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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


高峰温泉での休日をご一緒に

 男ふたりで温泉に入って。
 特になんと言う会話もないままに、何故か…あれよこれよと口を挟む間もなく休憩室に連れて来られ……。

「なあ、猫」
「ん?」
「俺はな、別に何も言いやせん……だが、だがなっ」

 きっ!と強い瞳で暁野は、ある物体を見つめる。
 まるで黒板のような深い緑と、白い線が中央に引かれた、台を。
 そして次に――暁野と同じ色合いの浴衣を着ている猫を見、力の限りに低い声で呟いた。
 そう、地獄からの唸り声と言うかのような声で。

「何で、卓球勝負せにゃならんのや!?」
「それは…そうだねえ。永良が寝酒用に持ってきた酒を私が見つけてしまったから――かな?」
「…あ?」
「あの酒は私も大好きでね。どうだい良ければそれを賭けると言うのは?」
「……酷くそれは何かが間違えちゃ居ないか? その酒は俺が寝酒用に持ってきた酒であって――お前が呑める酒じゃないんやっちゅーねん」
「つまり永良は勝てる自信がないと、そう言うわけだね?」
「…おーい、何でそーなるん……」
「いやあ残念だ……やはり見せようと思っていた方はお預けした方が良いかな……」

 にこにこ、にこにこと笑顔を浮かべ続ける猫に暁野は盛大な溜息をついた。

(ああ…コイツは昔からこんな奴やったっけ……)

 外見はにこにこと愛想だけは人一倍良いくせに「これをやる!」と一旦決めたら、梃子でも動かない妙な頑固さがある…まあ、だからこそあんな庭を造り少女を匿えたのかも知れないが……。
 それにしても……。

(コイツは、何時の間に人の荷物まで見たんだか……)

 決まってる、何処にも居なかったと言った時に見つけたに違いないのだ。
 ……一人でこっそり呑む予定の酒だった……ハッキリ言ってとびっきりのとっておき、滅多な事では呑まないようにしている一品。
 ああ、それなのに、そんなとっておきを自分の油断が招いたとは言え賭けの対象にされるとは!

「で、どうするんだい? 結局」
 からかう様な声が再び問い掛ける。
 解っているくせに、訊いてくる。
 もうこうなると仕方がない……話すのは面倒だが話さなければ永遠に終わらなそうだ。
「しゃあない…やったるわ。だがな!」
「ん?」
「その強引なまでの頑固さ…俺が勝ったら必ず治せ!」
「――考慮に入れておこう」
 男に向かって、そう言う笑い方してどうするんや猫……思わず、暁野が呟きそうになったほど、綺麗な笑みを猫は浮かべ頷いた。



 だが、そうは言ったものの。
 暁野が猫に勝つ、と言うのはまず、ありえなかった……。
 かなり、ギリギリの所に玉を打ち込んでくるわ、またはこちらに打って来るとは思えない方向に打って来たりと、正しくフェイントばかりと言う、猫の属性そのままの気まぐれな攻撃方法で、あちらを防御すればこちらに打ち込まれ気付いた時には。

「……永良、大丈夫かい?」

 と言う、労わりの言葉まで猫にかけられる始末……。

「大丈夫じゃないっちゅーの……あんな、其処まで強い場合シロートと勝負しよ、と言う事が間違えとるって……知っとるか……?」
「知らないね(きっぱり)」
「…猫と話しよう思った俺が阿保やってんな……」

 ばたり。
 そんな音を立てて倒れたくなる。
 が、それさえも出来ず浅い呼吸を繰り返し暁野は猫を睨みつけた。

「で、俺は何をするんや?」
「決まってる、懐かしいあの姿を見せてもらうんだよ」
「……何で見せなあかんねん……わかっとるやろ、猫。俺は」
「聞こえないよ、永良。見せなければ、こちらも奥の手は見せれない」
「……長時間は無理やで、それやったら誰かを襲わなくちゃならんからな」
「良いんだよ、それで。…とは言え、此処で人化を解くのは辛いから…一旦部屋に戻ろうか」
「そやな……一旦、休憩してからな」

 実際、休憩室に来たと言うのにイキナリの卓球勝負で休むどころか逆に温泉から出てからの方が大量の汗をかいてしまった様な気がして暁野としては実質、少しでも休みたいという気持ちがあった。
 何で、こんな所に誘われたからと言って、すんなりと来てしまったんだろう。
 猫の性格は解り過ぎるほど解っていたのに!

(…これがホントの後悔先に立たず、やな……あーあ……)

 やってられっか、とも言えず、あーあ、とも呟けない。
 一難去ってまた一難、よりも。

『前途多難』

 今の自分にはそんな言葉が、一番似合うように暁野には思えた。





 暗闇の中、漆黒の翼がはためいた。
 夜の闇も、はためく翼もどちらも黒く、鳥にしては大きい――だが人では有り得ない……そんな物がゆっくりと舞い降りる。

「……相変わらず、猫も気ままやなぁ」

 苦笑とも微笑ともつかぬ笑みを浮かべ――漆黒の翼を仕舞うと、その青年は何処へとも無く歩いていった。
 何の迷いも無く、まるで行き先を解っているかのようなしっかりとした足取りで。




「……さて、もうじきかな」
「何がや?」
「だから、言っただろう? 見せてあげると」
「……実はな、猫。俺はお前が何を見せてくれるのか皆目、見当つかんのや……本当の姿になるのと、なんの関係がある?」
「申し訳ないが答えられない。人化を解いてくれたら答えよう」
「しゃあないな……」

 額に気を集中させると暁野は自らの身体が作り変えられていくのを感じた。
 額に固い何かが出現する……気が昂ぶり暴れだしたくなるのを、どうしようもない気分で抑えていく。

 自らの殻が、無理矢理何かによって暴かれていく――そんな、感覚。
 人の皮が、剥がれる。
 隠されていた角が天を突き、口はまるで裂けてしまったかのような形へと変わり……肌さえも人のそれではない……――此処に在るのは、只の鬼。
 古来より山へと隠れ住む鬼の姿でしか、無かった。

 猫は満足げにそれを見ると、何時の間に室内に入り込み、近くに立って居たのだろう青年へと問い掛ける。
 首にかけられた白の組紐が、ゆらりと揺れ――金の瞳がじっと、鬼の姿を取った暁野を見据えた。

「……どうだい、見覚えがあるかい?」
「そやなぁ……確かに逢った覚えはあるような……随分前やけど、あん時の小鬼やろ?」
「……え?」

 暁野は一瞬、聞き覚えのある声に瞳を瞬かせた。
(何で……)
 何故、此処に居るのだろう。
 いいや、猫が永い時間生きているのだから確かに知り合いであってもおかしくない。
 だが――どうして?

「や、猫がな……多分知り合いじゃないかって言うから……逢いにな。鬼の姿でないと、どーしても俺には区別つかんかったし……」

 すまんなぁ、そう言いながら青年―廻は暁野の頭を撫でた。
 出逢った時と同じ様に優しい仕草で。
 子鬼の頃に「人には優しゅうせにゃアカンで?」とも何度も言っていた人物でもある。
 人の言葉を教えてくれもして…お陰で暁野は今も関西弁でしか、喋れない。
 …残念ながら色々あって、その後はお互い逢えずじまいになってしまったけれど。

「随分、大きゅうなったもんや…うんうん」
「……その言葉、随分年寄りくさいで?」
 手の感触に暁野は瞳を伏せながら呟く。
 まるで昔に戻ったような気分だ……あれから、お礼も言えないまま、逢えずに終わってしまったけれど。

(しゃあないと言えば、しゃあない……俺自身が使役されちまったし……でも)

 きっと、そんな事さえも気にせずに居てくれるのだろう。
 …素直に、そう思える。

「そか? 俺は永遠のハタチやで? …まあ、元気で何より♪ もう人の姿に戻ってエエし…楽にしいや?」
「…そう言うのが年寄り臭いっちゅーねん」
「この……まだ言うか!」

 びしっ!
 暁野の額を指で小突くと、廻は再び、今の人の姿となる暁野をじっと見つめた。
 猫も漸く「ああ、そう言えば…」と廻へと話し掛ける。
「何や?」と廻の視線が猫の方へと向いた。
「そう言えば、今日はゆっくりしていられるのかい?」
「うん? や、無理やろ……ほくとも此処に居るし、あんまりメーワクもかけられへんよってな。このまま泊まらず帰らせてもらうわ♪ やー、たまには猫の気まぐれに付き合うモンやね!」
「…気まぐれとは失礼な」
「「ホンマの事やろ?」」

 暁野と廻、ふたりの言葉が見事にハモる。
 そして、3人は3人ともお互いの顔を見合って。

 苦虫を噛み潰したような猫を他所に、その後、暁野たちは大きな声で笑いあった。


―End―

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■   登場人物                  ■
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【2401 / 永良・暁野  / 男 / 816 / 陰陽師】

【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 廻 / 男 / 999 / 鴉天狗】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの秋月奏です。
今回は、こちらのダブルノベルにご参加、本当に有難うございました!
OPに出ておりました廻さんは、こちらに出演させて頂きましたが
如何でしたでしょうか♪
永良さんの永い人生の中、猫とも廻さんとも色々な思い出があり
特に猫から永良さんに対してはからかってしまって申し訳ありませんとしか(笑)
ですが、昔馴染みと言うことなので色々な遠慮も既にないのだろうな、と
思いつつ、こう言う形にさせて頂きましたv

それでは、また何処かでお逢い出来ることを祈って……。