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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


余暇の過ごし方

 2、安息の日

「このメモ、せっかく書いてくれたのに、余っちゃいそうね」
「あぁ、うっかりしてたな」
 部屋に落ち着いた二人は、草間の書き写したものと、高峰から貰ったものとの二枚を、並べてテーブルに置いた。
「ずっと部屋にいるつもり? 武彦さん」
「そのつもりだが」
 よいしょと、草間は腰を下ろす。
「せっかくの旅行なのだし、周囲の散策なんてどうかしら」
「やはり、そう来たか。この謎を、君がこのまま放置するはずが無いからな」
「それは、武彦さんも同じでしょ?」
 草間は、とりあえず一服させてくれと、煙草に火をつけた。
 服を着替える素振りを見せなかったのは、初めから出かける気でいたからではないだろうか。
「性分か。それとも本当に『相棒』なのか。切っても切れぬとは、まさにこの事だな」
 あえて、言葉にしない『怪奇』の二文字。
「それで食べているんだもの。『エネルギー源』のようなものなのかも」
「事務所の、と言うことにしておいてくれよ?」
 そう言って、草間は半分ほど減った煙を、灰皿に押しつけた。
「さて、どうする」
「そうねぇ……玄関が南を向いてるし南からかな。これって要するに『井戸の水』よね? 全部回って汲むのって無謀かしら」
 シュラインは、草間のメモを手に取った。物好きだと笑いながら、草間は高峰のメモをポケットにしまう。
「こっちの方が、見やすいはずなんだが」
「そうでもないわよ? 見慣れている字が一番、頭に入りやすいし……あ、水を汲む容器が必要ね」
「これはどうだ?」
 草間は、茶器の乗った手提げ付きの盆を掲げた。湯飲みは全部で四つ。添えられた月餅は、今は必要ないようだ。
「ちょうど良いみたいね」
 良いながら、シュラインは菓子をテーブルの避けた。
「茶が飲めなくなるな」
 と、草間は肩をすくめる。
「水は飲めるわよ?」
 シュラインは微笑を返したが、それに対する草間の反応は渋い。
「井戸の水なら、勘弁してくれ」
 ぼそりと、そう呟いた。

 富士の裾野に広がる樹海は、三〇〇〇ヘクタール。山手線を三つ飲み込む広さである。
 地面はかつて流れ出した溶岩で形成され、ゴツゴツと苔むし、微かな霊気を漂わせていた。迷い込めば抜け出せない、未踏の地が大部分だ。
「良くもまぁ、こんな場所にこんなでかいものを作ったな」
 宿を見上げる草間の声は、半ば呆れている。
「んー……これは、時計の配置と同じよね? 三時、六時、九時、一二時を方角に当てはめれば、東西南北と一致するわ」
 シュラインはメモから目を離して言った。
「『一〇時』の解釈は?」
「そうねぇ……それが真実と言うことだから、北じゃなくて北西になるんじゃないかしら」
「北西か。なるほどな」
 砂利敷きの庭を見渡す。樹海との境界線は、背丈ほどの細い竹藪だ。庭の片隅には、小さなひょうたん池があった。真ん中に、羽を広げた大きな鳥の像が建っている。朱雀に良く似ていた。
「武彦さん、あそこへ行ってみましょ」
「ああ。他に井戸らしきものはないしな」
 二人は池の縁に立って、その中を覗き込んだ。水に沈んだ像の足下に、五十センチほどの真っ黒な穴が開いている。
 地の底まで続きそうな、不気味さだ。そこから水が湧きだしている。
「ちょっとすくってみましょうか」
「予想だと、ここは何の水になるんだ?」
「『六時の目を縛る事は出来ぬ』……多分、『猫』だと思うわ」
「──変わらなさそうだが」
「え?」
 いや、何でもない。
 草間は口を濁して、湯飲みに半分ほどの水を汲んだ。
 小さなメモに『南』と書き、シュラインはそれを茶器の下に挟む。
「間違っていても、ここへはまた戻ってこれるし、とりあえず先へ進んでみましょ。西の水は、老化の変化をもたらすそうよ」
「その水だけは、間違っても口にしたくないもんだな」
 これ以上、『おっさん』呼ばわりされてたまるか、と草間は鼻で笑った。
「それじゃあ、『花』はどうかしら。『北西』の井戸が、そうだと思うんだけど」
「花か。まぁ、他のよりはましだろうな。君はやっぱり『猫の水』にするのか?」
「えぇ。楽しそうじゃない? いつかの『たぬきさん』のお酒みたいに、尻尾とヒゲが生えたら」
 草間は、思い切り唸った。そして、苦笑した。
「いや、俺は遠慮しておこう」
「そう? 可愛いと思うけど。花だと、頭に花が咲くのかしら。それとも、眠くなったり日向ぼっこが好きになったりするのかな? 考えるだけでも楽しいわよね?」
 ジャリジャリと、砂の上を歩く二人の足音。
 草間の目が、端正なシュラインの横顔を見つめる。仕事から離れたそれは、無邪気だった。
「良い天気だ」
 と、思い出したように、草間は言った。
「そうね」と、見上げるその肩に、探偵の手が回る。
 見えない誰かの声がしなければ。
 ここが沙耶の所持物の、怪しげな旅館でなければ。
 そして、白い虎の像が視界に入らなければ。
 これは相愛の男女にとって、実に良いデートになったのだが。
 虎は、壁を背に四肢を踏ん張り、首をやや落とし気味にして、二人を睨んでいた。その口に、柄の長い白木のひしゃくを銜えている。
「武彦さん、見て」
 草間とほぼ同じ高さの像は、半分が台座になっており、中が空洞だった。そこに池の底で見たような、黒い穴が開いている。
 草間は手をついて、中を覗き込んだ。
「水が見える。湧き水か? 動いてるな」
「届く?」
「あぁ。ひしゃくを取ってくれ」
 すくい上げた水は、異物も無く透き通っていた。シュラインはそれを、湯飲みに納め『西』と書いたメモを挟む。
「随分と、変わった井戸ね。朱雀の次は『白虎』」
「目印なのか。目隠しなのか。他の二つも像の傍にありそうだ」
「だとすれば、残りは『蒼竜』と『玄武』ね。でも、北西って、辿り着けるのかしら」
 鬱蒼と茂る緑に邪魔をされ、外壁の終わりは見えない。
「案ずるより産むが易しさ」
 そう言って、草間は歩き出した。
 やがて、玄武からそう遠くはない竹藪の中に、白い塊が突き出しているのが見えた。
「あれは?」
「三つ目か」
 近づくと、それはヘビの像だった。
 大きな口を開けて、今まさに獲物に飛びかかろうとしているようだ。
 尻尾は藪の中で亀に絡みついていた。
「玄武、よね。これ……井戸がないけど」
 二人はしゃがみこみ、垣根の向こうに目を凝らした。
 亀の顔の先に、円形に組んだ煉瓦が見える。井戸だろうか。木桶が投げ出されており、そのロープが亀の首に巻き付いていた。
「大丈夫か?」
「ええ」
 シュラインは細い腕でロープを手繰り寄せると、木桶を煉瓦の向こうにずり落とした。
 ボチャンと、水の跳ねる音がする。
 三つ目の井戸に間違いないようだ。
「ん。重いわね、以外と」
 引き上げようとするシュラインの手の先に、草間の手が伸びた。垣根の下を覗いた体勢で、かなり窮屈な作業だ。
 二人で引き上げた桶を煉瓦の上に置いて傾け、水を湯飲みに移した。 
 不純物のない綺麗な水であった。
「あと一つ。東へは、一度もどった方が早そうね」
「ああ、順調じゃないか?」
 何かを探しながらでない分、帰りは行きよりも早い。草間も上機嫌のようだ。
 白虎を過ぎ、玄関の前へ。
 シュライン達は、そこで斎悠也と出くわした。
「あら。こんにちは」
「良かった。探していたんです。面白いものを渡しておくから、と高峰さんに言われて」
 二人の式がぺこんと頭を下げるのを見下ろしながら、草間は沙耶のメモを悠也に手渡した。
「あぁ、興味があるかどうかわからないが、これで良かったら、持って行ってくれ」
「良いのですか?」
「私たちは、他にあるの」
 と、シュラインはもう一枚の紙を見せる。悠也はニッコリと笑って頷いた。
「では、俺も行って来ます」
「ええ、気を付けて」
 北西は難所よ? と、付け加え、シュライン達は最後の井戸に向かった。
 西側と同じ砂利道。
 玄武の後では、どんなものが来るかと多少不安も感じていたが、目的のものは以外にあっさりと見つかった。
 今までのどの井戸よりも井戸らしい、地面に埋まった煙突のような石組と、その傍らに大きな御影の玉石を抱えた龍の像があった。
 二人はホッと顔を見合わせた。
「これが最後ね」
 吊り下げられた木桶を使って水を汲み上げ、湯飲みに注ぐ。
 草間は、「うーん」と言ってのびをした。
「さぁ、部屋へ戻って温泉だ。宴会まで、一寝入りも夢じゃないな」
「そうね、随分歩いたし。お水は……お風呂のあとで良いかしら」
 そんなに怖いことを言ったつもりはないのだが。
 探偵の笑顔が遠くを見つめたまま、しばし固まった。


 温泉旅行の一番の醍醐味、それはやはり風呂である。
 ザーと流れ出す湯。沸き立つ湯煙。
 ガラス張りの向こうは、竹垣に囲まれた岩の露天風呂だった。
 言葉が出ない。出るのはただ、安息の吐息ばかりである。
 生身の人間が少ないのか。単に運が良いのか。シュラインの他に人はいなかった。
 広い温泉を独り占めにしながら、シュラインは、こっそりと沙耶の話の老人を捜した。
 だが、やはり、その姿を見つけることはできなかった。
 とは言え、従業員が一人も見えない宿である。呼ばない限りは姿を見せないのだろう。
 長風呂になってしまったが、草間は起きているだろうか。
 浴衣の裾を気にしながら、シュラインは部屋へ戻った。
 草間は、濡れた髪もバサバサのままに、テーブルの上の水と睨めっこをしていた。
「無理をしなくても良いのに」
 着替えをしまって、シュラインは言った。
「いや。大丈夫だ。君は、『南』だったな」
「ええ。武彦さんは、『北西』よね?」
 シュラインは草間の隣へ腰を下ろすと、南の湯飲みを手に取った。
 浴後の火照りにうっすらと赤い顔。
 浴衣のうなじから零れた後れ毛に、草間の指がのびた。
「それじゃあ、一緒に飲んでみましょ?」
「躱したな?」
 草間は、肩をすくめて湯飲みを手に取る。
「なんのことかしら」
 と、シュラインは涼しげに言った。
 二人は同時に湯飲みを傾けた。
 大きな掃出しから差し込む日差しを指さし、シュラインは草間の袖を引いた。
「武彦さん」
「ん? あ、ああ」
 日だまりに移動した草間はあぐらをかき、意味も分からずにきょとんとしている。
「そのまま」
 シュラインもその隣に腰を下ろした。
 静かな時が流れる。
 草間が、おもむろに太陽を見上げた。
 効果が現れ始めたようだ。
 探偵は、安らかな顔で、目を閉じた。
「……花って、日光浴が好きなのよね」
 そっと呟きながら、シュラインは微笑した。
 猫もまた、暖かな場所が大好きな生き物である。
 やがて、うつらうつらと。
 細い体が、探偵のそれにもたれかかった。



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■   登場人物                  ■
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【整理番号(昇順表記) / PC名 (年齢) > 性別 / 職業】


【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま(26)】
     女 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


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■          あとがき           ■
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 こんにちは。紺野です。
 この度は、高峰温泉へのご参加ありがとうございました。
 いつもと形式が違うので、微妙に戸惑いつつの執筆でしたが、
 いかがでしたでしょうか。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 なお、個別についての補足です。
 共通ノベルの『2』が無いことにお気づきかと思いますが、
 そこが個別として、皆様のお手元に向かっております。
 行動のかけ方による、それぞれのシチュエーションや文章量は、
 参加くださったみなさま全員が、同じではありませんので、
 どうか、ご了承くださいませ。


>シュラインさん(個別キーワード『散策』)
 謎解きは、パーフェクトでした(笑)。
 プレイングが可愛らしかったので、
 筆が暴走しそうだったのは、抜群に秘密だったりします(爆)。
 草間は果報者ですね(笑)。