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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


「あやかし」と呼ばれたヴァイオリン

【XXX】

 療養でもするつもりか、気紛れに高峰温泉、蓬莱館へ行くと云い出した主に供したモーリス・ラジアルは、到着早々にその玄関口で生きた死体の如くに行き倒れた、顔見知りの少女を拾った。

「荷物を先に預けて来ます」
 蓬莱館へ到着した所で、修一はそう云い置いてセレスティとモーリスを起き、先に建物の中へ消えて行った。
「……ああ、」
「どうかされました?」
 不意に、セレスティが頷いた事に、モーリスが首を傾ぐ。──ふっ、とセレスティは笑みを浮かべた。
「──彼女もお出でのようですね、……結城・レイ嬢」
 意外な知り合いの気配を察知し、セレスティは妙に嬉しそうなモーリスへ目配せとも取れる視線を向けた。
「今現在、意識が無いようですが。モーリス、迎えに行って差し上げますか?」
「……ええ」
 それはもう、嬉々として──では無くて……、……畏まって、モーリスは軽く一礼して踵を翻した。
「……、」
 その、浮き浮きとした精神状態が主人には隠せないのが、モーリスといえども主従関係の現れた所だ。
「……彼女なら大丈夫でしょうが、……程々に」
 注意するのは良いが、総帥、微笑みを浮かべられたままです。然も、普通ならばそんな独白のように諭されても届きませんよ。
 ──つまりは、本心では無いと云う事で……。

 ■

「……ん────……、」
「……おや、」
 モーリスの膝の上で、少女がびろーん、と緩慢な伸びをした。
 気が付いたか、と首を傾いだモーリスは目を軽く細めた。人の膝の上で遠慮無しに伸びた反動で、ばさりと件の鬱陶しい、大量の前髪が顔から落ちて寝惚けた素顔を見せていた。
「……、」
 暫し、まともに目が合う。──と……。
「……はぁっ!?」
 俄に、膝の上の小さな身体はぴょこりと起き上がって覚醒した。
「何で!? 何であなたがここに居る訳!?」
「やあ、おはよう」
 にっこり、とモーリスは微笑んで見せ、明らかに顔色を一変させたレイの前髪へ手を伸ばした。
「触んないで──────!!」
 ──と、その手は無碍にも払い退けられる。
「酷いねえ、寝癖を直してあげようと思っただけなのに」
 ──して、モーリスの余裕も消えなかった。弾かれたように立ち上がったレイに目線を合わせるべく、折っていた膝を伸ばして立ち上がり、そのままでは身長差によって矢張り目線は合わないのでやや背を屈めて彼女の顔を覗き込むように微笑み掛ける。
「あなたに直されるくらいだったら一生寝癖付いたままの方がまし!!」
「……良いのかな? ……レイ嬢、目許が見えているよ?」
「は……、」
 モーリスの冷静な指摘に、レイの身体が一瞬にして硬直した。
「別に、私は構わないのだけれど? ねえ。素顔もなかなか可愛らしいですから」
「可愛くなんか無いッ!!」
 両手で慌てて前髪を直すレイの動作も声も、殆ど半分泣きが入っていた。──ただでさえ混乱状態にある所へ、宿敵の登場だ。直情的な歳若い(少なくともモーリスから見れば)女性の精神が錯乱するのも無理はあるまい。
 ──が、モーリスは元々、彼女の精神が錯乱はしてもこの程度の事で深く傷付くほど脆弱では無いと分かっているからして、にこやかな笑顔のままである。
「可愛らしいですよ。ょっと、気の強そうな感じがねえ。──そうそう、同じ様な目をした少年が居たけれど。彼もなかなか可愛らしかったけど、素直じゃない女性というのもまた、愛おしいですねえ」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「……、」
 この姦しい悲鳴には、流石のモーリスも閉口して肩を竦めた。
 レイは更に、へたりとその場に屈み込んだと思うと前髪の下に両手を差し入れて啜り泣きのような声を上げ始めた。
「もう、ちょっと勘弁して、私本当にこの顔大っ嫌いなのよ、顔の事云わないで!」
「……レイ嬢、」
 再び、片膝を付いて屈み込んだモーリスの笑顔には眉を軽く顰めた事による翳りが差していた。
 ──やった。
 内心、レイがニヤ、と笑みを浮かべた事は云うまでも無いが。……上手く相手の弱点に付け込んだ、と思えたのも一瞬の事だ。
「……医者に、嘘泣きは通用しませんよ?」
「……、」

 ■

「ああっ、……モーリスさん!?」
「やあ、ヨハネ君も一緒だね」
 モーリスは、ヨハネの見知らない──が、誰か似たような人間を知っていた気がする──少女と一緒だった。誰に似ていたのだろう……、と顔を良く見ようにも、彼女の前髪はやたらと長く目許を完璧に覆っていて、その術が無い。
 彼女は彼女で、ヨハネの傍らの二人に反応したようだ。
「あ、総帥に陵!」
「御機嫌よう、レイ嬢。あなたも療養にいらしたのですか?」
 麗人の御機嫌麗しい事は相変わらずである。
「んな訳無いでしょッ! 連れて来られたのよ!」
「それはお気の毒に。然し、中々面白い所ですよ。……ねえ、ヨハネ君?」
「……誰、あんた」
「失礼ですよ、仮にも神父様です」
 失礼千万なレイの呟きを鋭く窘めたのは修一だが、「仮にも」と云った時点で彼も同様に失礼だろう。──然し、叙階を受けた聖職者にしてはこの小柄な青い瞳の青年が、少年とも見える程に歳若い事を考えれば仕方の無い事だと笑って許して頂きたい。
「うわ、中国風神父様?」
「えええぇぇっ!? いえ、ああぁああのですね、ここここここれはそのおぉぉっ、宿の浴衣なので仕方無い訳で──、」
「──ヨハネ君、」
 やや礼儀に欠けたレイはどうせ自己紹介も忘れているだろうから、と適当な所でセレスティは片手をヨハネの肩に、もう片手をレイへ差し向けて微笑み掛けた。
「ヨハネ・ミケーレ君。修一君の仰るように神父様でいらっしゃいます。ヨハネ君、結城・レイ嬢です。東京でメッセンジャーをやっておられるのですが、……そう、あなたも良く御存じの磔也君のお姉さんなのですよ」
「は、何、あんた可哀相に、あの不良に何されたの!?」
「えええええええっ(滝汗!!? いえ、あのですね、そんな、磔也君とはお友達としてお付き合いさせて頂いておりますだけで、そんな、何をされたですとか……、」
「うわ、信じらんない、あれと友達!? ああ、流石神父様だわ、なんて慈悲深い人かしら」
「あぁあああの……ですね……、……ええと、ちらりとはお話を伺った事はございましたけれども……、……磔也君のお姉さんでいらっしゃるんです、よね? お世話になっております、あの──」
「って云うか総帥!」
「あら?(汗」
 俄に挨拶を躱されて、バランスを崩しかけたヨハネの耳許にセレスティはそっと「彼女が他人の話に耳を傾けないのは常からの個性ですから、気に為さらない事です」と囁いてから笑顔でレイに応えた。
「はい?」
「お願い、私を東京に帰らせて」
「……、」
「総帥なら出来るでしょ?」
 両手を祈るように組んで懇願する──然し彼女の立ち直りの早さを考えれば哀れを感じる程でも無いので──レイの希望は、麗しい財閥総帥の笑顔に拠ってあっさりと却下された。
「そう、お急ぎになる事も無いでしょうに」
「帰りたいの──!!!」
「──無駄ですよ、……何故ならば」
 とん、と肩に置かれたモーリスの手を邪険に払おうとしたレイの手は、それに続いた言葉を認識した途端に止まった。
「──既に結界の中ですね、……どなたかの」
「……は……」
「……、」
 黙したままのセレスティとモーリスは目線を交わした。
「……ええ。……そうですね。今のままでは、蓬莱館へも戻れないでしょう」
「ぇえええええっ!?」
「何それ!?」
 同時に声を上げた2人の内、然りげなくヨハネの肩にだけ優しい手を添えながらセレスティは目を細めた。

 ■

「……どうしてこう……好むと好まざるに関わらず僕のような平凡な人間が奇妙な出来事に遭遇しなくてはならないんですか……、」
 修一は、──流石に良い大人なので騒ぎはしないが、片手で目許を覆ったまま絶望的な声を発していた。
「今更それは云わない約束ですよ。……ねえ?」
 にこり、とモーリスが溜息を吐く彼に微笑み掛けた。この青年の心は忠誠心という物で以て既に主人の物であるからどうする気も無いが、それでも、好みの美青年が途方に暮れた様子を観察するのはその状況が深刻で無いならば楽しいものである。
 セレスティは整然とした言葉を続けていた。
「……逆に、結界で以て空間を崩す事も可能ですが、……術師に悪意は感じられません。そうであれば、強行手段に訴えるよりも、本人にお会いしてお話を伺う方が良いように思いますが……如何でしょう?」
「術師って……、……まさか、アイツ、」
 舌打ちするレイに、セレスティはやや表情を緩めて微笑み掛けた。
「お心当たりでも? ……先程、連れて来られた、と仰っていましたが」
「神父様」
 妙に明るい声で、レイは鉾先をヨハネに向けて彼をくるりと振り返った。
 この場合、セレスティを無視したと云うよりは寧ろ、現実逃避に走ったと見て間違いあるまい。
「は……はいぃっ!?」
 慌ててびくり、と肩を強張らせたヨハネの背筋を妙に冷たい物が走った。──きらきら、と彼女の目が絶望的に煌々しく輝いている様子が、前髪越しにも伺えるようだ。
「私を祝福して」
「ハイッ!? ……え、ぇええぇええ、あの、それはあの、僕は神父の端くれですので祝福は致しますけれども、あの、それにしても一体何を祝福すれば良いのでしょうか……(この状況下に於いて……)、」
「……、」
 ──くす、とモーリスが忍び笑いを隠すように片手を軽く口許にやった。弟と同じで、神経がキレると妙な形で現実逃避に走る彼女とこの際そのとばっちりを喰った、然し純粋で慈悲深い性格が故に生真面目にもまともに付き合わされる事となってしまったヨハネ君。
 興味深い光景だ。
 が、助け舟は出さない。何故って、観察していて楽しいもので。
「私……、」
 そう呟きながら、視線をヨハネから在らぬ中空へ移動させたレイの表情からは笑みが一瞬にして消え、その代わり殺気のような気配が発せられていた。
 「案ずる事勿れ、私である、恐れる事は無い」神に使える聖職者、某氏の言葉を借りれば「要は殴られても殴り返さねぇ類の人間」ヨハネさえ、その豹変ぶりには恐れを感じて2歩後ずさった。
「──一生、仏教なんか信仰するもんですか──!! 巫山戯んじゃないわよ勘違い仏教被れ! 何のつもりか知らないけど、こっちにはキリスト教徒が居るわよ、やるならやってやろうじゃない、宗教戦争するッ!?」
「あぁああああああの、駄目でございますよ、信教というものは自由に、各々の心の支えとなるべきものでございまして──それはそう、音楽も一緒ですけれどそのように──間違っても争いの種になってしまうなんて事は、何とも悲しい事でございます──」
「煩いッ! 神父なら黙って聞いてなさいよッ!!」
「ぇええええええええっ!?!?!?(滝汗)」
 それ、何か間違ってませんか……、──倖い、更に後ずさったヨハネのややぐらりと傾いた身体は、倒れる前に華奢な白い手、優美な財閥総帥の手に支えられた。
「ですから、お気に為さいませんように。神父様としては聞くに耐えない、悲しい主張かもしれませんがあの主張こそ彼女の信教のようなものなのです。黙って叫びたいだけ叫ばせて差し上げるのが、彼女への一番の祝福ですから」
「……、」
「……喧しい……、」
 手を額にやったまま俯いた修一へにこやかな笑みを向けようとしたモーリスは、その前に気配を感じて背後を振り返った。

「ZERO──、」

「……おや、」
 誰かが近付いて来る。──術師だ。
 然し、何とも派手な外見だ。背が高い、髪が生れつきならともかく、脱色した事が明らかな銀色、ついでに瞳も右だけ銀色、パンク被れとしか思えない服装に白いラバーソール、声がやけに良く通る上にイントネーションがおかしい。表情が、場にそぐわない程底抜けに明るい能天気な笑顔。顔立ち自体は端正だが、あのセンスは少し自分の好みからは外れるかも知れない。
 とかそういう事を余裕な精神で思うモーリスも、どこか常人離れしているようである(今更ですか?)。
「何や、まだ居ったんかいな」
「卍ぃ!! あんたね!? この結界とやら!」
「うんそう」
 振り返って卍、と青年を呼んだレイの表情たるや、確信犯でも「私に罪は無いのです、そうなんです」とモーツァルトのアリアでも歌いつつ逃げ出したくなるようなものだった、が、青年はあっさりと肯定した。
「いい加減に──」
「あ、や緊急事態よ緊急事態」
 にこにこと宣う青年、卍はあっさりとレイの怒りを賺して後、その視線をセレスティ、モーリス、ヨハネに向けてやや、狡猾な光を宿した目を細めた。
「まあ、良かったやん、生き倒れんで。……友達?」
「誰が(総帥と神父様はともかく、問題はもう一人だ)……──」
「ええ」
 ひょい、と軽く伸ばした手でレイの口を塞ぎ、モーリスは否定を皆まで叫ばせずに友好的に形作った笑顔を卍へ向けた。
「自己紹介は今更として、──まあ、レイ嬢にでも聞いて頂ければ良く分かる事ですからね」
「何ですってぇ!? 弟に妙な事吹き込もうとしてる極悪人とでも紹介されたい訳、あなた、」
 手の力を緩めてみれば、レイは(鑑賞する分にはそこそこ愉快だが)会話を中断させるしか能の無い云い掛かりでモーリスの言葉を遮ってしまう。閉口する代わり、彼は「ちょっと黙っていて貰えるかな」と第三者には魅力的な笑顔で彼女の耳許に囁き、ニヤニヤとしている青年へ言葉を次いだ。
「お聞かせ願えるかな、その、緊急事態とやらを」
「知りたい?」
「ええ」
 モーリスは、自身の背中に護るべき人達、──主たる財閥総帥と、繊細な青年神父の視線を受けながら微笑んだ。彼の緑色に輝く瞳は美しいが、然しそこだけは優美な笑顔の中でも笑っていなかった。
「危険が及んでからでは遅いのでね。──結界であろうと、緊急事態であろうと、悪意が在ろうと無かろうと、容赦せずに済むのは気が楽だけれど」
「あー、」
 動じない卍は、矢張り緊急事態とも思えない緊迫感に欠けた笑顔でそれに応えた。
「大丈夫よ、そんな物騒な事やないし。少なくとも、死人が出るとしたら『100年前の人間』な」
「……ん?」
 ──何の事、と問う前に、更に3人の男女が合流した事で、追求は一旦後回しになってしまった。

【XXX'】

 ──あのヴァイオリンを、元の姿へ戻してあげた理由ですか?

 ……いえ、ただの気紛れですよ。
 そうですね……主人も可能ならば音を聴いてみたいと仰った事ですし。
 興味はありましたよ。
 あまりに悪影響が酷いようでも、調和させる事は出来ますしね。

 ……ああ、……あと、彼、奏原青年もなかなかの美青年だったし。
 ちょっと古めかしい印象だけれど。
 ええ、何しろ、彼の生きた時代を知っている人間なもので。
 懐古趣味というのでも無いけれど、鑑賞には良いですよ、古風な美形というのも。

 楽しかったですよ?
 ……異界現象を目の当たりにした陵君の反応も見られた事だし。
 まあ、今回は主人の前ですから大人しくしていましたけれどね。あれで。
 ヨハネ君はともかく、レイ嬢は少し残念でしたねえ。
 ……またの機会にね?

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■   登場人物                  ■
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【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527 / ガードナー・医師・調和者】

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■         ライター通信          ■
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モーリスさんの倫理観が、好きです。
始めてお会いする気がしないのは、ええ、気の所為ですよね。
WRは勿論の事ですが、NPCもあれで喜んでいた筈なのです、遊んで頂いて。
予想以上にダブルノベルの取り纏め方がスケジュールの調整が難しくて至らなさに頭痛を覚えて居りまして。
そんな結果ノベルとなってしまいましたが、一文でも笑って頂ければ冥利に尽きます(何のか)。
どうも有難うございました……。

x_c.