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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


蓼喰う獣も、午後を


■日ノ本の申し子編■

 今宵の『櫻月堂』は、がやがやと少し騒がしい。
 不思議なことに、すでに東京は桜が散って久しいが、この骨董屋の庭先にある桜は今が満開なのだった。
 というより、半刻まえに突如満開になったのだ。それまでは、間違いなく葉桜だった。
 その桜を縁側で望みながら酒盛りに興じているのは、古い妖たちと店主・武神一樹。
「ん!」
 鴉天狗が盃に注いだ酒に口をつけて、一樹は目を丸くした。
「こりゃ何だ、旨いな! やたらと旨い」
「さもありなん、『蓬莱』じゃ」
「なに、『蓬莱』!」
 胸を張る鴉天狗の徳利や、一樹が口をつけたばかりの盃を奪い、妖たちは目の色を変えてその酒を呑んだ。一樹が呆気に取られている間に、銘酒『蓬莱』とやらはあっと言う間に涸れてしまった。
「もう無いのか」
「今のが最後じゃった。まったく、欲の深い奴らよ。地獄に落ちるぞ」
「どこの酒だ?」
「富士の『蓬莱館』よ」
 聞いたことがない。一樹は首をわずかに傾げた。一樹が『蓬莱館』を知らないことに、妖たちは一様に意外だとこぼし、一樹が頼むまえに噺を始めた。
 富士の樹海に、100年に一度姿を見せる温泉宿――。
 不可思議な温泉宿。
 高峰沙耶が所有する、温泉宿。
「待て、高峰沙耶? あの高峰か?」
「さよう、黒猫の高峰よ」
 鴉天狗が笑った。


 そうして、武神一樹は奇妙な黒塗りのタクシーに乗り、富士の樹海に入った。『蓬莱館』は、木々をそこだけ一夜のうちに切り開いたかのように、忽然と現れた。
 100年に一度現れ、2日間ほどしか営業しない。
 あの高峰沙耶が見守っている。
 この世のものとも思えない、旨い酒がある――。
 そんな曰くが武神一樹の興味を引かないわけはなく、武神一樹がここを訪れる充分な理由にもなる。
 しかも、一樹が『蓬莱館』に興味を持ったその日のうちに、温泉とは縁も所縁もなさそうな人物から、『蓬莱館』調査の話が舞い込んできたのだ。
 ――運命かな。面白い。
「武神さん! こんにちは!」
 タクシーから降りた一樹に飛びつくようにして駆け寄ったのは、黒尽くめの少女だった。
「ごめんなさい、このあいだの宿題、まだ……」
「今日はそういうのはなしだ。リチャードの仕事が落ち着いたらのんびりしよう」
 笑った一樹の目に、ふととまった存在があった。
 みさとからは何度も話を聞かされていた、謎の力で動く人造人間。


 一樹が慣れた調子で浴衣に着替えた頃、客間に陸號が入ってきた。
 それまで陸號がふいっとどこかに消えてしまったことを気にかけていた一樹たちだったが、陸號には何の問題も起きなかったようだ。
 ただ――
「また、問題になりそうなものを抱えてきたな」
 かたかたと震える白い石。いや、震えている時点で『石』ではない。陸號は慎重に抱えてくれているので、一樹はいたずらに触れるのを控えた。
「リチャード、お前は触らない方がいいんじゃないか? 問題が増えるかもしれない」
「タケガミさんまでそう仰いますか」
 憮然とした表情になったレイは、しかし一樹の言葉に素直に従った。
 一樹は、陸號の腕の中のものをじっと見つめる。この、富士の膝元という日ノ本の地にありながら、白いものは――何か、一樹が御する範疇にないものであるような気がした。
 ――だが、違うものが悪いものであると考えるのは早計に過ぎる。
 そうした考えがこの国に不幸をもたらしてきた。一樹は白いものから、陸號の凍りついたようなつぎはぎの顔に視線を移した。
「お前の動きは機械のように正確だと、みさとから聞いている。そのままそっと抱えていてくれるか?」
「お任せ 下さい」
 陸號はその石のようなものを持ち替えることもない。
「……あのう、武神さん……」
 別室の襖がそろそろと開いて、着替え中のみさとが顔を出す。
「す、すみません……あたし、浴衣って着たことがなくって……これでいいのか、見てくれますか?」
 怖々といった風にみさとが着替え途中の浴衣姿を見せた。一樹はその情けなさに噴き出して、別室に向かった。
「この合わせじゃ、お前は死人だぞ」
「え、えっ?! 女だから武神さんの合わせと逆かなって……」
「俺の同居人の合わせを見てないのか? 着物には男も女もないんだ」
 死人が慌ててくるりと一樹に背を向け、合わせを逆にした。
「似合うな」
「そ、そうですか?」
 みさとは振り向かずに言う。照れの中に、嬉しさが混じっている。
 束の間、一樹はこの宿に、調査に来ていることを忘れた。



<共通ノベルに続く>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0173/武神・一樹/男/30/骨董屋『櫻月堂』店長】

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               ライター通信
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 モロクっちです。このたびは高峰温泉ダブルノベルのご発注、本当にありがとうございました! 共通ノベルでは一連の事件を、個別ノベルではこの温泉にPCさんが訪れるまで〜事件が起きるまでの経緯を書かせていただいております。温泉内では基本的に団体行動を取っていただいているので、個別パートを作る余地がなかったというか、皆さんの温泉に向かう動機が面白かったというか(笑)、そんな理由からこういった区別をしてみました。

 武神様は高峰沙耶経由ではないところから『蓬莱館』の噂を耳にしているかたちになっています。しかしそれにしても日本酒と温泉が似合う方です(笑)。たたずまいが和な方って現実でもどんどん減っていますが、そばにいるとほっとするでしょうね。

 それでは、共通ノベルともども楽しんでいただけると幸いです。