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赤根草
開けた庭を歩きながら、鳥の声に耳を澄ます。
静かでいて、自然の声に満ち溢れた場。――本当にここは日本の内なのだろうか。
旅館と言ってはいるものの和風というより中華風に寄り、更に富士に近い位置と言い蓬莱という名と言い、ある種の伝説を彷彿とさせずには居られない。
――出来上がるものが薬と聞いて参加したのも、その思いの表れかもしれなかった。
…その品を欲しいと望む事はしなかった。全く使いたい相手が居ないわけではないが、使うことを考えただけで嫌になってしまう自分のことを思えば、もし使ってしまえば、相手がどんなに自分のことを思おうが何をしようが、きっと薬のせいだから、と自分を誤魔化してしまうことになりそうだったからだ。
そうは言いながらも、やはり効果があるなら試してみたいと思う気持ちもまた、遮那の心から湧き出してくるものだった。
こればかりは仕方無い。何故かと言えば、遮那もまた人の子である以上不安や希望と全く無縁ではいられないからだ。…使ってしまった後で後悔することは十分わかっていながら、それでも…好きな相手を確実に振り返らせる効果を得られるとあれば、僅かであっても其方に傾いてしまうのだろう。
その辺は遮那自身もわかっていた。自分の弱さも、そういった誘惑を完全に振り切るだけの自信が無いことも。
だからこそ、戻ってきて疲れているのにも関わらず外をうろついていた。…今回参加した他の者や依頼した客に繋がる蓬莱に会いたくなかったからだ。もし万一今の気持ちのまま彼女達に出会ったとしたら、きっと聞いてしまうだろうから。――出来た薬の量を、効果を。沢山出来ていて効果があるとしたら、頼み込んででも自分にも引き渡してもらいたいと交渉し始めてしまうだろうから。
突然。
がさがさ、と近くの植え込みが音を立て、遮那は文字通り飛び上がった。思いに気を取られすぎだ、と反省しつつ誰が来たのかと振り返る。
其処に。
「…………」
木のソリで運んで来た筈の『それ』が、何やら呆然としたような姿で其処に立っていた。
変わり様と言えば散々な変わり様だった。綺麗に咲き誇っていた赤い花は全て刈り取られ、体中あちこちに傷と窪みが見える。その上体液も搾り取ったらしく、戦った時に見た姿より一回りは軽く痩せて見えた。
「…大丈夫、ですか」
口を付いて出たのはそんな言葉。自分で言うつもりも無かった癖に、口に出し始めると次は早かった。
「花や体の傷は…依頼してきた人に取られたんですね」
こくん、ほとんど全身を使って頷く『それ』。やはり言葉が通じるようで、何かを掘るような仕草をして自分の体を指してみせる。
「今、悪いことをしたなと思っていたところだったんですよ」
遮那がそう言って笑いかけると、不思議そうに『それ』が首らしき位置を横に向けた。
「あなたを連れ帰ったりしなければ、惚れ薬なんて出来なかったんだろうに、ってね」
「………」
こくこく、と大きく頷いた其れが、すっかり塞がった傷口を撫で、刈り取られた花の上を撫でてあからさまにしょんぼりと肩を落とした。まあまあ、と遮那が慰めるようにそれの肩に手を置き、
「あなたも早く行った方がいいですよ。…これ以上削られたく無かったら」
危ないですからね、そう言って背をぽんと叩くと、
ぎゅっ、
そんな音が出そうな程両手と背中をそれぞれ握られたり抱きしめられたりし、むっとする土の匂いや草の匂いに目を細めてから離れ、森の入り口まで送って行ってやった。
「………」
手を振って別れを告げる『それ』が消えた後で叩いた手をじっと見つめる。
何故だか。
彼女に――あの人に、無性に会いたかった。まだやる事があると思うその気持ちがかろうじてこの場に繋ぎとめていたが、それが無ければ早々に荷を纏めて飛び出していたことだろう。
――もしかして。
もう一度手の平を見る。そこからじんわりと漂ってくる甘い香りに僅かに目を見開き、そして。
慌てて手を洗いに館の中へと掛け戻って行った。
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■ 登場人物 ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0506/奉丈・遮那/男性/17/占い師】
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■ ライター通信 ■
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長い間お待たせしました。「赤根草・個人ノベル」をお届けします。
この物語は、共通ノベルで依頼を果たした後の話となっています。参加者それぞれの物語、共通ノベルと合わせて楽しんでいただければ幸いです。
個人ノベルには他のPCは絡ませていません。いたとしてもNPCのみです。従って、それぞれ違った物語となっていると思われます。宜しければチャンネルを切り替えるように読んで頂ければ、と思います。
こうしたイベントには初参加でしたが、楽しませていただきました。またの機会があれば是非参加させてもらいたいと思っています。
それでは、またの機会にお会いできることを願って。
間垣久実
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