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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


砂の満ち引き

 ザン、と音を立ててその身体が地面へと沈み込む。既に動かなくなったそれを確認してから、モーリスは使ったメスの切っ先を翻し、再び懐にしまった。
 「…キリがないですね、これでは」
 言葉には苦笑が滲んでいたが、表情はそれとは裏腹に、どこか楽しげでさえある。誰の夢ですか?と異形に声を掛けてみるが、ついさっき自分が切り刻んだ相手である、確実に息の根を止めた事を思い出し、また唇に苦笑いを浮べた。

 何やら胡散臭いな、と思いながらも、あえて赴いた砂蒸し温泉。何か面白い事が起こらないだろうかと思って来たのだとちゃんと自覚もあり、だからこそ、こう言う状況になった時も、驚きよりも寧ろ期待の方が大きかった。ただ、前を向いても後ろを向いても、ついでに左右を向いても何も無い、真っ平らで凹凸もない空間にいる事が、やや不満ではあったが。
 「これは、まだ誰の夢とも定まっていないと言う事ですかねぇ…勿論、私の夢でも無い訳ですね」
 そうは言うものの、どう言うものが己の夢なのかははっきりとは分からない。沙耶は言った。ここで見る夢とは、眠った時に見る夢でもあり、人々が未来へと馳せる希望と言う意味での夢でもある、と。では、自分が将来に思う希望とは、一体何なのだろう?
 モーリスが今居る空間は、全部が薄ぼんやりと灰色の靄に包み込まれたような空間で、馴れない者ならばすぐに平衡感覚を奪われて、立っているのも儘ならなくなるだろう。その辺り、モーリスは平気だったが、どっちを向いて歩いていいものか、分からない点については既に嫌気が差し始めていた。楽しい事は勿論好きだ、その為に長い道のりを歩かなければならないとするならば、それはそれでいいと思うし、喜んで歩くだろう。だが、こんな何も無い所を、しかも本当に歩くこの先にそれがあるのかどうかも分からない状態で、長時間も歩くのはさすがのモーリスと言えど、苦痛を感じるのだ。

 ふとモーリスは立ち止まり、顎に手を当てて考え込むような表情をする。目の動きだけで周りに視線を巡らせ、呆然とそこにある白い靄のような薄煙に注目した。
 「…もしもこれら全てが誰かの夢として…今はただ定まる所を知らず、たゆとうているだけだとしたら…?」
 己の能力で、元に戻す事ができるかもしれない。
 モーリスは腕を伸ばし、傍にある空間を腕一杯に伸ばした範囲内で四角く切り取るような仕種をする。すると、その空間はみるみるうちに厚みを持って正方形の箱となる。実際に重みがある訳ではないが、印象としてはやや軽く感じられたので、日頃眠りの中で見ている夢か、それか夢と言う程ではない、細やかな日々の希望なのであろう、と想像がついた。
 その箱は、モーリスの腕の中で、僅かに上下しながら宙に浮いている。やがて、薄灰色のそれが徐々に色合いを失い、一旦は無色透明になる。それから、今度は違う路線を辿るよう、色んな色を伴って再構築したのだった。
 それは、確かに誰かの夢なのだろう。一緒に砂蒸し温泉を楽しんでいた仲間のものかもしれないし、そうでないかもしれない。その夢の中で一人の小学生ぐらいの少女が、楽しそうに空を飛んでた。空を飛ぶ夢は、良く聞く話だ。もしかしたら、この少女の希望なのかも知れないが、これはいつぞやに睡眠の中で見た、夢のようである。
 「もっとこう……壮大な夢ってのは無いんでしょうかね?」
 そんな事を呟きながら、モーリスは今具体化した夢をまたもとの姿に戻すと、同じような経緯で、別の塊をあるべき姿にもどす。我ながら覗き趣味的でなんだかなぁと苦笑いを浮かべるが、自分の夢が他人の目に触れる前に出来れば全てあるべき姿に戻しておきたいので、こうした事もそれの手順だと自分に言い聞かせ、次の夢を覗き込んだ。
 「…………」
 モーリスの緑の瞳が軽く見開かれる。
 そこに居たのは、先程までの薄靄と同じぐらい曖昧な存在。ただ違う事があるとするなら、今自分を取り巻いている薄靄には何の意思も無いが、モーリスが覗き込んでいるその靄には、はっきりとは理解出来ないが確かに確固たる意思が感じられた。恐らく、まだそれは言語と言うものを持たないのであろう。だから、そのものの意思もイメージでしか感じる事が出来ないのだ。
 生命と言うのは余りに漠然としていて、それでいて激しく冷たい渦巻く感情を感じる。見た目がふわふわと柔らかく穏やかな印象なだけに、その内部で凍てつくようなマグマの如き感性を感じると、その余りに激しいギャップに、軽い人間不信に陥りそうなぐらいだ。
 「…そっくりですね、誰かに」
 くすり、とモーリスは吐息で笑う。これは、今の姿を得る前の姿なのか。では、この時折噴火のように突出する、激しく切ない感情のイメージが、本来持っていた夢なのか。その夢は、叶ったのか叶わなかったのか…。
 宙に浮かんだ箱を両手で支えたまま、モーリスはその手の平を上から下へと返す。すると、箱は一瞬にして重力に押し潰されたかのよう、ぺしゃんと真っ平らになり、そのまま何かの吸収されるように消えていってしまった。
 「見るのは、人様の夢だけで結構です。私のものは私のもの。誰にも見せませんよ」
 ふ、と口端で笑うその表情は、極めて綺麗ではあったが、どこか間に線を引くような、そんな冷たさもあった。

 遠くで、何かが吠えるような声が聞こえた。普通に現代社会で生きる動物のものとは違うそれに興味を覚え、モーリスはその声のする方へと歩き始めていた。



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■   登場人物                  ■
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【 2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者 】

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■         ライター通信          ■
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この度はダブルノベルのご参加、誠にありがとうございました。こんばんは、ライターの碧川桜でございます。
モーリス・ラジアル様、いつもいつも本当にありがとうございます!ホントに感謝の念で一杯です。これからもよろしくお願いしますね。
ダブルノベルと言う、初めての試みに戸惑う部分もありました。共通ノベルと個別ノベルと言う、ダブルノベル固有の特色を活かせた内容になったかどうか若干不安な点もありますが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
この個別ノベルは、共通ノベルで、貴Cが城ヶ崎・由代氏に出会う直前の話となります。この後、二人での異形との戦闘へと入って行く訳ですね。
ではでは、今回はこの辺で。また東京怪談の何処かでお会い出来る事をお祈りしつつ…。