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蓼喰う獣も、午後を
■黄風の子編■
幽霊屋敷の写真と資料を片付けるという雑用が、今日の風太の仕事だった。
無論、こういったオカルティックな仕事を当たり前のように与えられるのは、白王社ビル内の月刊アトラス編集部くらいのもの。風太は先ほど、ファイルの間からひらりと落ちた一枚の心霊写真を見て、手ひどい精神的ダメージを負った。画面一杯に、有り得ない角度で首が曲がった女の白い姿が写りこんでいたのである。
「……あー、テンション下がる。夢に出てきませんように……」
仕事に一区切りつけて、自販機前の長椅子に腰掛け、風太はぐったりと缶コーヒーを飲んでいた。
そんな彼の前を、黒猫を抱いた黒いドレスの女が、すうっと横切った。 まるで幽霊のように静かな足取りだ。風太も何度か会ったことがある、不可思議な婦人――高峰沙耶。
――なんで、ここに来てたんだろ?
その後ろ姿を眺めながら、答えが出そうにない疑問を巡らせた。
「風太さん!」
「わ!」
物思いにふけっているところに声をかけられるというのは、不意打ちに等しい。
風太が軽く飛び上がって振り向くと、青褪めた顔の黒尽くめの少女が、満面の笑みでそこに立っていた。
「み、みさとちゃんか……ビックリした。なに?」
「さっき高峰さんが先生のところに来て、『蓬莱館』ていう温泉の調査を依頼していったんです。明日から2日間しか営業してない、特別なところなんだって言ってました。あたしと陸號さん、ついてくことになったんです。風太さんは、忙しいですか?」
いつもはもじもじしながら言葉少なに話すみさとが饒舌だ。顔色は悪いが、金の目は輝いている。
実は来週提出のレポートに詰まっていて、この週末はそれに時間を割くつもりでいたのだが――
「あー、暇だったんだ。一緒に行くよ!」
口をついて出たのはそんな返事だった。
実のところ、山岡風太という青年は、水というものがかなり苦手なのだった。水泳はお話にならないのはもちろん、風呂でさえあまり好きにはなれず、冬でもシャワーで済ませているほどだったのだ。
それでも、レイの調査を手伝いたいのと、みさとのはしゃぎように何故か嬉しくなってしまって、温泉宿に来てしまった。
「……ま、いいか」
成り行きで浴衣を受け取りながら、風太は気の抜けた独り言を口にした。
ま、いいか――という結論のわりには、風太は『蓬莱館』の周辺をレイとともに調べてまわりながら、胸が高鳴り始めていた。
富士の樹海の中に、館は忽然と現れたようだった。館の大きさたるや相当なもので、ぐるりと一周回るにも結構な時間を要するほどだった。たたずまいは、風太がまだ行ったこともない中華の様相を醸し出していながら、古き良き日本の伝統も見出せる、不思議なものだ。
――アジアもいいもんだなあ。前はなんかいきなりアメリカ行っちゃったけど、今度は中国の奥地とか、いいかもな。
通された客間でレイに任された部分のレポートをまとめながら(レイに仕事を一部分ながらも任される、というのは、風太にとってとても光栄なことだった)、風太はまだ見たことがない遠い情景に思いを馳せた。
そのときだ、同行してきた芹沢式人造人間陸號が、奇妙な白い石を抱えて戻ってきたのは。
「何だろう、これ?」
陸號がひとまず下に置いた石を、風太はつついた。
つついた途端に石がぴくりと跳ね、風太は慌てて指を引っ込めた。何となく、あまりべたべたと触るべきではないような気がしたのだ。
「い、生きてますね」
「あったかくはなかったな……。大学に持っていけば、色々調べられるだろうけど」
どうも、ここで1泊し、大学に持っていく前には、この石がすでに何かを引き起こしていそうな気もする。
要するに、何かあまり良くない予感ばかりが風太の脳裏をかすめるのだ。
それでも、その不安に勝る好奇心が彼にはあった。
「この石、まだ他にもあったりして。みさとちゃん、探してみようか?」
「今度は、中の調査ですね」
みさとは嬉しそうに笑って、レイの顔色を伺った。レイは無言で相槌を打つ。
「じゃ、せっかくですから、着替えてから行きましょう、風太さん」
「着替えるって……あ、浴衣に?」
「はい!」
みさとは入口で貸し出されていた浴衣を持つと、隣室に続く襖を開けた。
「覗かないで下さいね」
軽く笑顔で睨んでから、みさとは襖を閉めた。
そう言えば、と風太は自分の荷物を置いてある客間の隅に目をやる。白地の浴衣と、檸檬色の帯。
「せっかくだから……か」
風太は微笑み、浴衣を手に取った。
<共通ノベルに続く>
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【2147/山岡・風太/男/21/私立第三須賀杜爾区大学の3回生】
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ライター通信
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モロクっちです。このたびは高峰温泉ダブルノベルのご発注、本当にありがとうございました! 共通ノベルでは一連の事件を、個別ノベルではこの温泉にPCさんが訪れるまで〜事件が起きるまでの経緯を書かせていただいております。温泉内では基本的に団体行動を取っていただいているので、個別パートを作る余地がなかったというか、皆さんの温泉に向かう動機が面白かったというか(笑)、そんな理由からこういった区別をしてみました。
山岡さまは共通ノベルにてベタかつ大変なことになり(コメディ路線で)、しかもあんまり正体を知られないほうがいい方に風の子であることがバレてます。風太さんの物語は、このダブルノベルで一歩また前進したのではないでしょうか。
それでは、共通ノベルともども楽しんでいただけると幸いです。
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