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「あやかし」と呼ばれたヴァイオリン
【XXX'】
「ヴァイオリン、か……」
蓬莱館の部屋へ戻ってから、その時になって初めて、未だ先程具現化したヴァイオリンのボウだけを手にしている事に気付いて倉菜は少し苦笑した。
妙な置き土産だけが残ってしまった。
この際、ついでにケースも具現化してしまって東京へ持ち帰っても良いが、──いや、止めよう。
「……、」
彼女の手の中で、ボウは一瞬、透き通った材質に変化してから存在を消した。
「──何や、勿体無い事ない?」
「……ちょっと、」
不意に、背後から掛けられた声、──いつの間にか部屋の戸口に凭れて立っていた卍を、倉菜は眉を軽く吊り上げて振り返った。
「勝手に入らないで下さい、一人なんですから」
「いや、別にそういう事やないから。それに鍵、開いとったし一応ノックは──」
「そういう問題じゃ無いと思いますけど。……それで、何の御用ですか?」
溜息が洩れて、倉菜の端正な表情が曇った。
思い返せば、さっきにしても湯上がりに近くを散歩、と建物の外を歩いていた所、予告も無しに結界の中へ巻き込まれてしまったのだ。
──本当に不粋な人……。
然し、相変わらず能天気そうな表情の彼を見るにつけ、文句を云った所で通じないだろう、と倉菜は気分を切り替えた。用があると云うなら簡潔に聞くとしよう。
「ん、結局、あんまり楽器自体の──あ、さっきのヴァイオリンな。奏原の事は大体分かったけど、楽器自体の事についてはあんまり詳しい事も分からんかったから、丁度楽器職人のお姉ちゃんが居った事やし、評価なり感想なり聞こかと思って」
「聞いて、どうするつもりですか? ヴァイオリンに興味は無いんでしょう?」
「別に。いや、でもなー、全っ然知識が無いだけに、事前にあっちこっちの知り合いに色々訊いたりしとったから、それでどうなりました? 云うて何も分からんかった、では格好も付かんし」
「知り合いって……、」
「碧摩の姐ちゃんとか」
「……ああ、『あの』アンティークショップの」
矢張り、元々曰く付きの品物としてそちらの方面では話題に登るなりとしていた物か。
軽く頷いて、先程手にした赤い楽器の感覚を喚び戻しながら倉菜は独白のように口唇を開いた。
「──一言で云えば、とても興味深かったです。……そうですね、個人的には、曰くよりも楽器の造りそのものが、色々。職人には、掟破り過ぎて逆に考え付かないような木材の使用とか。あと、皆さんは楽器の魔性に意識を奪われ勝ちだったかも知れませんけど、あの楽器、造りそのものがとても素晴らしい楽器だったんです。力のバランスも、形だとか、寸法だとか、部品の使い方も全部。……参考になりましたし、矢張りプロの職人を目指して修行中の身ですから、あれだけの作品を手に取って見られた事には感動しました。その事に関してはあなたにもお礼を云うべきかも知れません」
「それはどうも御丁寧に」
「……私、」
倉菜は彼女自身の掌に視線を落とし、微笑みを浮かべた。そこに、先程、無に戻してしまったボウの感触が残っていた。
「本当は能力に頼らず、自分の力で造った楽器で認められたいんです。でも、矢張りそう簡単には行かなくて。でも、ちょっと今日の事で初心に帰れたかしら。楽器造りなんて、何十年もかけてやっと熟練して行く事だもの。意思を強く持って、じっくり修行して行こうって。……それに、あんな掟破りな、それで銘器になり得た楽器を見たからには、既に規格の決った楽器だ、って諦めずに色々と試行錯誤する余裕もあるかな、って。だから、」
「だから、具現化能力で造った楽器は勿体無くはない、ってか」
「そうですね、……取り敢えず、東京に帰ったら先ず最初に、手作業で造ってみようと思います」
「そう」
そう、と卍は笑ってから部屋を出ようとして、──一歩歩いた所で思い出したように再び室内へ顔を覗かせた。
「──で、楽器自体の評価としたら、元々職人が凄い技術で以て完成させた銘器で、魔性の曰くの何のが原因やない、って事で」
「そう云えます」
「どうも。今日はお疲れ。また何やあったら宜しく」
「……どうも……、」
■
物には意思が宿る。
「あやかし」の場合は……それが、執念という悪い方向へ働いてしまって、結果的に人間の命が奪われてしまったけど。
でも、それはきっと楽器の所為じゃ無い。
あの楽器を持った時、少し羨ましいような、憧れるような気がした。
だって、もし、自分の造った楽器に親子二代で百年以上もの間、憧れ続けてくれるような事。
そんな楽器が造れたら。
矢っ張りそれは楽器職人の夢だし、──それを目指すのが、私が自分で選んだ、私の決めた生きる道。
休暇は終わったわ。
東京に帰ったら、また猛修行に励まなきゃ。
出来るだけ、自分の手で。
そうしないと、何年立ったって技術も身に付かないわよね。
これからは、独りでも、誰に支えられなくても自分の道を自分の意思で歩いていけるわ。
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■ 登場人物 ■
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【2194 / 硝月・倉菜 / 女 / 17 / 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】
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■ ライター通信 ■
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個別も、高峰温泉ダブルノベルの別視点扱いということで、こう纏めてみました。
楽器職人が居て下さったのは楽器自身にも多いに倖いでしたでしょうね。
改めて御参加有難うございました。
倉菜ちゃんの強い意思と成長を信じております。
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