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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


蓬莱館の秘宝 〜あるいは、天才・河南教授の異界フィールドワーク

■補講:薔薇の審理

 蓬莱館、滞在二日目である。
 それもまだ明けたばかりだ。
 富士の裾野の、森に囲まれた蓬莱館である。滞在客たちがまだ眠りについている時刻は、深い静寂に包まれている。
 朝もやがうっすらとかかる庭に、そのしじまを破る軽い足音があった。
「あれ、教授」
 カソック姿の、ヨハネ・ミケーレである。
「早いんですね」
「ヨハネくんこそ」
 池のほとりにたたずんでいたのは、河南創士郎だった。いつ見ても、彼はきっちりとスーツを着こなし、そして胸には赤いバラが咲いているのだ。
「僕は……まあ――習慣で」
「ああ、そうか。教会は朝が早いものね。朝の祈りは済んだの。一時課――というのだったかな。……われらの日用の糧を、今日(こんにち)われらに与え給え。われらが人に赦す如く、われらの罪を赦し給え」
 河南は諳んじてみせた。
「よくご存じですね。……八島さんが、教授は何が専門だかわからないって仰ってました」
「ぼくが知っていることなんて、世界に存在する膨大な知識のごくわずかに過ぎませんよ。特に西欧の宗教関連は大して強くない。……ずいぶん昔に、異端審問に関する論文を2、3本書いたくらいだな」
 教授は微笑んだ。
「ま。知識という点で、ぼくが自分に満足できる時なんてこないと思うけれど」
「それは――でも、人間ってそういうものかもしれませんね」
「信仰はどうだろう。きみたちは、永遠を見つけたと言えるんじゃないのかな」
「僕たちはそう考えています」
 そして歳若い聖職者は、ちょっと考え込むような顔つきで、問い返した。
「教授は……永遠のものを探しているんですか」
「どうして、そう思うの」
「だって――『変若水』だってそうでしょう。永遠の生命をもたらすもの……でも、どこか、教授は、不老不死自体に、固執されるような方じゃないような気がしてたんです」
「これはこれは。光栄ですね」
「すいません、勝手なこと言っちゃって」
「とんでもないよ、ヨハネくん」
 しだいに明るさを増してゆく空。それを照り返して、青みを鮮やかにしてゆく水面。そして、さらにその彩りが映り込んだ、河南の瞳――。
「きみは聡明な青年だ」
「え」
 あまりにてらいなく、直接的に投げられた言葉に、ヨハネは思わず頬を染めた。
「けれど覚えておきたまえ。……この世には永遠のものはない。永遠に見えるもの、永遠であろうとするもの、そして、その永遠をもとめてやまない人の気持があるだけだ」
「…………」
「あるいはそれでもなお、永遠を信じるのも――ひとつの道だとは思うけどね。……きみやぼくが、それぞれ違う形で、そう信じているように」
 そして、胸のバラをそっとはずすと、河南は、ヨハネの僧服の胸元に、それを飾った。
「ぼくたちが出会えた記念に」
 そして、河南創士郎は背を向けて、朝もやの彼方へと戻って行く。
 それを見送るヨハネの胸には、赤いバラが静かに揺れているのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1286/ヨハネ・ミケーレ/男/19歳/教皇庁公認エクソシスト・神父、音楽指導者】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
このたびは河南教授のフィールドワークへのご同行、ありがとうございました。
しかし、なんとも妙なテイストのノベルになってしまいました(笑)。
「河南教授登場編」のつもりだったのに、「八島さん受難編」になってるし……。

おひさしぶりです。
やはり不老不死の霊薬などなかった模様。
まあ、某猊下も実在を信じておられたわけではないでしょうから、
ここはひとつ『高峰温泉まんじゅう』でどうかどうか(?)。
河南教授はヨハネくんを気に入っちゃったみたいです(幸か不幸か……)。
今後も仲良くしてやってくださいね。

ご参加ありがとうございました。