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蓬莱館の秘宝 〜あるいは、天才・河南教授の異界フィールドワーク
■補講:土産の発生
蓬莱館、滞在二日目である。
やたら広大で、複雑怪奇な中国風の建築。少女・蓬莱以外の従業員の姿は見えず、にもかかわらず豪勢な料理がふるまわれる。蓬莱館はまったくもって謎めいたところだ。
「あら」
村雨花梨はふと立ち止まった。
散歩にでも行こうかと、ロビーを横切ろうとして、その場所に気がついたのである。
「『お土産コーナー』……?」
そこはそれ以外に、表現しようのない一画だった。……だが、何度かこのロビーを行き来しているが、こんな場所があっただろうか。それとも気づかなかっただけなのか……。
誘われるように足を踏み入れる。例によって、レジには誰もいない。ただただ、土産物の類が、うず高く積まれ、並べられているのだった。
「『高峰温泉まんじゅう』だって。こういうの、どこにでもあるのね」
くす、と、思わず笑みを漏らす。
温泉宿の土産物コーナーというのは――どうしてこうも垢抜けず、おかしみを誘うものなのだろう。とりあえずつくってみました、といわんばかりの、『蓬莱館ストラップ』やら、ぬいぐるみの『徐福くん』(なにかわからないが、古代中国風の衣裳の老人の人形で、それがここのマスコットであるらしかった)、『蓬莱館サブレ』に『蓬莱館チョコレート』、そして……なんと『高峰温泉テナント』まである!
「あっ」
そんな中にまじって、小さな瓶入りの『地酒・変若水』を発見する。
「これ、首領に買って行ってあげよう。来れなくて残念がってたし……」
「お土産ですか」
突然、声をかけられて、花梨はあやうく『変若水』の瓶を取り落とすところだった。
「教授」
「ぼくもゼミの学生連中になにか買っていくべきかな」
「学生さんなら、このクッキーとかいいんじゃないんですか」
「……花梨さん、土産という言葉の起源をご存じですか」
「えっ? さあ……知りません」
「諸説あるのですが、宮笥(みやけ)という語が起源とする説がよく知られていますね。
『宮笥』とは『神さまから授かった器』という意味です。かつて、日本における旅とは、寺社詣でである場合がほとんどでした。そうした旅先で、自分が神さまから得たご利益を、故郷にも持ち帰り、皆でわかち合いたい――そういう気持のあらわれであったといいます」
「そうなんですか。さすが教授、物知りなんですね」
「言い換えると、土産をもとめるということは、自分の帰りを待ってくれている人がいる、ということでもある」
「あ――」
「花梨さんは、誰にお土産を持って帰られるのかな」
河南は、ふっと微笑みを残すと、結局、なにも買わずに出て行ってしまった。それは――自分は土産を贈るものなどいない、という意思のあらわれだったのか。
「…………」
花梨は、教授の言葉を反芻した。旅先で自身が得たものを、わかちあうためのもの。
花梨には、彼女を待ち、迎えてくれる家族はすでにない。普通、お土産といえば、家族に買っていくもの、ということになるのだろうが――。
「……園長は――このお菓子でいいわよね」
誰も聞いてなどいないのに、花梨は声に出して言った。
それでも、彼女は土産を買うのだ。
家族でなくとも、花梨を待ってくれている人はいる。あの人には何が喜ばれるだろうか。そんなことを考えていると、あっという間に時間は過ぎて行った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1868/村雨・花梨/女/21歳/保育士】
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■ ライター通信 ■
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リッキー2号です。
このたびは河南教授のフィールドワークへのご同行、ありがとうございました。
しかし、なんとも妙なテイストのノベルになってしまいました(笑)。
「河南教授登場編」のつもりだったのに、「八島さん受難編」になってるし……。
花梨さん、おひさしぶりです。
首領の代理でのご参加ということでしたが…………ちょっと首領には
内密にしておいたほうがよさそうな事件も起こりましたね(笑)。
地酒・変若水でごまかしておいてください。
ご参加ありがとうございました。
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