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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


蓼喰う獣も、午後を


■焔の鍼灸師編■

 マスターが望む望まざるに関わらず、東京の只中にあるバー『ケイオス・シーカー』には大小様々な情報が流れ込んでくる。マスターに直接もたらされるものはもちろん、緋の目の前をひそやかに飛び交うだけのものもある。
 九尾桐伯には、あろうことか、流れ着くすべての話を聞き取ってしまう耳があった。
 彼は上手い具合にその手の情報をさばき、聞くか聞かないかを選択できる。
 桐伯がその夜に聞くことを選んだ話は、秘湯に関するものだった。桐伯の興味を惹いたにはわけがある。その秘湯に関係している人物が、あの高峰沙耶であったことだ。
「それも、えらく旨い酒があるらしいんだ」
「ほほう、それは」
 桐伯はいつも浮かべている笑みを、ゆったりと大きくしたのだった。
 彼を動かすには、その一言で充分だ。

 さて、その温泉宿の話を聞いてみようと思い立った桐伯は、高峰心霊研究所に向かったのだが、『泣いた赤鬼』ばりの迎えられ方をされた。
 研究所のドアには張り紙が一つ。
 所長高峰沙耶は留守にしているようだ。


「……そうですか、一足遅かったようですね。高峰さんに是非お聞きしたいことがあったのですが」
「ですが、手遅れだったわけではありませんよ。キュウビさんもご一緒にどうです――というより、是非来ていただきたいのですが……」
「おやおや、頼りにしていただけるとは光栄です」
 高峰沙耶が出かけそうなところとして思い当たったアトラス編集部。桐伯の読みは当たっていたようだ。沙耶とは入れ違いになってしまったのだが、その足跡を見出すことは出来たし、実際その宿の場所と名前もわかった。桐伯が一番知りたい話はなくとも、これでそれを確かめに行くことは出来る。
 リチャード・レイは、その謎めいた温泉宿の調査にあたることになったようで、桐伯はなりゆき上、調査団のひとりに数えられることになった。
「……あのう、九尾さん……」
「? はい?」
 不意に袖を引っ張られ、桐伯は応接室から編集部の片隅へと連行された。長身なバーテンダーを連れ出したのは、黒尽くめの少女だ。
「九尾さんて、鍼できるんですよね?」
「免許はありますよ」
「それじゃ、先生にひとつ打ってあげてもらえませんか? ――最近アトラスの記事で読んだんですけど、なごみのツボとか、緊張をときほぐすツボとか、そういうこころ関係のツボもあるって、本当です?」
「効果が肩凝りほどにははっきりとしないきらいがありますがね、一応は」
「じゃ、注意力が増すツボって――」
 みさとの恥ずかしげな笑顔に、桐伯は苦笑した。
 注意力を持つべき人物は、桐伯とみさとに近しい人間だ。みさとも苦労しているらしいと、桐伯はそこで察してしまったのである。
「うっかりを治すツボ、ですね」
「はい!」
「お任せ下さい。夏でもジャケットを脱がないあの人でも、温泉に入るときはさすがに裸になるでしょうから」
「お願いします!」
 そうして、密約は交わされた。
 桐伯はじつに様々に信頼されているのである。


 温泉宿『蓬莱館』の前に立ったとき、桐伯は奇妙な感覚にとらわれる。
 夢の中で見たような、いや、現実で実際にここに入ったことがあるような――
 先行く灰色の紳士の背中を見て、桐伯は自分の感情がわからずに首を傾げた。
 ――なぜ、私はむきになろうとしているのでしょうか?
 とりあえず、あの紳士には「今回こそ」温泉に入ってもらわなければならないような気がする。根拠は……ないに等しい。そして、苦労している助手のために、あの背中のあの辺りのツボに鍼を打たねばならない。
 しかしここは、温泉だ。自分がここに調査に来ることになった「なりゆき」と同じように、なりゆきでリチャード・レイも温泉に入ることになるだろう。
 ――ああ、そうだ。忘れるところでした。
 桐伯は、ひとり大きく頷いた。この温泉に来る切っ掛けになったものがある。
 一行を出迎えてくれた少女蓬莱に、桐伯がまず尋ねたのは、旨いと噂の地酒のことだった。
 小さくとも真剣な野望に燃える鍼灸師の手に、「とりあえず1本」と手渡されたのは、桐伯が見たことも聞いたこともない濁り酒『蓬莱』だった――。




<共通ノベルに続く>


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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー】

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               ライター通信
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 モロクっちです。このたびは高峰温泉ダブルノベルのご発注、本当にありがとうございました! 共通ノベルでは一連の事件を、個別ノベルではこの温泉にPCさんが訪れるまで〜事件が起きるまでの経緯を書かせていただいております。温泉内では基本的に団体行動を取っていただいているので、個別パートを作る余地がなかったというか、皆さんの温泉に向かう動機が面白かったというか(笑)、そんな理由からこういった区別をしてみました。

 さて、九尾様はアトラス経由ではなく、少し変わった口から高峰温泉に携わることになったPCさんです。地酒にかける情熱は個別ノベルのみならず、共通ノベルでも発揮しているはずです。鍼灸師の面をわたしのノベルで見せるのは、初めてでしょうか? 多彩なPCさんですが、「走り屋」というところが意外性があって好きです(笑)。

 それでは、共通ノベルともども楽しんでいただけると幸いです。