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水辺に浮かぶ二つの奏鳴曲(ソナタ)
〜Capitolo della stella.〈星の章〉
VI-b
天体観測を終え、その後も十分に、誠司を冷やかして。
自分自身満足したところで、やはり、半ば泣きそうになりながら叫んでいた誠司を冷酷にも部屋に置き去りにし、お邪魔していた彼等の部屋を後にした。
その後、麗香へと提出するレポートをまとめるその前に、折角良く見える星を、実際の自分の目でもう一度見てみようかと、何と無しに蓬莱館の玄関前から少し離れた静かな場所へとやって来た――その所で。
偶然にも匡乃は、一人の男に出会っていた。
誠司の親友にして、周囲からの他称は駄目枢機卿こと、ユリウス・アレッサンドロ。
出会ったついでに、夜の挨拶を交わし。そこから話す事、暫く。
話の流れに匡乃は、ユリウスから早速、気になっている部分を問われていた。
「で、誠司のことは――、」
「先生でしたら、本当に楽しそうにしていらっしゃりましたよ」
微笑んで返された答えは、ユリウスにとっては、それで十分なものであった。
「そうですか、それは良かったです」
また随分と、宜しい具合に遊んで下さったようで。
後半の言葉は笑顔にのみはぐらかし、ユリウスはふ、と空を仰いだ。
匡乃も続けて、空へと視線を振り仰がせる。
「それにしても、静かですね」
「ええ」
返事を返し、ユリウスは静かに息を吐く。
何と無しに、天の海に映える月が、
「天の原ふりさけ見れば春日なる、三笠の山にいでし月かも=\―ですか、」
あまりにも、気になってしまって。
この詩には、読むだけではわからない背後の事情がある。
望郷の詩。
阿倍仲麻呂が詠った、遠くから故郷を懐かしむ気持ちであった。
「おや、イタリア、懐かしいんですか?」
「いえぇ、この前帰ったばっかりですからね」
別にそんな事はありませんけれどもね――と、微笑みかけて。
「こんなにも、綺麗ですから。そんな気持ちになるもの、良くわかるような気がしましてね」
「でも、明日は雪が降るかも知れませんよ?」
「またまた、そういう事を……、」
「どういう事です?」
「それじゃあまるで私、いつもいつも情緒の無い事ばっかりしているみたいではありませんか」
「僕は、そんな事は言っていませんよ? 尤も、」
そう、尤も、
「ユリウスさんは、自分の事を自分で、そう思っていらっしゃるんですか?」
少しばかり、意地悪く笑いかける。
ユリウスも、微笑を軽く苦笑に変えると、
「さて、っと、」
不意に、視線を、後ろで先へと続く道へと投げかけた。
「私そろそろ、行かなくてはならないんですよ」
「そういえば、どこかにお出かけなさるようですね。どこに行かれるんですか?」
「ああ……、そういえば、言っていませんでしたねえ」
浴衣の襟を正し、一息置いて。
「麗花さんの、修行です」
「――修行、ですか?」
「ええ――そういう風に、約束していましてね。ほら、樹海にもほど近いですからね、幽霊も多いわけで、そういう事をするのには、良い場所なのではないかなぁ、と思いまして」
「ああ、なるほど――、」
匡乃としても、そういえば、そういう話を、聞いた事が無いわけでもないような気がする。
確か星月さんって、
「幽霊に、干渉できるんでしたっけ?」
問うてきた匡乃に、
「まぁ、そういう事ですね。除霊したり、操ったりと、まぁ、色々できるはずなんですよ。まだまだ道のりは長いですけれどもね」
失敗も結構、多いみたいですから。
ユリウスが、簡単に説明を加えた。
「で、行かないと遅れてしまうんですよ。ですから、また後ほど、是非誠司の様子ですとか、お聞かせいただけましたら――、」
「そういう事でしたら、早く言ってくれれば良かったですのに……、」
「……はい?」
そこで、ふ、と、独白のように呟かれた匡乃の言葉に、ユリウスがきょとん、と問い返していた。
匡乃は軽く、ユリウスの行くべき方向へと歩みを進め始めると、
「先ほど、厄介なのにちょっかい出されてしまったので、一体祓ってしまったんですよね」
「はぁ……」
ゆっくりと、後ろからついてきたユリウスへと、さらに話を続ける。
一聴きしただけでは、何の脈略も無いような言葉で、
「……そうでした、碇女史に、レポートを提出しようと思っていましてね。勿論何かありましたらお手伝いは致しますから、」
言われ、ユリウスはしばし考えた後、それでも何を突然、とも問う事無く、一つ頷くだけであった。
「ああ、別に構いませんよ? 尤も、」
「勿論名前は、伏せておきますから」
――まぁ、碇さんの事ですから、気付きはするでしょうけれど。
しかしそれは、別段大きな問題でもないのだ。麗香であれば当然、その辺の事情は察してくれるに違いないのだから。
そうして、そこから。
適当な会話を交わしながら、二人は月夜を歩み行く。
その先で、
「……おや?」
二人が、銀髪の――夜のひんやりとした空気を楽しんでいた見知った青年と出会ったのは、もう間もなくの話であった。
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I caratteri. 〜登場人物
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<PC>
★ 綾和泉 匡乃 〈Kyohno Ayaizumi〉
整理番号:1537 性別:男 年齢:27歳
職業:予備校講師
<NPC>
☆ ユリウス・アレッサンドロ
性別:男 年齢:27歳
職業:枢機卿兼教皇庁公認エクソシスト
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Dalla scrivente. 〜ライター通信
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まずは長々と、本当にお疲れ様でございました。
今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はご発注を頂きまして、本当にありがとうございました。まずは心よりお礼申し上げます。
今回のお話の方は、前編後編の二編で構成させていただきました。この前半は、主に天体観測が、一応の主軸となっております。
望遠鏡が云々ですとか、スペクトルがどうですとかというお話は、一応調べさせていただいてはいるのでございますが――多分、間違ってはいないと思うのでございますが、色々と専門的な面から見れば、ここは違うんでないの? という部分もあるかも知れません。予めお詫び申し上げたく存じます。も、もうちょっとお勉強してきます……。
レグルスは、実は都会の夜空にもわりとくっきり見えるそうです。少なくとも、蝦夷の政令指定都市では、それなりに見えない事もないような感じでございまして、宜しければ今度夜空を見上げます時は、レグルス等、ご興味がありましたら、探してみて下さいませ。多分北極星よりも、目だって見えると思いますので。
本編も含めまして、ここで明らかにされなかった部分も少々残ってはおりますが、そのところは、個別の方で、色々と明らかにさせていただいたつもりでおります。もし余力のある方がいらっしゃりましたらば、他の方の個別もお読み頂けますと幸いでございます。所々話が繋がる部分もある事と存じますので……。
では、今回は、この辺で失礼致します。
何かありましたら、ご遠慮なくテラコン等よりご連絡をよこしてやって下さいませ。
またいつか、どこかでお会いできます事を祈りつつ――。
12 maggio 2004
Lina Umizuki
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