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蓬莱館の秘宝 〜あるいは、天才・河南教授の異界フィールドワーク
■補講:卓球と哲学
蓬莱館、滞在二日目である。
「ちょ、ちょっと、タンマ……」
はげしく響いていたのは、卓球のラリーの音だ。
「すこし……休憩させてください」
「またぁ? 真さん、ちょっと体力なさ過ぎなんじゃない?」
そこは蓬莱館の一画にある遊戯場。卓球台を挟んでひとしきり卓球に興じていたのは瀬川蓮と八島真である。
八島は流れる汗を拭いながら、床にぺたりと坐り込む。
「まあいいや。次のセット取ったらボクの勝ちだし。そしたら、約束通り、その眼鏡取ってみせてよね」
と、いつのまにか、河南教授がそばにいて、ふたりのやりとりを面白そうに眺めている。
「キョウジュも卓球やる?」
「遠慮しときます。汗をかくのが好きじゃないもんで」
「あ、そう。……キョウジュ、今日は何やってんの。変若水がないってわかったら、もうやることなくてヒマなんじゃない?」
「とんでもない。ぼくの仕事はそんな皮相なことだけじゃないんですよ。この『蓬莱』の風物を観察すること、ここに滞在する人々と語らうことも、このフィールドワークの一部なのですから」
言いながら、河南は窓際の椅子に腰を下ろした。窓からは目にしみるような緑を眺めることができた。
蓮もとなりにやってきて、そこに坐った。
「キョウジュは不老不死になりたかったの?」
「どうだろうね。たしかに、今のぼくは結構イケてる感じだから、このまま歳を取らなけりゃいいなと思うけど……若くてきれいでいられるってことと、不老不死ってことは、すこし意味が違うんじゃないかな」
「……そうかも。なんかわかる気がする」
「そう?」
「……ボク、変若水があったら、ずっと子どものままでいられるかなぁ、って思ってたんだ」
「ほう」
「でも無理だよね。いくら身体の時が止まっても、心はだんだん大人になっていってしまうんだから――」
「…………」
河南の目に――木立を揺する風のような、やわらかでやさしい光が差した。この旅の中で、ついぞ見せたことのないようなまなざしだった。
「――きみはかしこい子だね、蓮くん」
そして、そっと呟く。
「そのとおりだ。永遠のものなんて、この世にはないのだから」
それには応えず、蓮は、ぴょこんと椅子を降りると、ふたたび、ラケットを手にして叫んだ。
「さ、真さん、最終セット行くよ!」
「……え、もうですか」
「キョウジュ、やらないんだったら、賭けてみたら?」
「そうだね。それなら蓮くんにフルーツ牛乳ひとつ」
「教授〜!」
「さあ、真さん、はやくはやく!」
窓から差し込む春の陽に嬌声が溶けてゆく。
リズミカルな卓球の音が、蓬莱館のうららかな午後に小気味よく響きはじめた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1790/瀬川・蓮/男/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)】
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■ ライター通信 ■
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リッキー2号です。
このたびは河南教授のフィールドワークへのご同行、ありがとうございました。
しかし、なんとも妙なテイストのノベルになってしまいました(笑)。
「河南教授登場編」のつもりだったのに、「八島さん受難編」になってるし……。
おひさしぶりです。
せっかくのレジャーということで(?)どちらかといえば
子どもらしい側面にウェイトを置いて書かせていただきました。
ちょっと奇妙な温泉旅行、楽しんでいただけたらさいわいです。
ご参加ありがとうございました。
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