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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


赤根草
「やっぱ硫黄臭いかな〜」
 くんくん、温泉上がりの体の匂いを嗅いでは何度も確かめる武。綺麗になったは良いがどうも体からふわりと立ちのぼる湯気の香りが気になって仕方ない。尤も、彼女がそう言ったことを気にするとは思えない。
 第一別の場所とは言え同じ温泉に浸かっている筈だし。
「まあいいか」
 すれ違った他の客からも漂ってくる硫黄の香りに、シャワーで消せば良いと言うものではないと気付いてあっさりと悩むのを止めた。
 其処へぱたぱたとせわしなく動き回る蓬莱の姿が目に止まり、
「精が出るね」
 よっ、と手を上げてにっと笑いかけた。
「すみません、みっともないところを…加賀見様はお風呂に入られたんですね」
「匂いで判るよなぁ。そうだよ、入ってきたところさ。もう一度入ってもいいけどね。…一緒に入るかい?」
「ご冗談を」
 くすくす、と武にその気がないのを判って楽しげに笑う蓬莱。
「そんなことを仰って、角が生えても知りませんよ?」
 ちらっと武の後ろへ視線を向ける蓬莱の動きにぎくん、と身体の動きを止め、おそるおそる振り返った。
 ――誰も、其処にはいなかった。
「からかわなくてもいいじゃないか…」
 拗ねたような声を出しつつ首を回す、が。
 既に蓬莱も其処には居なかった。どうやら武と話す時間もない位仕事に追われていて、そのせいで冗談交じりの言葉で煙に巻いたらしい。それじゃしょうがないか、そう思いつつふぅと溜息を付く。
「…惚れ薬か」
 ふとそんなことを呟いて、慌てて誰か他の者が聞いていないかぐるぐると首を回して見渡し、そして苦笑して歩き出した。
 誰かに使う予定など無い。あるとしたらそれは…だが、それは既に必要の無いことだ。
 おまけに、そう言ったモノを使ってまで相手を惹き付けようとするその態度は気にくわないので、実際引き受けはしたものの依頼主の事を知りたいとも思わなかったし効果があって欲しいとも思わなかった。寧ろ、そんな薬の犠牲になってしまうであろう知らない相手のことを思って眉を曇らせる。…間接的にとは言え、そう言った行動に手を貸してしまったのは事実なのだから。
「見つからなきゃよかったんだよな…でなかったら、あのまま俺達を倒して森の中に逃げていくとか」
 まさかモノがああいうものだとは思わなかっただけに、引きずって持ち帰ることにも微妙に罪悪感があり。そして運んだ後のアレが気になって時々まだ木のソリの中に入っていることを確かめたりしていた。
 先程風呂に行く途中で見た時には移動させられたか姿が見えなかったのだが。
 もう薬になってしまったかな。
 忌々しい、そう口に出さず呟いてゆっくり首を振ると、――甘い香りのする温泉の前を通りかかり。
「…ん…?」
 甘い、香り?
 しかも嗅いだことのあるようなこれは…
「っっ!?」
 湯気の中、人の居る気配を感じ、そして何処で嗅いだのか思い出した瞬間武は慌ててその場から逃げ出していた。
 林の中。
 『それ』と対峙した時、運んだ時に嗅いだ甘い香りと同種の物と気付いたためだったからだ。
「やっぱり持って帰らなきゃ良かった…」
 一緒に依頼を受けてやって来ていた他の者達をぶち倒してでも、止めるべきだったかもしれない。
 理由がなんであれ、勝手に他の者に惚れて行くような薬が出来てしまうのだから。
 其れが万一、本当に万一…恋人の元に届いたとしたら?
「冗談じゃないな」
 運んで来た植物の大きさを考えて憂鬱になりながら、まさかな、ともう一度呟き。
 だが結局否定し続ける自分をいつまでも騙せるわけも無く、次第次第に早足になって、最後には駆け足になった。
 …もしかしたら。
 甘い匂いを嗅いだ後でそういった心情になったのは。
 本人は気付かなかったが、武にも薬の効果があったのかもしれなかった。

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■   登場人物                  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2776/加賀見・武/男性/24/小説家】

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■         ライター通信          ■
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長い間お待たせしました。「赤根草・個人ノベル」をお届けします。

この物語は、共通ノベルで依頼を果たした後の話となっています。参加者それぞれの物語、共通ノベルと合わせて楽しんでいただければ幸いです。
個人ノベルには他のPCは絡ませていません。いたとしてもNPCのみです。従って、それぞれ違った物語となっていると思われます。宜しければチャンネルを切り替えるように読んで頂ければ、と思います。
こうしたイベントには初参加でしたが、楽しませていただきました。またの機会があれば是非参加させてもらいたいと思っています。
それでは、またの機会にお会いできることを願って。
間垣久実