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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


余暇の過ごし方

 2、猫科の猫化

 一人のツインは広かった。
 ほんの一瞬、一緒に来なかった男の顔が脳裏を過ぎる。
「なんでこんな時に、あんなやつの顔を思い出すのよ。あれは敵よ、敵なのよ。まったく」
 誰に言い訳をしているのか。
 涼の顔はうっすらと赤い。
 いたらいたで、よどみなく悪態をつき続けるのが分かっているというのに、何故か時折、心が欲してしまうのだ。
 それを、涼は認めたくなかった。
 だから、ここへも一人で来た。
 浴衣に袖を通した涼は、窓辺の籐イスに腰を下ろすと足を組んだ。
 相変わらず、通路からはドタバタと走り回る足音が聞こえている。
「ま、害は無いって言うし。そんなことより問題はこれよね。九時とか三時とか一二時とか」
 草間のミミズ文字を、真剣な顔で見下ろす涼。
 いっそ難解な理由を字のせいにして、放り出したくなってもくる。
「うーん……花──花時計? って言うか、全然わかんないのよねー。うん、こうなったら、爺様よ! 爺様を頼るしかないわ!」
 沙耶の言っていた老人は、聞くところによると、食わせ者らしい。が、そんなことに構ってはいられない。
「不老長寿には興味ないのよね。むしろ、そんなのいらないし。飲めば効果が消えるなら飲むしかないじゃない? と言うことで爺様の元へレッツゴーよ!」
 涼はメモを掴んで、すっくと立ち上がった。
 目指した先は、大浴場である。
 まだ夕暮れ前の早い時間と、ここが特殊な宿だと言うことが重なって、脱衣場には誰もいなかった。
「爺様いるー?」
 涼はそろりと湯殿への扉を開け、中を覗き込んだ。
 白い湯気が、わぁっと押し寄せてくる。
 冷気におされ界が開くと、黒い大理石張りの浴場が、涼を出迎えた。
「今、入っても良かったわね。まぁ、宴会のあとゆっくり浸かれるし。今は爺様よ爺様」
 内湯には、人っ子一人見当たらない。ただ、湯船から湯がザーザーと溢れ出す音がするだけだ。
「外? にいなかったら、どうしろって言うのよ。いなかったらただじゃおかないわよ」
 多少、理不尽な物言いをつけつつ、涼は外湯に続く扉を開けた。
 ひょう、と隙間風がなる。
 竹垣に囲まれた湯船には、やはり誰もいなかった。
「そもそも、爺様が女湯にいるってのもおかしな話しよね」
 涼はきびすを返しかけた。
 すると。
『ホッホ。困りましたのう。御衣のままのご入湯を、当館では禁止させていただいておりますで』
 と、どこかから年老いた男の声がした。
「いたーっ! 爺様! って、どこよ! 見えないじゃない!」
『これ、ここに。隣の湯との境におります。こうしてお話は出来ますゆえ、見えぬままでご勘弁くだされ。ホッホ』
「隣の湯との境?」
 いぶかしむ涼。そこには、竹垣があるばかりだ。
「……爺様、竹垣なの? もしかして」
『そうかもしれませんなぁ。違うかもしれませぬがのう』
「どっちなのよ」
『わしの姿を見たものは、目が腐れてしまうやもしれませぬ。ホッホ。何かお困りなら、良いことを教えてさしあげますで。それでご勘弁くだされ』
「話がわかるじゃない。えっと、この謎を解いてとっとと私に教えて欲しいのよ」
『ホ、どれどれ』
 果たして、どこに掲げたら良いのだろう。涼は迷った末、とりあえず、竹垣にメモを差し出した。
 見た目には、何も変わらないが、どうやら目には入ったようだ。老人の声は言った。
『その水の効果は、「猫」「機械」「年寄り」「花」らしいですのう。ホッホッホ』
「そんなことはわかってんのよ! だから、どれがどこの井戸になるのか聞いてんじゃない」
『フウムゥ。年寄りを望まれるなら、南だと思いますぞ?』
「……南って、六時よね?」
 涼は、メモを見返した。
 ──六時の目を縛る事は出来ぬ。
 と、ある。
 どう取り違えても、キーワードに『年寄り』は連想できない。
 涼はどこからか取り出した、釘付きバットを振りかぶった。
「いい加減なこと言うんじゃないわよ、爺様! 永遠に温泉の中に浸かりたいみたいだから、そうしてやるわよ覚悟!」
『ウヒャア! たまらんわい!』
「たまらんのは、こっちよ! そんなもんに間違って手を出した日には、おっさんに年寄り呼ばわりされるかもしれないじゃない。冗談じゃないのよ、コンチクショー!」
 今まさに、バットを振り下ろそうと身構えた、その時。
『アーッ! 蓬莱様〜ッ』
 絶叫が、ぶっつりと途絶えた。
 涼は舌打ちして、バットを何処かへとしまい込む。
「逃げたわね。まぁ、良いわ。一個だけ分かってるから。南は『猫』よねー。ちゃっちゃっと済まして、宴会宴会!」
 外湯から内湯を抜ける。
 そしてロビーへやってきた涼は、斎悠也と出くわした。足下に、二人の幼い式神を連れている。
「あら。キミも温泉?」
「ええ。昨日から。……武彦さんの部屋がどこか知りませんか?」
 涼は左手に続く廊下を指さした。
「知ってるわよ。『桜林の間』。いるかどうか、わからないけど」
 悠也は微笑って礼を言った。
「まぁ、いても長居はすすめないわね、うん」
 そう言って涼は、悠也とわかれた。
 玄関を出て正面が、南に当たる。
 砂利敷きの庭。樹海との境界線は細い竹藪だ。決して広いとは言えない庭の片隅に、ひょうたん池があり、中央には羽を広げた鳥の像が建っていた。朱雀に似ている。
「井戸……には見えないけど」
 涼は近づいて、池の中を覗き込んだ。水に沈んだ像の足下に、五十センチほどの真っ黒な穴が開いている。
 地の底まで続きそうな、不気味さだ。そこから水が湧きだしている。うたうたと水面が揺れていた。
 背中を見下ろす蒼天。
 決断の時である。
「飲んだ途端、妙な菌にあたりはしないわよね。O157とかサルモネラとかカンピロバクターとか、飲んだり食べたりに響くような病気になりたくないんだけど」
 しかし、考え込んでいても進まないのである。涼は両手で水をすくい、それを口に運んだ。
 何て事はない。ただの水である。
 東京の水道水に比べれば、まろやかで美味いとも言えた。
「ヒゲでも生えるのかしら」
 涼は頬を撫でてみた。すべすべである。
 しゃがみこんだまま、水面に顔を映した。眺めていても、何かが生えてくる気配はない。
「うーん?」
 しばらくの間、涼は水面を見つめていた。
 遠くで聞こえるざわめき。
 ユラユラとたゆたう水。
「うー……」
 涼は唸った。
 激しい眠気が押し寄せてきたのだ。
 開けても開けても下がってくる瞼に負け、涼はとうとう瞳を閉じた。
 力無く、ころんと転がる。
 猫は、一日の三分の二を寝て暮らすと言う。
 つまり、ここが南の井戸で間違いないようだ。
 その水の効果は、涼を夢の世界へと運んでいった。
 空気が少し冷たい。
 風邪を引かないだろうか。
 漠然とそんなことを考えつつも、起きることは出来なかった。
 やがて、誰かの足音が近づいてきた。涼はそれを白濁した意識の中で聞いた。
「……なんでこんなところで寝ているんだ」
 その声はそう言った。
 好きでこうしているわけではない。ただ、どうしようもなく眠いのだ。
 気配はしばらく留まっていたが、そのうちにまた歩いて行ってしまった。
 が、すぐに戻ってくる。
 舌打ちが聞こえて、バサリと何かがかけられた。
 このコロンの香りは、いったい誰であっただろう。
「風邪を引くぞ」
 最後にそう言って、靴音は遠ざかっていった。



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■   登場人物                  ■
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【整理番号(昇順表記) / PC名 (年齢) > 性別 / 職業】


【0381 / 村上・涼 / むらかみ・りょう(22)】
     女 / 学生 


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■          あとがき           ■
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 こんにちは。紺野です。
 この度は、高峰温泉へのご参加ありがとうございました。
 いつもと形式が違うので、微妙に戸惑いつつの執筆でしたが、
 いかがでしたでしょうか。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 なお、個別についての補足です。
 共通ノベルの『2』が無いことにお気づきかと思いますが、
 そこが個別として、皆様のお手元に向かっております。
 行動のかけ方による、それぞれのシチュエーションや文章量は、
 参加くださったみなさま全員が、同じではありませんので、
 どうか、ご了承くださいませ。

>村上涼さん(個別キーワード『散策』)

 南の猫は正解でした。
 それにしても、『宴会』が『眠会』になってしまい、
 温泉なのに、温泉描写が少なくて申し訳ありませんっ(土下座)。