 |
『蓬莱館』へようこそ
●不可思議な地図【14B】
「そうか……『甲子の湯』はそんなことに」
ビールをなみなみと注いだグラスを手にした慶悟は、放っていた式神の1体からその情報を聞いて苦笑した。
『乙丑の湯』に入った慶悟は知らなかったが、同じ頃『甲子の湯』で三下がファルナとファルファによって散々な目に遭っていたのである。
もし『甲子の湯』に慶悟が向かっていたならば、間違いなく巻き添えとなっていたことであろう。
「はて……『甲子の湯』は男性用の露天風呂だったはずだが……まあ些細なことか」
一瞬引っかかりはあったが、特に気にするでもなく慶悟はごくごくとビールを一息に飲み干した。式神が集めてきた事件らしい事件は、現時点ではこのくらいであったから。
「ふう……五臓六腑に染みる。食事も山の幸が豊富でいい……」
箸を取り、たけのこの刺身を摘む慶悟。早朝、土が盛り上がったばかりの時に掘ったのであろう、えぐみもなく食感もまたよい。
「酒で俗世の汚れを流し、春の陽気の体内に取り込む……これもまた陰陽の道なり」
慶悟がもっともらしいことを口にした。何にしても堪能しているのである。
「さて」
しばらくして慶悟は紙とペンを持ち出すと、さらさらと紙にペンを走らせ始めた。
「玄関がここ、フロントがあって通路がこう走って……」
どうやら式神たちに集めさせた情報を元に、『蓬莱館』の地図を作るつもりのようだ。
(何故か館内図が見当たらないからな)
不思議なことに『蓬莱館』に館内図は見当たらなかった。それゆえ、通路の繋がりの把握は難しいのだが、どこに何があるか案内板は出ているので迷う可能性は少なかった。
地図を描き進めてゆく慶悟。渡り廊下で繋がれているためか、中庭がいくつもある。地図で見ると一目瞭然だ。やがて全て書き終え、しげしげと地図を眺めてみた。
「……うん?」
慶悟が眉をひそめた。描き終えた『蓬莱館』の地図、どこかで見たことあるような形となっていたのである。それも、慶悟がよくよく知っているような形。
「こうで……こうだから……」
何気なく指先で形をなぞってみる慶悟。やがてはっとして、表情が一変した。
「これは……陰陽の……!」
そう、それは慶悟が知っていて当然の物だった。太陰大極図の陰陽どちらか一方の部分、その形状に『蓬莱館』の地図が非常によく似ていたのであった。
(偶然か?)
確かに偶然そうなっただけかもしれない。だがしかし、そうだとしても『蓬莱館』は奇妙な形状である。この形状には、何がしかの意図があるようにしか思えない。陰陽師である慶悟ならなおさらのことだった。
「……しかし」
再び地図に目をやり思案する慶悟。
「ここは陽の気が強い……ゆえにこの図は陽を指し示すのだとは思うが……かといって、陰陽のバランスが崩れていない場所ではない……。ということは、バランスを取るための何かが……あるのか」
陰陽とは、天地間の万物を生成し、支配すると考えられた2つの根源である。もっとも分かりやすい例を挙げるなら、男女の関係であろうか。
万物は流転するゆえに、その過程で一時的に一方の力が強まることは多々ある。だが、それは永い時間で見ればほんの一瞬の揺らぎ、バランスとしては許容範囲だ。
陰陽が一方のみしか存在しない時はない。もしもそうなった時は滅び――無へ向かう瞬間である。
慶悟の言ったのはそれらを含んだことだ。故意にせよ偶然にせよ、この形状ゆえに陽の気は強くなっている。しかし、バランスは崩れていない。それはすなわち、そうさせない何かがある訳で――。
(夜中にでも、1度実際に歩いてみた方がよさそうだ)
慶悟はそう考えると、座布団を枕代わりにごろんと横になった。
●だから、あなたは誰?【14C】
『蓬莱館』の外。黒服の男2人が、未だ『蓬莱館』の様子を窺っていた。
「ホワイトルークより本部。時折男の悲鳴が聞こえるものの、現在まで大きな異常はなし。監視を続けます。どうぞ」
男の1人が持っていた無線機でどこかに連絡をする。
「本……り……トルーク……解……のま……監視……」
「相変わらずのノイズだな」
もう1人の男が呆れたように言った。
「ジャミングされているか、場所が場所だからか……だろう」
無線の交信を終えた男が答えた。
「西船橋はちゃんとやってるんだろうな」
「あいつ、捜査官としての自覚があるのか? そもそも服務規程を何だと思ってるんだ」
「だがこういう場所ではそれが幸いしている。俺たちがうろついてみろ、すぐに警戒されるぞ」
「はは、間違いない」
と、会話していた男たちだったが――。
「しっ! 誰か来たぞ」
「ああ……」
気配を感じた男たちは懐に手をやり、気配の主を確かめようとした。すると、女性の声が聞こえてきた。
「こんばんは」
現れたのはにこやかな表情をした智恵美であった。
「あなた方も温泉ですか?」
「…………」
「…………」
「こちらで何をされておられるんですか?」
「…………」
「…………」
何も答えぬ男たち。もちろん手は懐にやったままである。明らかに警戒しているのだ。
「『蓬莱館』の監視は順調ですか?」
「!!」
智恵美の言葉に、男の1人が懐の物を抜こうとした。が、もう1人の男に制止された。
「待て! あんた……何者だ」
「そうですねえ……通りすがりの情報屋と申しておきましょうか。単なる好奇心です」
にっこり微笑む智恵美。
「……情報屋か。話すことはない、とっとと立ち去ってもらおうか。素直に従ってもらえないなら、我々もそれなりの行動は取らせてもらう」
「55点」
脅しとしか聞こえない男の言葉。智恵美がぼそっとつぶやいた。
「ん?」
「いえ、こちらの話です。くれぐれも迷惑だけはかけぬようお仕事頑張ってください……では」
智恵美はそう言い残すと、来た道をまた戻っていった。
「何だありゃ?」
「……さあな。しかし、どっかで見たような……あの女」
男の1人が首を傾げた――。
●惨劇・再び【23B】
『甲子の湯』に、武人の悲鳴が響き渡っていた。
「1人で洗えるからぁぁぁぁぁっ!!」
「ダメです〜、洗い残しが出ますから〜」
「……泡だらけです、マスター」
「ファルファ〜、もっともっといっぱい泡立たせましょうね〜☆」
「……こうですか、マスター」
「うひゃひゃひゃっ! くすっ……くすぐったいぃぃぃっ!!」
「あら〜、敏感肌なんですね〜」
「違っ、うひゃひゃひゃひゃひゃぁっ!!」
「綺麗さっぱり、気持ちよくさせてあげます〜」
「……ふにっと押し付けるんですね、マスター」
「そうです〜、ふにっとです〜」
「ひゃっ、ひゃひゃっ……! うっひゃひゃひゃ! 誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
四方八方やたらめったらに飛び散る泡、泡、泡。
ああ、犠牲者がまたここに1人――。
●そして誰も居なくなった【27A】
夜道を必死に逃げる杉並と千代田。その前に、黒服の男たち2人が立ち塞がった。
「IO2だ。ちょっと話を聞かせてもらいたい」
懐より銃を取り出し、2人して各々目の前に居る者の眉間に銃口を向ける男たち。
その時である。男たちの背後より、紅い影が跳ねるように現れたのは。
男たちは咄嗟に紅い影に銃口を向けようとした。だが、それより早く紅い影の持つ日本刀が男たちの喉を貫いていた。
「かっ……」
「くはっ……」
声も発せず崩れ落ちる男たち。紅い影が、杉並と千代田の前に姿を見せた。
「あっ、お前か! 助けに来てくれたのか! 助かっ……」
嬉々として紅い影に話しかける杉並。ところが皆まで言うことは出来なかった。何故なら、紅い影の日本刀は次の瞬間には杉並の喉をも貫いていたから――。
「ひゅ……!」
前のめりに倒れる杉並。恐らく、何が起きたか杉並は認識することなく死んだことだろう。
「あんた! 何やってんのよ!!」
千代田が驚きの声を上げた。
「味方を殺そうだなんて……」
抗議する千代田。しかし、やはり千代田も皆まで言うことは出来なかった。紅い影の日本刀は、千代田の胸元を深々と貫いていたのだから……。
「失敗して逃げ帰ってきたなら始末せよ……。それが私の受けたもう1つの命令……それに私は従ったまで」
紅い影――エヴァ・ペルマネントは杉並と千代田の死体を見下ろして、そうつぶやいた。
その一部始終を、慶悟の放った式神たちは見ていた。もっとも黒服の男たちについていた式神は、4人より先にエヴァによって倒されていたのだが――。
【『蓬莱館』へようこそ・個別ノベル 了】
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物 ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ダブルノベル 高峰温泉へようこそ』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全51場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・大変お待たせし申し訳ありませんでした、『蓬莱館』での出来事のお話をここにお届けいたします。今回共通・個別合わせまして、かなりの文章量となっております。共通ノベルだけでは謎の部分があるかと思いますが、それらは個別ノベルなどで明らかになるかと思います。また、『『蓬莱館』の真実』と合わせてお読みいただくと、より楽しめるかと思われます。
・今回プレイングを読んでいて思ったのは、直球ど真ん中ストライクなプレイングが結構あったかな……と。ひょっとして、高原の考えが読まれていたのでしょうか。
・真名神慶悟さん、ご参加ありがとうございました。式神をあちこちつけていたので、色々と雑多な情報が手に入っております。地図を作ったのは大正解でした。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またどこかでお会い出来ることを願って。
|
|
 |