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■■ 玲瓏の鈴 ■■
ぴく、と人ならざる者の気配を嗅ぎ分けて、久遠は其の動きを止めた。振り返った蓬莱館の廊下には、誰も居ない。だが久遠は、其の何も無い筈の場所をじっと凝視していた。緩く唇を開き、おい、と声を掛ける。
「居るんだろ。出て来いよ」
「……ごめんなさい、怒ってる?」
少々刺を含んだ久遠の言葉に、ミコはしゅんと項垂れた様子でふんわりと其の場に姿を現した。廊下の隅、光が届かずこの場所だけ闇の中に落ちた其の中でも、ミコの身体は白く輝いていた。
久遠はぴくりと眉根を寄せ、す、と右足を引いて体重を掛ける。何を仕掛けられても直ぐに対応出来るように。
「鈴が見つかったら還るんじゃなかったのか?」
未練を残した幽霊は、何をするか判らない。緊迫した空気を抱えたままの中、ミコは肩を竦めてごめんなさい、と呟いた。驚かすつもりも無かったし、何かする気もないの。久遠の迫力に押されているのか、弱気な声でそう言った。
「ただ、お礼が言いたくて。皆のところを回ってるの」
「お礼?」
其の言葉を聞いて、やっと久遠は身体を動かした。肩の力を抜き、右足に掛けていた体重を軽くする。小さく息を吐き、久遠はゆっくりと腕を組んで廊下の壁に背中を凭(もた)れさせる。其れで、と話を促すようにミコに視線を遣った。
ミコは小さく息を吸い込んで、ふわりと腰を折った。其の侭、深く深く、頭を下げる。
「これでやっと、お空へ還れるよ。有難う」
「よしてくれ、辛気臭くて堪らない」
目元を緩め、久遠はそう呟いた。其の頭を撫でてやろうと手を伸ばしかけ、はた、と止める。撫でてやろうにも、ミコの身体は透き通っている。彼女は幽霊で、自分は生身。触れるはずも無い。溜息を吐いて、ぶらりと手を下ろした。
其の行き場の失った手を残念そうに見つめながら、ミコはゆるりと視線を上げた。久遠の視線と其れが交わると、ふ、と儚げに笑う。
「それじゃあ、行くね」
そう言い遺すと、ミコはふわりと宙に舞い上がる。消え行く背に、ちょっと待ちな、と久遠が声を掛けた。
なぁに、とミコが振り返る。
「せめてもの餞(はなむけ)だ。還りやすいようにしてやる」
きょとんとした瞳で、ミコはくるりと身体を久遠のほうへと向けた。
久遠はごそごそとポケットを漁っていたかと思うと、するりと其処から銀色に光る物を取り出した。掌よりも少し大きい其れは、滑らかな光沢も美しい、使い込まれたハーモニカだった。
すぅ、と久遠は息を吸い込む。
吹き口に宛がった唇を振動させて、内部に空気を送り込む。軽やかなメロディラインで流れ出始めた和音に、ミコはぱぁ、と顔を輝かせた。物珍しいのか、一旦は離れさせた身体をまた久遠に寄せる。
緩く目を閉じて演奏する其の音を、ミコは飽きもせず、僅かに瞳を大きくしてずっと眺めていた。
「……御仕舞い」
そう言って、久遠はそっと唇をハーモニカから離す。ミコはぱちぱちと手を打ち鳴らしたかったのだろうが、生憎と、生身ではない為其れは叶わなかった。だが、其れでも手を打つ。何度も何度も其れは繰り返された。
「有難う。ほんとに、有難う」
「もう鈴、無くすなよ」
丁寧に述べられた礼に、に、と口端吊り上げて久遠は軽くそう言った。ミコはこっくりと頷く。
ゆらりと掻き消すように消えていくミコに、久遠はひらりと手を振った。
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■ 登場人物 ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2648 / 相沢・久遠 / 男性 / 25歳 / フリーのモデル】
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■ ライター通信 ■
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今回は私をご指名頂き、有難う御座いました。(礼
妖狐に変化する久遠さん。妖狐時の姿が掴めず、ぼかす形となってしまったのが残念ですが(汗
ご要望通り、首締めシーンを入れてみましたが、如何でしたでしょうか?・・・ちょっとどきどきです。
何はともあれ、お楽しみ頂けましたら幸いです。
また機会が在りましたら、宜しくお願い致します。(深々
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