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『蓬莱館』へようこそ
●蛇たちの思い【12C】
ソネ子と入れ違いで入ってきた千代田は、かけ湯をするとすぐに湯舟に入ってきた。蛇たちのことなど、まるで気にする様子もなく。
見えていない訳でもなく、気付いていない訳でもない。湯舟に入る前、明らかに蛇たちに視線が向いていた。その上で入っているのである。きっとこういうのに抵抗がないのであろう。
しんと静まり返る『甲寅の湯』。冴那は特に気にする様子もなく、瓢箪から酒を注いでは飲み、注いでは飲みを繰り返す。蛇たちは冴那の近くを這い回っていた。
「あの」
少しして、千代田が冴那に話しかけてきた。
「……何かしら」
「その蛇たちはあなたのペットなんですか?」
「可愛い子たちよ……せっかくの温泉旅行だから……気候もよくなってきたことだし、一緒に連れてきたの……。ほら……楽しそうでしょう……?」
と言って、手で蛇たちを指し示す冴那。活発に動いている様子からすると、冴那の言うように楽しそうなのかもしれない。
「お1人なんですか」
「そう……ね。『1人』になるのかしら……」
正確には1人と多くの蛇たちである。
「どうですか、ここは」
千代田が矢継早に質問を投げかける。
「……日向ぼっこするにはいい所ね……いい陽気で……」
「陽気……陽気、なるほど……」
何故か千代田は、冴那の言葉の一部分だけ繰り返すようにつぶやいた。
「あなた……どうしてそんなことを……?」
「あ、申し遅れました。私、月刊誌『秘湯の盟友』のライター、千代田雅子と申します。取材の一環で色々と質問をさせていただきました」
「あら、取材だったのね……。それで……カメラはどこにあるのかしら……」
ゆっくりと周囲を見回す冴那。どこにカメラがあるのか、探しているのだろう。
「いえ、ありませんから」
冴那は冷静に突っ込みを入れられた。
「……残念だわ……」
「撮ってほしかったんですか?」
「定番なんでしょう……?」
どこの定番だ、どこの。
「この子たちとの……いい想い出になるかと思ったのだけれど……」
と言って、冴那はそばに居た珊瑚蛇の珊瑚を招き寄せた。冴那の腕を這い、首回りへと絡まってゆく珊瑚。その一連の様子を、別に驚くでもなく千代田は見ていた。
「よく慣れていますね」
珊瑚をじっと見て、尋ねる千代田。
「……皆いい子たちだもの。……蛇だって色々と考えているのよ……見た目では分からないでしょうけど……」
「人間だって、見た目じゃ分かりませんよ」
冴那の言葉に、千代田がくすっと笑った。
「ひょっとしたら私も人殺しかも……」
しばしの沈黙。しんとする『甲寅の湯』。
「……なーんて、ね。驚きました? 冗談ですよ、冗談」
くすくす笑う千代田。冴那は無言で盃の酒を飲んだ。
「ではお先に」
やがて千代田は冴那に軽く頭を下げ、湯舟から上がっていった。『甲寅の湯』には冴那1人だけとなる。
「あなたたちはどう思うの……」
冴那はぼそりと蛇たちに話しかけた。うねうねと動く蛇たち。それを見て、冴那が納得したように頷いた。
「そう……あまり好きじゃないのね……今の人のこと……」
蛇たちの直感、果たして正しいか否か――。
【『蓬莱館』へようこそ・個別ノベル 了】
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■ 登場人物 ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ダブルノベル 高峰温泉へようこそ』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全51場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・大変お待たせし申し訳ありませんでした、『蓬莱館』での出来事のお話をここにお届けいたします。今回共通・個別合わせまして、かなりの文章量となっております。共通ノベルだけでは謎の部分があるかと思いますが、それらは個別ノベルなどで明らかになるかと思います。また、『『蓬莱館』の真実』と合わせてお読みいただくと、より楽しめるかと思われます。
・今回プレイングを読んでいて思ったのは、直球ど真ん中ストライクなプレイングが結構あったかな……と。ひょっとして、高原の考えが読まれていたのでしょうか。
・巳主神冴那さん、ご参加ありがとうございました。今回はお酒片手に蛇たちとのんびり過ごしていたかと思います。蛇たちの直感は正しかったようですね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またどこかでお会い出来ることを願って。
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