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― 蓬莱夢魂譚 ―
気が遠くなったのはどのくらいの時間か。
気がつくと周囲に皆の姿は無く、ただ虚空に原始の月が大きく白く浮かんでいた。
つい先程まで皆近くにいた筈なのに不可思議な事が在るもんだと思い、
此処が蓬莱だと云う事に気づき自嘲する。
「あら、何が可笑しいのかしら、張・暁文(チャン・シャオウェン)。」
突然現れた声に振り向くと、其処に居たのはあの蓬莱と云う少女。
声は確かに彼女なのだが、響く声音に大人の女性を思わせる艶が在る。
「あんた……蓬莱、だったよな、」
「ええ、そうよ。」
「蓬莱館でのあんたとは、雰囲気がまるで違うぜ?」
其の問いに笑う蓬莱は少女、然し声は女性。
「鵬のわりには細かい事を気にするのね、」
――鵬。
遙か古代から神々の時代より存在する巨大な鳥。
その神通力は広大で普通の仙人の術では遙かに及びもつかないが、
其の関心は人間界に非ず。
翼は天を覆う雲の如く、日蝕と密接な関係があると云われており偉大な存在として在る。
暁文は黙って蓬莱を見る。
其の視線は幾度となく組織及び其の対立側の者を震撼させた恐るべきものだが、
蓬莱は其れを静かに受止め、真っ直ぐに見返す。
緊迫の空気が其処に流れるも、暁文はにやと笑い空気を散らした。
「あんたぁ、度胸据わってるねぇ。只モンじゃあねえな?」
「私の様な小娘が流氓相手に敵うわけないでしょ、からかわないで。
其れより張暁文、あなたに聞きたい事があるの。」
「什麼、小妹妹。」(何だい、お嬢ちゃん)
暁文のわざと巫山戯て云う言葉に蓬莱は顔色ひとつ変えない。
あどけない少女の姿であるので其の態度は不思議としか云い様のないものの
それにしても堂に入ったものである。
「不老不死……欲しいの?」
暁文の切れ長の釣り目がす、と細められる。
其れは天上聖母にも問われたもの、問われて答える事適わずのもの。
然し、暁文の心は既に決まっている。
「そう云えば、誰かが云ってたなぁ“不老不死”とか、な。」
富士の裾野に広がる樹海に佇む蓬莱館。
其の温泉に浸かると不老長寿になると云う。
其の蓬莱館で出迎えたのが他でもない、蓬莱ではなかったか。
「だが、な。」
「……え、」
「俺は欲しく無い。……飽きっぽいんでな。」
「何故かしら、不老不死よ?此れさえ手に入れば死の恐怖も老いの苦しみもなくなると云うのに、」
小首を傾げ、蓬莱は問う。
だが暁文は不敵に笑み、翼をはためかす。
周囲に暴風が吹き荒れるも、蓬莱は結い上げた髪一筋も乱れていない。
「そんなこたぁ、考えるまでもねぇだろ。自然の理を無視した事はしちゃならねぇ、って事さ。
万物其れには流れが在り、其れに乗って全ては廻っている。
其の廻りを途切れさせちまったら気の流れは一方通行となり、再び廻る事もなくなっちまう。」
「あなたひとりが変わっても影響はないんじゃないかしら、」
「馬鹿云っちゃいけねえよ、全ての事象は全てに関り、
其の連鎖反応がどんな事を引き起こすかわからねえ……とんでもねぇ事云いやがるぜ。」
「あら……案外思想家だったのね。」
「思想家でもなんでもねえよ、俺は現実主義者だ。あいつのいる世界に戻りたいだけさ。」
蓬莱は暁文の言葉に確固たる信念を読み取り、肩を竦めた。
彼は居場所を持つ者であった。
今在る“生”を、在るがままに生き、在るがままに死すだろう。
そして其れを真正面から受止め、不敵に笑ってのけるだろう。
張暁文、そういう男。
両手を挙げて降参の意を示す蓬莱。
そして其の手で指し示すは原始の月。
「お戻りは此方よ、張暁文。
今の生に飽きたら何時でも此処へ来るといいわ……百年後に来られたら、だけど。」
暁文は其れには薄く笑って答えなかった。
そして大きく羽ばたき月を目指す。
「あなたは豪胆な人だと思っていたのにね、張暁文。」
「さあてね、俺は臆病者さ。」
後ろを振り向かず飛翔する後姿を、蓬莱は寂しげな瞳で見送っていた。
また再び繰り返す百年の夢を想って。
然し其れは暁文は知らず、またその必要もない事。
其れは蓬莱の事情に過ぎない。
暁文の翼を止めるに値するかどうか。
空を往くものの往く手を遮る無粋な輩は
余程の覚悟をするべきだ。
最後に鵬は大きく啼き、
原始の月へと巨大な姿を消していった。
後には声の余韻と強烈過ぎる在り様がいつまでも残っていたと云う―――
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■ 登場人物 ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0213 / 張・暁文 / 男性 / 24歳 / 自称サラリーマン 】
NPC : 蓬莱
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■ ライター通信 ■
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お初にお目にかかります、伊織です。
此の度は蓬莱夢魂譚にご参加頂き、真に有り難う御座いました。
高峰温泉と云う特別企画の参加にて、常とは違う趣となりましたが如何でしたでしょうか。
難易度「やや難」のNG行動ですが、ご参加頂きました皆さん全員無事に通り抜けられました。
今回のNG行動は、併せて記載しました質問弐の答えに微妙に関っておりました。
天上聖母がどの様な聖母かが解れば、後はさほど難しい事ではない問題でした。
以下、答えの発表です。
NG行動 : 女神像への無礼な振舞い
質問壱 : 攻撃回数
質問弐 : 天上聖母のあなたへの心象
質問参 : “欲しい”の場合は与えられた事でしょう
質問四 : 蓬莱でのあなたの姿
質問伍 : 蚩尤との戦いに於いてのあなたの行動
今回は大筋はあるもののフリーシナリオ形式をとっておりましたので
プレイングかけるにも質問事項が在るとはいえ、難解だったかと思われます。
然し皆さん其々に質問事項についてご自分の考えを述べられていたり、
このノベル全体の推測を練られていたり、と
様々な人柄がでてらっしゃいましたので大変参考になりました。
寧ろ今回の冒険譚は皆さんで創りあげられたもの、と云って宜しいかと思います。
折角の舞台ですので中国神話と荘子の「胡蝶の夢」を題材に、何故か怪獣大戦争の気配もしています。
冒頭から皆さんの描写で不可解なものに気が付かれるかと思いますが
此れは全て後半に明かされる皆さんの姿ゆえ、でした。
再度読みなおされると納得されるのではないでしょうか。
>張暁文様
初めまして、暁文様。
暁文様にとり、今回の舞台はまさにうってつけの場所ですね。
ご自身の信心深さや大陸知識、言葉等全てに於いて誘導・説明役となって頂きました。
天上聖母への完璧な参拝により蓬莱世界も暁文様の意のままに働きました。
「天」を選択し、其の飄々とした行動から鵬となって頂いた次第です。
又「攻」を選ばれましたので戦闘でもトドメをお願いしましたが、
人体で剄を駆使するのをいつか拝見したいものです。
祭は明け、舞台は再び日本へと戻りますが、
次回、お目にかかれましたら宜しくお願い申し上げます。
此度はご参加、真に有り難う御座いました。
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