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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


余暇の過ごし方

 2、孤高の講師

 全ては退屈しのぎだ。
 辰巳は部屋にいるつもりも、謎を解くつもりも無かった。ゆえに散策するつもりもない。
 メモはポケットに入れたまま、広げようともしなかったし、探さないから必要もなかった。
 無論、不老長寿にも興味が無い。あるのは、水を飲んだ者に起きる変化だった。
 空き缶を手に玄関を出た辰巳は、ざっと周囲を見回した。
 白い砂利敷きの庭と、敷地の境界である細い竹藪。片隅には、小さなひょうたん池があり、羽を広げた像がその中央に建っていた。
 が、肝心な井戸はない。
 辰巳は勘で、東へ足をのばした。外壁に沿って歩き、そしてすんなりと、目的のものを見つけたのである。
 地面に埋まった煙突のような円形の石組。
 その傍らに大きな御影の玉石を抱えた龍の像が佇んでいた。
 辰巳は、石の縁から中を覗き込んだ。真っ黒な穴の底に、揺らぐ水が見える。
「これか……。まぁ、毒味は草間だ。どんな水でも僕には関係ない」
 そう言って、井戸の真上にぶら下がる木桶を、下に落とした。
 ジャボン。
 と、水の跳ねる音がして、手にずっしりとした感触が伝わる。
 辰巳はそれを引き上げると、空き缶の三分の一程、水を注いだ。
「暇つぶしにもならんな」
 造作もなく手に入った井戸の水を提げ、辰巳は踵を返した。
 そこで、異変に気付いた。来るときにはなかったものが、池の前に横たわっているのだ。
 直ぐに、涼だとわかった。
 丸くなって、すやすやと眠りこけている娘を見下ろす。
「……なんでこんなところで寝ているんだ」
 辰巳は言った。
 砂利の上で寝る、年頃の娘。
 場所を選ばずしゃがみこむ学生なら、毎日のように見ている辰巳だが、こう無防備に、ベンチでもなければ芝生の上でもない、冷たい地面の上で寝入る娘は稀だ。
(まぁ、どこで誰が寝ていようと、僕には関係ないがな)
 辰巳は涼に背を向けた。
 関わるのは面倒だし、関わりたいとも思っていない。だが──
 辰巳は舌打ちした。
 これでうっかり風邪でも引かれようものなら。
 それを自分が見ていたと、ばれようものなら。
 やれキミのせいだの、冷たい男だのと、おおげさな言いがかりを、つけられかねない。
 どちらがより面倒なのかを考えると、ことが起きる前にその原因を取り除いた方が楽そうだ。
 辰巳は、上着を脱ぐと涼の体にかけた。それが精一杯の優しさであった。
「風邪を引くぞ」
 と、言ったあと、なんだか急に馬鹿馬鹿しくなる。
 他人を心配してやることなど、辰巳の哲学からは少し外れていた。
(酒でも飲むか)
 辰巳はロビーに戻るなり、旅館やホテルにありがちな、バーを探した。
 あまり期待はしていなかったが、小さな隠れ家のようなものが、あるにはあった。一際、薄暗い照明とネオン。黒いスモークの貼られたドアから、中は伺えない。
 辰巳は、ノブに手をかけた。
 ガチャリと音がして、扉が開く。
 通路より、さらに暗い店内。左手に小さなカウンターがあった。テーブル席は全部で三つしかない。そして、やはり無人であった。
(部屋にいるよりは、ましか)
 辰巳は、カウンターについた。間接照明に照らされた、棚のボトルを見る。酒は一通りこなしてきたつもりであったが、ここにあるものはどれも見知らぬラベルが貼られていた。
 上から二段目の左端。未開封のコルクがついた、黒いボトルに目をとめた。
 辰巳はちらりと後ろを見やった。
 誰もいない以上、自分で取るしかないと思ったのだ。
 だが、その必要は無かった。
 こと、と小さな音がして、辰巳は顔を戻した。そこにボトルとグラスが置かれていた。すでに封が切られている。
 辰巳の目が、カウンターの中を探った。
 誰も、いない。
「客として認められたのなら、遠慮はしないが」
 コトッと。
 辰巳の左で、また音がした。少し離れたカウンターの上に、ナツメの乗った小さなガラス皿が置かれている。
「これが、つまみか?」
 そして、目を戻すと、今度はグラスに酒が注いであった。
「まぁ、暇つぶしにはちょうど良い」
 辰巳は酒を光に透かした。琥珀色の液体が、グラスの中で揺れる。
 口をつけると、その味はウォッカのようでもあり、ブランデーにも似ていた。どの酒にも似ているが、どの酒にも似ていない。まったく味わったことのない酒だ。だが、思わずラベルに目を走らせるほど美味かった。
 ボトルを半分ほど減らしたところで、辰巳は席を立った。
 時間の流れが、わからなくなっていたのだ。
 ドアを開け、カウンターを振り返る。そこにあった酒は、棚に戻っていた。
 奇妙な店だった。
 ロビーへ戻った辰巳は、そこで見知らぬ青年と出くわした。
 青年は水干服を着た小さな男の子を背負っている。熟睡しているようだ。身じろぎもしない。もう一人、巫女姿の小さな女の子もいるが、こちらもかなり眠そうであった。
 三人を一瞥、辰巳は通り過ぎた。
「悠ちゃん、眠いです」
「一度、武彦さんのところへ寄ってから部屋に戻りましょう」
 二人の会話に知った名前が聞こえたが、辰巳は立ち止まらなかった。
(僕には関係ないさ)
 そう、思っただけである。



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■   登場人物                  ■
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【整理番号(昇順表記) / PC名 (年齢) > 性別 / 職業】


【2681 / 上総・辰巳 / かずさ・たつみ(25)】
     男 / 学習塾教師


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■          あとがき           ■
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 こんにちは。紺野です。
 この度は、高峰温泉へのご参加ありがとうございました。
 いつもと形式が違うので、微妙に戸惑いつつの執筆でしたが、
 いかがでしたでしょうか。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 なお、個別についての補足です。
 共通ノベルの『2』が無いことにお気づきかと思いますが、
 そこが個別として、皆様のお手元に向かっております。
 行動のかけ方による、それぞれのシチュエーションや文章量は、
 参加くださったみなさま全員が、同じではありませんので、
 どうか、ご了承くださいませ。

>辰巳さん(個別キーワード『酒』)

 危険が無いならと言うことでしたので、
 流れに乗って、東の水を飲んでいただきました。
 ロボ化ですみませぬ〜f(^▽^;