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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


水辺に浮かぶ二つの奏鳴曲(ソナタ)
〜Capitolo della stella.〈月の章〉

V-a

 月の光に淡く照らし出された、夢見色の細い小道。
 冷たい空気の中に、都会では考えられないほど純な、様々なものの香りが漂っていた。
 ――富士山麓、ですか。
 正直、これほどにまで雰囲気のある場所だとは、始めは思ってもいなかった――否、そうであるとは思っていても、実際来てみて、初めて心の底からそう思えるようになっていた。
 その周囲を――桜並木を、セレスと共に、ゆっくりと散策して歩いていた。
 木々の間から、明るく踊る人々の、幽霊達の営みが見え隠れしている。
 そんな光景を、ちらりちらりと眺めながら、
「歌詞、誰が教えたんでしょうね。やっぱり、ユリウスさんですか?」
 考えながら歩くセレスへと、匡乃がふ、と微笑んだ。
 ――ウ・シャアヴテム マイム ヴェ・サソン ミ・マアイネ ハ・イェシュア
 異様といえば、異様な聞こえであるのかも知れない。
 聞えてくる歌詞は、ヘブライ語。
 当然、その辺の娯楽行事では、
 ……普通は皆、歌詞なんて知りませんからね。
「ええ、もしかしたら、瑠璃花さんかも知れませんけれどもね」
 匡乃の言葉に、セレスが答える。
「――どの道、たとえユリウスさんが皆さんにお教えになったのだとしても、多分ご本人は、歌っていらっしゃらないでしょうけれども」
 そのような事をすれば、まず間違いなく、周囲の皆さんから叱られてしまうでしょうし。
 ユリウスの歌声に関しては、セレスは直接聞いた事が無かったが、
 ――お可哀相に。
 その音感の無さには、麗花も、ついでにユリウスの弟子も、ひたすら嘆く事しかできないのだという。噂によれば、
 カラオケの機械も壊れてしまうほど、ですとかね。
「まあ、そうでしょうね」
 匡乃も匡乃で、丁度同じ事を考えていた。
 ……本当、他人を困らせるのが、お好きな方なようで。
 そういえば、妹も妹で、いつもいつも、
 ユリウスさんの話になる度に、色々と嘆いていますからね、汐耶も。
 曰く、本が帰って来ない、曰く、借りていった本を失くされた、曰く――、
「星月さん方も、散々なんでしょうね」
「実際、散々なようですよ。早く自立してもらわないと困ります!――と、この前仰っていましたし」
 主語は、ユリウスさんにばれると可哀相ですし、黙っておきましょうか。
 内心付け加えたセレスの言葉に、案の定匡乃も匡乃で、それ以上は聞こうとはしなかった。
 聞く代わりに、ふ、と立ち止まり、
 ――それにしても。
 閑話休題――元々本題など、ありはしなかったのだが。
「それにしても、若い人達は、元気みたいですけれどもね」
「匡乃さんも、十分若いではありませんか」
 マイムマイム特有の囃子が響き渡る中、匡乃の苦笑に、セレスが微笑む。
「ユリウスさんも、随分と元気なようですけれどもね」
 微笑んだまま、そう続けた。
 指運動の慣れのためか、回を重ねる毎に、自然と速さを増してゆく、麗花の吹き鳴らす旋律に、
「ええ、とても元気なようで、何よりです」
 翻弄されているユリウスは、
 ……きっと、明日の朝も寝坊して、叱られてしまうのでしょうね。
 匡乃も思わず、納得してしまう。
 納得し、頷いた瞬間、
「……ほら、帰っていきますよ」
 ふと、空を目指すかのように消えてゆく遠い輝きに、視線を辿らせる。
 その帰り先が、どこであるかは、わからないにしろ。
「随分と、楽しそうですね」
 どうやら彼等には、
 ――行くべき場所が、あるようですから。
 見つめるその先で、次第に舞い行く光の数は多くなる。
 舞踊が賑やかになればなるほど、天へと帰る幽霊の数が増してゆく。
 ……そんな光景を、どこか幻であるかのように見やりながら、
「お酒でも、持ってくれば良かったでしょうかね。まさか桜が咲いているだなんて、思ってもいませんでしたよ」
 何の前触れもなく、呟いた。
「ええ、私も――思っても、いませんでした」
 桜の絨毯の上で、季節外れのお花見を。
 それもそれで、楽しかったのかも知れない。
「まあ、今更嘆いても、仕方ありませんよね」
「ええ、でも匡乃さん――」
 でも、
 ――この、異国情緒も、
「今夜限りでしょうね」
 それも、あの女性の幽霊が、天へと帰るまでの話。
 結局のところ、あの女性と桜の花とに――そうして、水辺とに、どのような関わりがあり、因縁があったのかは、はっきりとしなかったものの、
「……やはり、そうなのですか」
「ええ、多分」
 あの女性が天へと帰れば、多分この桜景色は、ただ春の夜の夢の如く、消え去ってしまうであろう事には、容易に想像がつく。
 ある意味これは、最近東京に数多く報告される、異界現象にも似たようなもの。
「一夜だけの、夢ですよ」
 一夜だけの。
 ああ、でも――、
 そこまでふと、考えて。
「……セレスさん?」
 セレスがやおら、腰を折る。
 ――静心なく散り行く桜と、世界中を包み込む、大地の花弁にそっと手を触れさせて。
「何か、ありました?」
「いえ――、」
 掬い上げた花弁が、夜風にやわく、輝いた。
 セレスはそのまま、月の光に、目を細め、
「お土産に、この夢を持って帰れたらな、と」
 いつもであれば、あまり考えないような言葉を呟いた。
 ――どうせなら、と、そう望んだ、匡乃の言葉に、
 そうですね、どうせなら、
「ヴィヴィも喜んで下さったのではないかと、そう思ったんですよ――、」
 あなたと一緒に、ここに来る事ができれば良かったですのにね。
 想わされたのは、あまりにも甘やか過ぎる、恋人の――あの人の、屈託の無い微笑みであったのだから。



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            I caratteri. 〜登場人物
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<PC>

★ セレスティ・カーニンガム
整理番号:1883 性別:男 年齢:725歳
職業:財閥総帥・占い師・水霊使い

★ 綾和泉 匡乃 〈Kyohno Ayaizumi〉
整理番号:1537 性別:男 年齢:27歳
職業:予備校講師



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          Dalla scrivente. 〜ライター通信
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 まずは長々と、本当にお疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はご発注を頂きまして、本当にありがとうございました。まずは心よりお礼申し上げます。

 このお話の方は、前編後編の二編で構成させていただきました。この後半は、主に麗花の修行……と申しましょうか、そちらがある意味では軸となるはずでもあったのでございますが、何せ日々サボり癖が酷くなるどっかの誰かさんのせいで結局はカリキュラム(笑)も組まれていなかったようですから、そういう面では、どうだったのかなぁ、と、麗花に同情したくなるような気もあったりするのでございますが……。
 それでも、皆様色々とお気遣い下さりまして、麗花としましても、そういう面では非常に為になったのではないかな、と思われます。
 ちなみにユリウスは、フォークダンスの果てに疲れ果てて死にそうになってしまったようです。もうかなりの歳になりますのに、無理をするとこうなるのでございますね。……普段の酬いで、あるような気も致しますが。
 本編も含めまして、ここで明らかにされなかった部分も少々残ってはおりますが、そのところは、個別の方で、色々と明らかにさせていただいたつもりでおります。もし余力のある方がいらっしゃりましたらば、他の方の個別もお読み頂けますと幸いでございます。所々話が繋がる部分もある事と存じますので……。

 では、今回は、この辺で失礼致します。
 何かありましたら、ご遠慮なくテラコン等よりご連絡をよこしてやって下さいませ。

 またいつか、どこかでお会いできます事を祈りつつ――。


13 maggio 2004
Lina Umizuki