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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


蓬莱館の秘宝 〜あるいは、天才・河南教授の異界フィールドワーク

■補講:死神の観察

 蓬莱館、滞在二日目である。
 実にのんびりと、その日も終わろうとする頃合だった。
「教授、教授」
 回廊ですれ違った河南を、城田京一が呼び止めた。
「どうです。これから露天風呂で月見酒なんていうのは」
 昨晩も、京一は風呂場でしこたま飲んだらしい。
「構いませんよ。……すこしなら」
 そして、男たちは星のまたたく藍色の空の下、並んで湯に身をひたしているのである。
「温泉なんてひさしぶりですよ。いかんせん休みの取りにくい稼業でしてね」
「城田さんはお医者さまなんでしたね。お忙しいところを無理言いました」
「いいんです、いいんです。有給消化できてちょうどよかった。――というか、八島さんからお誘いがあったのはわたしの友人のほうなんですがね。彼が温泉には入れないというんで。なんかいつも断られるらしいんですよ」
「ほう。それはまたどうして」
「さあ。ヘンな病気でも持ってるんじゃないかな。……今夜もいい月だ」
 丸く満ちた月の、青白いおもてを、京一は眺めた。
「城田さん。あの月の模様、ありますね」
「うさぎのモチつきですか」
「ええ。他にもいろいろな説が――地方や民族によって、見え方が違うのはご存じですか」
「へえ。たとえば」
「女性の横顔だとか……ハサミを振り上げたカニだとする民族もいます」
「面白い」
「それから……桶を担いで立っている人」
「ああ本当だ。うん、それがいちばんしっくりする気がする」
「……実はそれ、『変若水』を託された人のすがたなんです」
「え――」
 アクアマリン色の瞳がしばたき、河南を見返した。
「月の神が、人には『変若水』を、蛇には『死水』を与えよ、とある男に二種類の水を託した。しかし、誤って、蛇が『変若水』を浴びてしまう。男は蛇が浴びた水の残りを人間にやるわけにもいくまい、と、人には『死水』を与えてしまう。……そのことで罰を受けて、桶をかついだまま永遠に立ち尽くすことをさだめられたんです」
「…………」
「人類に死をもたらした罪を背負って、あの男はあそこにああして立ったままなんですよ」
 京一は、もういちど月の表面を見遣った。
「――それは、罪なんだろうか」
 ぽつりと、呟いた言葉は、しかし、山間を渡る風にさらわれる。
「とはいえ、あんなものは、何にだって見えるんです」
 河南は笑った。
「あるいは、ロールシャッハの図形と同じ。見るものの心の反映、ということかもしれませんね、。……と、くだらない話をしてしまいました。私もまだ『変若水』が惜しいと見える。――こちらの『変若水』で我慢しときましょう」
 言いながら、地酒『変若水』を注ぐ。
「ああ、教授! 手酌はいけません、手酌は」
 富士の裾野の森に抱かれ、蓬莱館の夜はゆっくりと更けてゆく。
 その晩は、しみじみとした酒になった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2585/城田・京一/男/44/医師】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
このたびは河南教授のフィールドワークへのご同行、ありがとうございました。
しかし、なんとも妙なテイストのノベルになってしまいました(笑)。
「河南教授登場編」のつもりだったのに、「八島さん受難編」になってるし……。

城田先生は今回(も?)、かなりやばいです……。
河南教授がすっかり常識人に見えるほどに……。
でも教授と先生はなんとなく波長が合いそうな節もありますから、
今後も仲良くしてやってください。(そして八島さんがひどい目に遭いそう)

ご参加ありがとうございました。