないでしょうか。
＞西ノ浜奈杖様
初めまして、奈杖様。
旅好きの奈杖様にとって、旅と云うより冒険に近いものとなっており驚いたかと思われます。
折角の中国神話の世界ですし、何か起こらなければ勿体無いので
神話史上有名な蚩尤との戦いを奈杖様に体験して頂きました。
奈杖様の人柄と「地」との回答により、麒麟を選定しましたが如何でしたでしょうか。
元気に駆け回っている姿は、天上聖母でなくても皆微笑ましく見つめる事でしょう。
旅は何かを見、聞き、感じる事のほかに、人生の目的を見つける事もあります。
常にそういった刺激を得られる奈杖様の此れからが非常に楽しみです。
祭は明け、舞台は再び日本へと戻りますが、
次回、お目にかかれましたら宜しくお願い申し上げます。
此度はご参加、真に有り難う御座いました。
|
|
 |
