 |
キラキラ
◆
静かな川のせせらぎの音と共に、虫の鳴き声が聞こえてくる。
夏にはまだ早いこの時期、だが空気には青い葉の匂いが漂い、季節が変わりつつあることを教えてくれる。
中天に昇る満月。明るすぎる夜に、星はつつましくまばらに輝いていた。
――そんな風景を個室の縁側に佇み、モーリスは一人眺めていた。
温泉から戻り、着替えた浴衣のすそを涼しい風がかすめていく。
「あれ、モーリスさーん!」
向こうの庭へと歩いていく人影が、モーリスの姿を見止めて手を振る。
「これから中庭で花火やるんです、みんな集まってますよ〜!」
……だが、今日ばかりは誘いに応じる気分になれなかった。
笑顔で、だが無言のままモーリスが手を振り返すと、彼女は少しばかり首をかしげつつも、すぐに友人たちときゃらきゃらさざめきながら行ってしまった。
再び訪れた静寂。
スッと笑みを表情から消したモーリスは、部屋の明かりをつけぬままじっと虫の声に耳を済ませていた……。
と。
「失礼します、お布団のご用意を……」
部屋のふすまがすらりと開いて、顔を出した者があった。
「あ、ごめんなさい。お部屋の明かりがついていなかったから、どなたもいらっしゃらないかと」
「……蓬莱さん」
現れたのは、先ほどまで行動を共にしていた蓬莱だった。
モーリスの視線を受け、お客さま? と華やかに微笑む。
「どうかなさいました? お腹がお空きでしたら、お食事ご用意しますけど」
「……いえ、その、浴衣が慣れてなくて」
思いがけない突然の再会に言い訳が思いつかず、モーリスは適当な答えを返す。
すると予想外の反応が返ってきた。
「そんなことないですよ!
あの、その浴衣は元からこの蓬莱館にあるものなんですが、まるでお客さまのために用意してたみたいにピッタリです!」
必死な物言いに、モーリスは思わず微笑んでしまう。
真剣そのものな蓬莱の表情は、彼女の本意を言葉以上に伝えてくれた。
ありがとう、と笑うと、その薄水色はお客さまに本当によくお似合いです、と照れたように答えた。
――つかの間流れたのどかな雰囲気。
ふと、モーリスは尋ねた。
「蓬莱さん、犬はお好きですか?」
「犬ですか? ええ、好きですよ?」
「じゃあ、飼うとしたら……どんな犬がいいですか?」
唐突な質問に、蓬莱はしかし首をひねりつつ真剣に考えている。
「そうですね、特別な犬でなくてもいいかな。毛並みは茶色で、出来れば子犬から……。
その、犬は大好きなんですがこれまで飼ったことないんです、一度も」
「そうですか」
微笑んだつもりだったが、どこか痛々しげだったのかもしれない。
モーリスの表情を見つめていた蓬莱の顔が、ふと陰った。
「あの。どうか、なさったんですか? ……もしかして、私が何か気づかぬうちにご無礼でも」
「蓬莱さん」
彼女の言葉を遮ってモーリスは彼女に近づく。
そして彼女の前に立ったモーリスは、そっとその手を取った。
「蓬莱さん。少しだけ、目をつぶっていただけますか?」
「え、は、はい?」
「そして腕を……そう、何かを抱えるように組んでください。そう、そうです。
いいですか、今からあなたの腕の中に幸せを運んで見せます。1、2……はい、どうぞ目を開いて?」
そっと目を開いた蓬莱は感嘆の声をあげる。
その腕の中にあったのは、こぼれ落ちるほどたくさんの咲き乱れた花々だった。
「すごいです、あの、ありがとうございます!」
腕の中の花に負けないくらい可憐に、蓬莱はモーリスに微笑みかける。
どういたしまして。そう優しく応じながらも、胸の内でモーリスは別のことを思う。
――その腕に抱くのは、やはり花の方がお似合いですよ、蓬莱さん。
哀しい運命を背負った少女に、ささやかながらの祝福を。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物 ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、つなみです。この度は発注いただき誠にありがとうございました。
実は今回、私にとって初の多人数ゲームノベルでした。
そして図らずも、発注していただいた方々が「これは」と唸る方々ばかりで……!
口幅ったい言い方ながらも、「この話を書く為に集まってくださった方々だなあ」と思ってしまいました(笑)
今回は皆様のキャラクターに助けられた部分が大きいと思います。
本当にありがとうございました。
ライターとしては、せっかくのこの魅力を殺さないよう、精一杯努めさせていただいたつもりです。
モーリスさん、再度のご依頼ありがとうございます。
またご依頼いただけて、本当に嬉しいです。ありがとうございました〜
ご期待に添えられましたでしょうか? 今はただドキドキするばかりです。
モーリスさんなら、蓬莱嬢に最後なんと言葉をかけるかなあ、と考えるうちにこんなラストになりました。
モーリスさんしか出来ない、そして「らしい」ラストを書けたと自分では思っているのですが……さていかがでしたでしょうか?
本編含め、もしご感想やご意見などありましたらぜひお聞かせいただけると嬉しいです。
もしまた機会がありましたら、ぜひお立ち寄り下さいませ。
またお会いできることを願っております。それでは、つなみりょうでした。
|
|
 |