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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


蓼喰う獣も、午後を


■禁忌の番人編■

 富士の裾野に忽然と現れた、温泉宿『蓬莱館』――。
 その存在は、どこからか噂のようなかたちで流れてきて、影山軍司郎の耳にも入ってきていた。
 自分が知ったということは、少なからず、あちらの世界が関わっているということか――
 軍司郎はここ2、3日のタクシーの待機先を、白王社ビル前に定めた。
 彼の狙い通り、アトラス編集部を出入りしている一筋縄では行かないような人間たち(或いは人のかたちをした何か)の中に、行き先として「高峰温泉」を指定してくる者があったのである。
 その客は、フロントミラーにぶら下がっている前衛的なデザインのマスコットに、ちらりちらりと視線を送っていたが、特に何も言わなかった。

 軍司郎は、運が悪かったのだと考えた。
 タクシーが乗せていたのは、あの呪われた蔵木みさとが呼んだ人間であったらしい。影山タクシーが『蓬莱館』の前に停まったとき、すでに入口の前には、黒いレインコートと長靴の彼女の姿があった。彼女の保護者は、入口付近の調査を行っているところのようだった。
 軍司郎はすばやくフロントミラーのマスコットを取り、ダッシュボードの中に突っ込んだ。幸い表情があまり動かないたちだったので、奇妙な焦りと恥じらいは、少しも表面には現れなかった。
「影山さん、少し休んでいきませんか?」
 軍司郎が乗せてきた客を歓迎したあとに、みさとはガラス越しにそう話しかけてきた。
 運転手側のドアにぴったりくっついているせいで、発車できない。やむなく軍司郎は窓を下ろした。
「邪魔だ。どけ」
「えっ、またお仕事に戻るんですか?」
「当然だ」
「でも、えっと、影山さんって個人タクシーですよね? お仕事休んだら怒る上の人っていないじゃないですか! ちょっとだけサボっちゃいましょうよ」
「……」
「陸號さんと先生も来てるんです。それにこの温泉、明日までしか営業してないんです。チェックインなんか今日までなんですよ。せっかくのチャンスが勿体ないです!」
 いつものたどたどしさやはにかみぶりは何処へやら、みさとはかなりはしゃいでいるようだ。軍司郎は「個人タクシーにも組合がある」という屁理屈をひとまず飲みこみ、蓬莱館のたたずまいに目を移した。
 造りは、古代中国――秦の時代か――の建物と、和が巧みに織り交ぜられたものだ。
 その入口の横に、まるでこの温泉宿の従業員でもあるかのような態度で、つぎはぎの人造人間が立ち尽くしている。
 何度か見たことがある人形だ。どうにも懐かしい身なりをしている……。
 その腕章や帽章に眠りの神の印をいやでも見出し、軍司郎はみさとに目を戻した。
「とりあえず、そこをどけ」
 みさとが軽く落胆の色を見せた。
「ここに停めたままでは宿に迷惑がかかる」
 みさとの顔が明るくなった。
 ――やれやれ、単純な年頃だな。
 ぴょいとタクシーから飛び退くみさとに呆れつつも、軍司郎はタクシーを入口から離したのだった。

「懐かしい制服だな」
 入口横に突っ立ったままの人造人間に、軍司郎はそう声をかけた。
 ぎし、と彼が軍司郎の顔を見返してきた。
「明治を ご存知 ですか?」
「そう思うか?」
「はい」
 陸號がそっと微笑んだような気がする――人形が笑うなど、目の錯覚だ。おそらくは。
「あなたを 見たような 記憶が あります」
「――明治に見たと言うのなら、わたしは亡霊だな」
 時を超えるものか、と軍司郎は冥い結末を見出した。
 そうだ、亡霊なのだ――
 時を冒涜した者は、時を征するものに殺される。リチャード・レイとて、そのうちのひとりだ。この鬼兵陸號は、冒涜者の申し子である。
 番人として、この人間もどきの動きには目を光らせておかなくてはならない。素性などはどうでもいい。リチャード・レイや彼の協力者たちが、軍司郎が黙っている間に調べ上げ、真実に辿りつくだろう。
 自分は、自分に架した使命をまっとうするだけでいい。

 急な休暇のいい口実が出来たと、軍司郎は考えた。
 口実を並べ立てる相手は、無論自分なのだが――。

「いらっしゃいませ」
 桃色の髪を持った少女が、蓬莱館に入った軍司郎を出迎えた。




<共通ノベルに続く>


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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1996/影山・軍司郎/男/113/タクシー運転手】

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               ライター通信
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 モロクっちです。このたびは高峰温泉ダブルノベルのご発注、本当にありがとうございました! 共通ノベルでは一連の事件を、個別ノベルではこの温泉にPCさんが訪れるまで〜事件が起きるまでの経緯を書かせていただいております。温泉内では基本的に団体行動を取っていただいているので、個別パートを作る余地がなかったというか、皆さんの温泉に向かう動機が面白かったというか(笑)、そんな理由からこういった区別をしてみました。

 影山さまの個別ノベルは前半ほのぼの(みさとのせい)、後半シリアス(陸號のせい)になっています。オープニングの合間に起きた出来事になりますね。
 陸號て明治の歴史に従って年齢を設定して、「こいつ結構トシだなあ」とか思っていたら、影山さまの方が実は若干年上! きっと話題も合うのでしょうが、この二人で会話が弾むというのも何だか……(笑)

 それでは、共通ノベルともども楽しんでいただけると幸いです。