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『蓬莱館』へようこそ
●ええ、よーく知った足音【22A】
「……ん?」
眠る前、少しでも原稿作業を進めておこうと、部屋でキーボードを叩いていたシュラインの指先がぴたっと止まった。
(床下から……?)
シュラインの作業を中断させたのは、床下から聞こえてきた妙な物音だった。それも、どこかで聞き覚えのある足音が混じった物で。
「これって、まさか……ねえ?」
ある1人の青年の顔が頭に浮かぶ。俄には信じ難い。が、記憶にある限りその青年しか思い当たる者が居ないのである。
(ああもう、気になっちゃって原稿どころじゃないわ)
書きかけの原稿を保存し、ノートパソコンをスリープさせると、シュラインは床下の物音を追って部屋から出ていった。
「えと、こっちからこう……」
てくてくと通路を歩いてゆくシュライン。しばらくし、床下から物音が消え、はっきりとした足音に変わった。
「あ……」
シュラインが眉をひそめた。疑念が確信に変わった瞬間であった。
「……とってもきな臭そうな足音発見」
溜息を吐き、それでもなお足音を追って通路を歩いてゆくシュライン。
(いい人だけど……ねえ)
足音の主があの青年であれば、確かにいい人である。いい人ではあるが、それは厄介事が絡まなければの話だ。十中八九、その青年の居る所には厄介事が絡まっている。間違いない。
やがて声まで聞こえるようになっていた。
「ああ……盛大に汚れたなあ」
(決定だわ)
もう疑う余地はなかった。足音、そして声の主が武人であることに。
「後で温泉入ってくるかなあ」
人気のない所に立ち、1人つぶやいている武人。
「その方がいいわね」
そこに武人の居場所を捉えたシュラインの声が飛んできた。
「えっ……な、何で……」
武人がシュラインの姿を見て絶句した。
「それはこっちの台詞。西船橋くん……何してるの?」
つかつかと歩み寄り、シュラインが尋ねた。
「旅行を……」
「床下潜る旅行がある訳ないでしょ。仕事でしょ……IO2の」
「…………」
黙る武人。まあシュラインも、はなから武人が仕事内容を言うとは思っていなかったが。
「『虚無』関係?」
眉をひそめ、尋ねるシュライン。
「…………!」
武人の眉がぴくっと動いた。……ああ、何て分かりやすい反応。
「そ。別にね、邪魔したい訳じゃないの。むしろ逆。知らずに物事大きくしたくないし、注意事項だけでも教えてもらえるととてもありがたいんだけど……」
「……なし」
「はい?」
「だから、なし。こっちだって、下手に動かない他に、何に注意すればいいか把握しかねてるんですから」
溜息混じりに武人が答える。つまりだ、武人の調査対象が未だ漠然としているということで……。
「……何だか危険物処理と似た状況ね」
何だか言い得て妙な表現である。
「あ、ついでに聞いておくわ。まさか、大きなトランク抱えた男性とその連れの女性、これ関係してないわよね?」
「…………」
また武人の眉がぴくっと動いた。
「関係してるんだ……」
呆れ顔になるシュライン。いやはや、何とも分かりやすい反応なことで――ポリグラフも真っ青である。
【『蓬莱館』へようこそ・個別ノベル 了】
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■ 登場人物 ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ダブルノベル 高峰温泉へようこそ』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全51場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・大変お待たせし申し訳ありませんでした、『蓬莱館』での出来事のお話をここにお届けいたします。今回共通・個別合わせまして、かなりの文章量となっております。共通ノベルだけでは謎の部分があるかと思いますが、それらは個別ノベルなどで明らかになるかと思います。また、『『蓬莱館』の真実』と合わせてお読みいただくと、より楽しめるかと思われます。
・今回プレイングを読んでいて思ったのは、直球ど真ん中ストライクなプレイングが結構あったかな……と。ひょっとして、高原の考えが読まれていたのでしょうか。
・シュライン・エマさん、ご参加ありがとうございました。武人より聞けた内容は、抽象的でありました。何故そうなのかは……そのうち分かるかと思います。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またどこかでお会い出来ることを願って。
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