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『蓬莱館』へようこそ
●屋根より見えるは【13D】
「……イイ風……早く乾クかナ……」
風にそよぐソネ子の長い髪。ドライヤーは嫌いなので、こうして自然乾燥させているのだ。
これで場所が池の見える縁側とか、そんな場所であれば風流なのだが、ソネ子がそういった場所に居ることはまず少ない。
まあ今居る場所も池は見えるのだが、風流とはちと離れてしまう場所である。どこに居るかというと――『蓬莱館』の屋根の上であった。
それも1か所でじっとしているのではなく、屋根の上をあっちへうろうろ、こっちへうろうろと歩き回っている。もっともその分、髪にまんべんなく風が当たって、乾きやすくはやっているのだが。
さて、ソネ子がそうして屋根の上を歩き回っていると、近付いてくる者たちが居た。近くで亡くなった者たちの霊である。
何しろ『蓬莱館』があるのは富士の裾野、樹海に足を伸ばせば霊の宝庫であるからして、そちらから流れてくる霊が居ないはずがなかった。
そんな霊たちと会話を行うソネ子。別に情報収集などではない、ソネ子にとっては人が呼吸をするのと同じような感覚である。
「……迷っタノ……グルぐル、ぐルグる……同じトコ回っタノ……?」
なるほど、今話しているのは樹海で迷ったまま亡くなってしまった霊であるようだ。
「まニュあル……? 何ソレ……」
……まあ、霊たちも様々である。これについて深く説明は避けることにしよう。
と、色々な霊たちと会話をするが、そのうちに1つ気付いたことがあった。それはこの場に土着した霊の存在がないことである。
確かに霊たちは居る。でもそれは先程述べたように、近くで亡くなった者たちがこちらへ流れてきただけだ。
(……ドウしテ居なイの……誰カ居ル気配アるのニ……ドウしテ……?)
不思議に思うソネ子。この『蓬莱館』、何がしかの気配はある。しかしそれに対応するような者の姿は見えない。かといって霊である様子もない……とても謎である。
また、それに関係するかどうか定かではないが、ソネ子には感覚的に引っかかっている物事があった。例えるなら、指先に刺さったほんの小さなとげのごとく。
――ごくごく微妙にしっくりこないのだ。ここ『蓬莱館』の雰囲気が。
いや、楽しんでいるのだ、ソネ子は。だが100%かと言われると、そうではない様子。99.99999……%は楽しんでいても、本当に僅かな残りはそうではなく。
いったいこの違和感は何であろうか。
「……調べるなら夜中だろうな」
いくつかある中庭の1つから、不意に話し声が聞こえてきた。ぴたっと足を止めるソネ子。
「そうね、夜中がいいわ。皆が寝静まってから……」
話しているのは杉並と千代田だった。杉並の傍らには、何故かトランクが置かれていた。
「よし、決まりだ。夕食を食べてから、部屋で細部を詰めるぞ」
「了解」
そんな会話を交わすと、2人は中庭を去っていった。屋根の上、1人残された形となるソネ子。
「ア……ごハン……」
夕食のことを思い出したソネ子は、するすると屋根から降りて、食事場所である広間に向かったのだった。
●貴様の芸を見せてみろ!【17】
宴会は酒も入ったこともあり、次第にヒートアップしてゆく。乾杯と最初の1杯だけで部屋に戻った桐伯を覗き、まだまだ皆やる気十分といった様子であった。
「第467回チキチキ大隠し芸大会〜っ☆」
「いえーいっ!!」
「まーってましたぁっ!!」
唐突にそんなことを言い出す雫に盛り上がるギャラリー。何が何だか分からぬうちに、各人による隠し芸の披露が始まった。
「1番! 拳を口の中に入れます! はいっ!」
「おおーっ!」
「2番! ヨガやります! ……っと、こらせ……いででででででででっ!!」
「あーっはっはっは、失敗してやんのーっ!」
「18番! 『鉄道唱歌』歌います!」
何故そこで番号が飛ぶ。
さらに歌おうとした矢先に、こんな野次が入ってきてしまった。
「ちょーっと待て! 『鉄道唱歌』何番まであると思ってんだーっ! 却下だ却下!」
注:『鉄道唱歌』は東海道編だけでも66番まであります。
……とまあ、面白いような馬鹿馬鹿しいような隠し芸が続いてゆく。そのうちに、撫子が引っ張り出されてしまった。
「何やってくれるの〜?」
期待に満ちた目で撫子を見る雫。とりあえず、何か芸をしないと席に戻れそうにはない。
(本当はこういう使い方はあれなのですけど……)
撫子は何故か宴会場にあった林檎を見付けると、それを手に取ってこう告げた。
「では……この林檎を食べやすくしてご覧にいれます」
まずは準備。撫子は足元に皿を1枚置いた。そして懐より鋼糸を取り出してみせる。
「いざ……」
林檎を放り上げる撫子。鋼糸を持った手が瞬時に動いた。やがて林檎がそのまま皿の上に落ちてきた――かと思われた。
「うおーっ! すげーっ!!」
何と林檎は皿の上に落ちるや否や、ばらりと綺麗に8つに分かれたではないか。
「すごーいっ☆ ねえねえ、どうやったの?」
パチパチと大きな拍手をする雫。拍手喝采である。
「お粗末様でした」
撫子は微笑みを浮かべ、ぺこんと頭を下げた。
「次、私やりまふ!」
撫子に触発されたのか、入れ替わりに美紅が前に出てきた。さて、どんな芸を披露するつもりなのか。
「39番! 暗算やりまふ! そっひはら、順に1個るつ数字らしれってくらはい!」
そう言い、美紅は端から順番に数字を聞いていった。デルフェスがその数字をメモしてゆく。
やがて全員が数字を言い終わった所で美紅は少し思案し、答えを口にした。
「……4376れふ」
「合ってる?」
「4376、正解ですわ。美紅様お見事です」
雫に聞かれたデルフェスは、にこり微笑み頷いた。これまた拍手喝采。
「今度はデルフェスさんれふ」
美紅が次の演じ手にデルフェスを指名した。
「はい? わたくしはそんな、皆様の前で披露するような芸は……」
「いいからやっれくらさい!」
美紅がデルフェスを強引に引っ張ってくる。少しの間デルフェスは困っていたようだったが、覚悟を決めたのか近くの膳の上から箸袋を取り上げた。
「ではわたくしは……この箸袋を石のように固くしてみせますわ」
そう言い、両手でピンと箸袋を張るデルフェス。
「美紅様、どうぞお触りください」
デルフェスに促され、美紅が箸袋に手を触れた。
「あっ……」
箸袋を指先で叩く美紅。箸袋は曲がることもなく、コンコンと乾いた音を返していた。
「本当に固くらっれる!!」
「おおおーっ!!」
またまた拍手喝采。そしてデルフェスはまた、美紅に箸袋を触れさせた。今度はぐにゃりと曲がる箸袋。
「すっげー!」
「あれ、どこにタネがあるのかな?」
口々にそう言っているのが聞こえてくる。見ている限りではさっぱりタネが分からない。まあ、分からないのが当然なのだが……。
「はーい、次の人どうぞー☆」
雫が次の演じ手を募る。
「……シジュウニバン……タクサンタベマス……」
ぼそっとつぶやきが聞こえ、いつの間にやら宴会に紛れ込んでいたソネ子が、皆の手をつけていない料理を猛烈な勢いで食べ始めていた。
「うおおおおおおーっ!!」
何故か拍手喝采。……どうやら酒が入って何でもよくなってきた者が大多数らしい。
隠し芸大会はまだまだ終わりそうになかった。
【『蓬莱館』へようこそ・個別ノベル 了】
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■ 登場人物 ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
/ 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ダブルノベル 高峰温泉へようこそ』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全51場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・大変お待たせし申し訳ありませんでした、『蓬莱館』での出来事のお話をここにお届けいたします。今回共通・個別合わせまして、かなりの文章量となっております。共通ノベルだけでは謎の部分があるかと思いますが、それらは個別ノベルなどで明らかになるかと思います。また、『『蓬莱館』の真実』と合わせてお読みいただくと、より楽しめるかと思われます。
・今回プレイングを読んでいて思ったのは、直球ど真ん中ストライクなプレイングが結構あったかな……と。ひょっとして、高原の考えが読まれていたのでしょうか。
・戸隠ソネ子さん、ご参加ありがとうございました。食事に温泉、楽しんでいるように見えますが実は……。『蓬莱館』、色々と秘密がありそうです。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またどこかでお会い出来ることを願って。
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