コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


蓼喰う獣も、午後を


■オオカミオトコ編■

「あん? 2時からアトラス? そうだったっけか……忘れてた」
 今日のスケジュールを確認して眉をひそめたのは、藍原和馬。わりと几帳面な彼は(友人知人にはそれが「意外」であるらしく、和馬はそれが心外だった。魔術を嗜む者はかくも几帳面であるベし、ついうっかりなどは許されない)きちんと予定を手帳に書き収めているので、確認するに不自由はなかった。
 この日は、アトラス編集部が彼の働き先であった。

 エレベーター前の廊下で和馬がすれ違ったのは、黒猫を抱えた胸の大きい婦人だ。胸の大きい婦人は目を閉じていたが、和馬とぶつかることもなく歩き去っていった。胸の大きい婦人が抱えていた猫の目が、和馬を見つめてすうっと細くなっていた。胸の大きい婦人の姿は、エレベーターの中に消えた。
「あれはデカイぞ、相当なもんだ」
 和馬は腕を組み、ひとり大きく頷いた。確か……高峰沙耶という謎めいた女性だ。その沙耶が、どの部屋から出てきたかもしっかり見ていた。
 うっかり魔術師がいる部屋だ。碇麗香も、接待に使わなくなった応接間。
 仕事の前に「よっ、うっかり者」とでも挨拶しておくか――と和馬がそちらに足を向けたとき、そばで上がった声があった。いつもは応接間にいる蔵木みさとのものだった。
「あ! 藍原さん」
「おろろ、みさとちゃん。ちわっス」
「温泉なんです!」
「あい?」
「温泉に招待されたんです!」
 興奮気味のみさとの話をうまく繋ぎ合わせると、こうだ。
 高峰沙耶が、リチャード・レイにとある温泉の調査を依頼してきた。沙耶はレイの他にも、記者や能力者に声をかけてまわっているらしい。何でも2日間しか営業しない秘湯のお宿なのだそうだ。
 和馬はスケジュール帳を確認した。
「問題ナシ」
「ほんとですか?!」
「あの胸のデ……いやいや、高峰のおねーさんも来るのかい?」
「はい、たぶん」
「だったら尚更行きます行きます」
「わあ、うれしい! これで賑やかになりますねっ!」
「……それって俺が賑やかってこと?」
 疑問を抱く和馬の手をぎゅっと握ってから、みさとはポクポクと走り去っていった。また、知人の姿を見つけたらしいのだ。
「……つっめたい手だなア。こりゃあったまんないとダメだぜ、ほんと。いやー、楽しい旅行になりそうだ!」
 ひとり豪快に笑う和馬に、応接室の脇に立っている人造人間がちらりと視線を送った。
「混浴 ではない そうですよ」
「俺が聞いたか、そんなこと!」


 富士の樹海の中に、忽然と現れたかのような温泉宿。高峰沙耶が残していった地図で、和馬を含めた調査団は、さほども迷うことなく『蓬莱館』に辿りついた。
 すんすんと匂いを嗅いで、和馬は片眉を跳ね上げる。
「……古い匂いだな……俺よりも生きてるのか――?」
 リチャード・レイはすでに館の周りの調査を始め、和馬がこれまで気にも留めていなかった人造人間の姿が忽然と消えた。無視できる存在がいなくなってしまったというのは、どことなく気味が悪いというか、わだかまりのようなものが残って気持ちが悪い。
「ヘンなもん見つけて戻ってこなけりゃいいんだがなア」
 和馬の冗談じみたその危惧は不幸にも的中してしまうのだが、いまちゃっかり入口で浴衣を受け取ったばかりの和馬が知る由はない。
 ――ここは、なァんか普通じゃねエよ。胡散臭い事件たァ、今日ばっかりは縁切れると思ったがねえ……。
 しかし、レイに『調査』が持ちかけられたという時点で、この宿には何かがあると和馬は考えているのだ。彼は伊達に長く生きてはいないし、けして頭がわるいわけでもない。
 それゆえ、芹沢式人造人間陸號が白い何かを持って現れたとき、
「やっぱりかよ」
 と、突っ込みを入れたのだ。
「……ロクゴウさん、それはいった――」
 白い石に近づこうとするレイの前に、和馬はすばやく立ち塞がった。
「はいはいはい、あんたはさわらない! ふれない! 接触しない!」
「アイハラさん、言葉が重複しています」
「ジューフクなんて難しい言葉、ルーマニア人が使わない!」
「イングランド人です!」
「とにかくお前さんは近づいちゃダメ! うっかり割るのがオチだろ!」
「……」
「反論しろよオイ」
 割らないように心がけているのか、陸號の石の抱き方は慎重だ。基本が機械のようなものなので、うっかりミスをする心配もあまりないだろう。
「つうわけで、管理お願いしますよ」
「了解」
 そこで敬礼なぞしはしないかと、和馬は一瞬ひやりとした。
「……ま、なーんか誰かさんが割らなくても生まれてきそうな感じはするけどさ……」
 浴衣にも着替え済みだった和馬は、案内された客間を出て、またしても冗談じみた危惧を口にした。
 そしてその危惧は不幸にも――以下、略。



<共通ノベルに続く>

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1533/藍原・和馬/男/920/フリーター(何でも屋)】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
               ライター通信
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 モロクっちです。このたびは高峰温泉ダブルノベルのご発注、本当にありがとうございました! 共通ノベルでは一連の事件を、個別ノベルではこの温泉にPCさんが訪れるまで〜事件が起きるまでの経緯を書かせていただいております。温泉内では基本的に団体行動を取っていただいているので、個別パートを作る余地がなかったというか、皆さんの温泉に向かう動機が面白かったというか(笑)、そんな理由からこういった区別をしてみました。

 藍原さまの個別は全体的にコメディタッチでお送りしています。共通もコメディタッチなので、コメディ漬けのノベルに(笑)。藍原様はポンポンと会話を進められるPCさんで、いつも楽しく書かせていただいてます。うっかり者とのやり取り、楽しんでいただけますでしょうか。

 それでは、共通ノベルともども楽しんでいただけると幸いです。