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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


赤根草
「ルクセンブルク様」
「何でしょうか」
 そっと後ろから掛けられた声に、驚く事も無く穏やかな顔で振り返るケーナズ。其処に居たのは小柄ながらもこのどのくらいの広さか検討も付かない旅館を切り盛りしている女将、蓬莱で。
「お陰様で、お客様も大変満足なされまして…あの、それで」
「もう1匹連れて来いと言うのでしたら、それなりの代価を頂きますが?」
 にこりと。冗談なのか本気なのか分からない言葉を吐く青年に、そんなことではありません、とぱたぱた慌てたように小さな手を振り、
「あの依頼をなさったお客様がお目に掛かりたいと仰っています」
 お会いになりますか?と小首を傾げて訊ねて来た。
 流石にそういう会話になるとは思わず、虚を突かれた形のケーナズが一瞬動きを止め、
「――そうですね。私もこのような注文を行う方に興味がありましたし…会わせていただきましょうか」
「はい」
 此方です、と自分達の泊まっている部屋とは別方向へと蓬莱が誘い始めた。
 廻廊というより最早迷路のような道筋を、とことこと迷い無く進んでいく蓬莱。
 何処まで行くつもりなのか、と思った所で、蓬莱はぴたりと足を止めた。
「お客様をお連れしました」
「ああ…すみませんね。入ってもらってください」
 はい、と答えてさらりと襖を作法どおりに開いていく。
 其処はいい具合に古びた和室だった。その奥から、また別の庭園が見える。此方は散策よりも縁側から眺めるように出来ており、すぐ近くにある池からぱしゃりと何かが飛沫を上げているのが部屋の外から見えた。
 その室内の座布団に座った壮年の男性が、顔を静かに向けて笑いかける。
 ――ケーナズの見知った顔を。
******
「貴方でしたか」
 縁側から横に並んで外を眺めながら、ケーナズがぽつりと呟く。
「年寄りの酔狂と思ってもらって結構ですよ。いや、妄執かな…」
 いい香りの茶をそっと口元へ運びながら男が呟き、
「それにしても奇遇でしたね。蓬莱さんから聞いた時には驚きました」
 ケーナズの勤めている製薬会社とも繋がりのある、大学教授が微笑んでいる。教授という立場でありながら未だに現役の研究者であり、営業の者を仲介者として何度か紹介された事もあった。まさか名だけを聞いてすぐに自分と分かる程相手が覚えていたとは思わなかったが。
「それはそうと見事な材料を有難う。あんなに沢山は必要なかったのですけれどね」
「採れてしまったものですから。存分にお使いください」
 もう十分頂きましたよ、と男が笑う。
「――夢だったんです。この場に来て、あの材料を手に入れるのが」
「夢、ですか」
 ぽつりと呟いた言葉をケーナズが静かに繰り返す。
「…先祖の日記をずっと昔に読んだ時から」
 そのためにこの職に就いてしまったようなものです。
 そう言い、照れ隠しにかゆっくりと茶を啜る。
「叶ってしまったら、目標が無くなってしまいました」
 そして、そう続け。
「………」
 穏やかな日差しが、庭に降り注いでいる。
「――と、言うわけにも行かないんですよね。まだ研究の余地は多いですし。次は不老不死にでも挑戦してみましょうか」
 湯飲みの縁をそっと撫でた男が、笑顔のままあっさりと言葉を翻した。
******
「戻ったら、一度遊びに来なさい。試薬を分けてあげますよ」
「ええ」
 暫く四方山話に興じた後のこと。
 是非また、と差し出したケーナズの手に何故か触れないまま、男がにこにこと微笑み、
「それと…素手で薬草を掴んだわけではないですよね」
「勿論ですよ。薬を扱う者の心構えとしては当然でしょう?」
 その言葉を聞いてからようやく手を握り返してきた男が、
「でも服は洗った方が良いでしょうね…酷く甘い香りがしますよ。幸い効果は微量ですし、今は即効性ではないですからどなたかと長い間同じ室内に居でもしない限りは特に問題は起きないと思いますしね」
 そう言った後で、はたと自分達の立場に気付いたか、
「…ここは風通しがいいから大丈夫だと思います」
 にこりと微笑んだ。
 ――その言葉を聞いたケーナズが速やかに退出したのは言うまでもない。

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■   登場人物                  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男性/25/製薬会社研究員(諜報員)】

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■         ライター通信          ■
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長い間お待たせしました。「赤根草・個人ノベル」をお届けします。

この物語は、共通ノベルで依頼を果たした後の話となっています。参加者それぞれの物語、共通ノベルと合わせて楽しんでいただければ幸いです。
個人ノベルには他のPCは絡ませていません。いたとしてもNPCのみです。従って、それぞれ違った物語となっていると思われます。宜しければチャンネルを切り替えるように読んで頂ければ、と思います。
こうしたイベントには初参加でしたが、楽しませていただきました。またの機会があれば是非参加させてもらいたいと思っています。
それでは、またの機会にお会いできることを願って。
間垣久実