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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


蓬莱館の秘宝 〜あるいは、天才・河南教授の異界フィールドワーク

■補講:生と死の弁証法

 蓬莱館、滞在二日目である。
 ゆるやかに流れる午後の時間。敷地内の片隅に、隠れるように流れる小さなせせらぎの水辺に、張暁文の姿が見られた。
 ぼんやりと紫煙をくゆらせながら、彼は清流に釣り糸を垂らしているのである。
「釣れますか」
 声をかけられたが、見向きもせず、返事もしなかった。
 もっともそんなものはこちらも期待していない、とばかりに、勝手に隣に腰を下ろしたのは、河南創士郎である。
 昨夜は遅くまで深酒に盛り上がった暁文だったが、一夜明け、昼前にごそごそと起き出して来てからは、もとの狷介な中国人に戻っていた。
「いかがです。宿の方につくってもらいました」
 河南は手にした包みを解いて、中から蒸籠を取り出した。肉包が三つばかり、並んでいた。
「…………」
 じろりと、うろんな目つきで睨んだが、結局、ひとつを手に取った暁文だった。
「……センセイは――不老不死が欲しかったのかい」
 組織の老人たちのように。
 暁文はぼそりと低い呟きで訊ねた。
 黒社会を掌握し、血塗れの権力と、汚濁から生まれた金を欲しいままにしてきた老人たちが、最期に執着するもの――それが長寿だった。
 どれほどの金と権力を持ってしても、老いと死は、トカレフや青龍刀を持った敵組織のヒットマンのように、ボディガードや防弾チョッキでは防げない。かれらが唯一、その意に従わせることができず、いつのまにかその背後に忍び寄っている――。それがゆえに、かれらは何よりも老いと死を憎み、忌み、恐れているのだった。
「そうですねえ……」
 河南は遠い目で応えた。
「欲しくないといえば嘘になります。でも……ぼくが本当に欲しいのは、そんなものではないのだ、とも思いますね」
「ふん。なんだそりゃ。謎なぞか」
 暁文は肉包にかぶりついた。
 死をおそれ、忌避するものたちを、あざ笑うように、死のあぎとは人をたやすく捕らえてゆく。それは暁文がいちばんよく知っていることだ。黒社会の長老であれ、末端のチンピラであれ、屈強の武術家であれ、美しい娼婦であれ、冷酷な暗殺者であれ、善良な市民であれ――平等に、すみやかに、死はすべてを奪い去ってゆくのである。
「謎。そうです。人生とはすべて謎ですよ」
「おまえはいっぺん、脳を診てもらえ」
 にべもなく、吐き棄てた。
「暁文さんは永遠の命を、信じてらっしゃらないんですね」
「信じるも信じないも、んなもん欲しいたぁ思わねぇな。そう言わなかったか?」
「……いいこころがけです」
「はァ?」
「いえ。お邪魔しましたね」
 河南は立ち上がった。
「あなたは熾烈な修羅の道を行かれる方だ。……ありもしない永遠のものになど、まどわされずに、行かれるがいいでしょう。――これからもご武運を」
 足音が遠ざかってゆく。
「なんだありゃ。……ったく、学者センセイは話がややこしくていけないね。……お、来た来た!」
 そして太公望は、色めき立って、竿を握る手に力をこめるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0213/張・暁文/男/24歳/自称サラリーマン】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
このたびは河南教授のフィールドワークへのご同行、ありがとうございました。
しかし、なんとも妙なテイストのノベルになってしまいました(笑)。
「河南教授登場編」のつもりだったのに、「八島さん受難編」になってるし……。

ゲームノベルに続き、ご参加ありがとうございます!
クールにしてワイルド。暁文哥々にちょっとお熱な(……)ライターです。
地酒ネタ、使わせていただきましたよ。
暁文さんにとって、いくばくかでも、この旅が楽しいものと
感じていただけていたならさいわいです。

ご参加ありがとうございました。