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キラキラ
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「……はい、おしまい!」
私が帯をぽんっと叩くと、椋名はちょっと苦しそうに息を漏らした。
……あれ、ちょっと帯をきつく巻きすぎちゃったかな。
私はそう思ったけど、もう一回やる自信はなかったから、知らんぷりしてしまった。
私が見立てた、渋い紺の縁取りの浴衣。真っ黒で、長い髪の椋名にはすごく良く似合ってる。
男の人が浴衣を着ると少しだけ大人っぽくなるんだ、そんなこともちょっぴり思った。
私たちは蓬莱館に戻ってきていた。
くたくたに疲れた体を温泉で癒して、美味しい料理をお腹一杯たべて。……それでもまだ夜はながくて、私と椋名は着替えて散歩することにして、浴衣を引っ張り出してきた。
「柚木、お前って浴衣の着付けなんて出来たのか」
不思議そうな顔で振り向く椋名。私は得意げに言った。
「任せて! あのね、さっき着付けを教えてもらったの」
「誰に」
「えっと……蓬莱さんに」
知らず知らず沈んでしまった私の声。少しだけうつむき加減になってしまった私の頭を、椋名はよしよし、と小さな子供になるような仕草でなでた。
むっつりと、黙ーったまま。
その顔がおかしくて、私はいつの間にかまた笑っていた。
「……何がおかしいんだよ」
「だって、椋名のその顔」
そんな私に、椋名は怒ったように顔をふいっ、とよそに向けると、すたすたとどこかへ向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと椋名、どこ行くの?」
慌てた私に、椋名はぼそっと言った。
「せっかく浴衣着たんだ、二人で花火でもしようぜ」
二人で手をつないで、ずっとてくてくと歩いて行って。
やがてたどり着いたのは、穏やかに流れる川辺だった。
見上げた空には、明るいお月様が昇っていた。静かな光の下、ふと見れば小さな明かりが一つ二つ、辺りを漂ってる。
……蛍だ!
私は驚きの声をあげそうになって、慌てて口をふさぐ。
「柚木、お前蛍って見たことあるか?」
「ううん、今初めて見た。綺麗だね」
風が静かに吹いていた。気持ちのいい風だったけれど、椋名が取り出した線香花火をやるには、少し強かったみたい。
なかなか点かないマッチに、椋名は一生懸命だった。
手伝おうか? そう言うと、椋名はムッとした顔で返す。
「柚木はそこで見てろ」
……そういえば、椋名は子供の頃いつもこんなだったな、なんて私は思い出していた。
いつも怒ったような顔をして、負けず嫌いで、そして優しくて。
私たちは、いつも一緒だった。手をつないだのなんて何年ぶりだろう。
「柚木、点いたぞ」
赤い顔をして椋名が差し出した線香花火を、私はそっと受け取った、……つもりだったのに、手渡された瞬間に花火はぽとりと落ちてしまう。
「……オイ、何やってんだよ柚木……」
「ご、ごめんね椋名」
怒られて、咄嗟に泣いてしまいそうになった私を、椋名はじっと睨みつけた。
「……そんなことで泣くなよ」
「泣いてないもん」
――もう一度手渡してもらった花火は、今度は上手に受け取れた。
私と椋名がじっと見つめる中、ジジジ、と音を立てて小さく火花を散らしている。
「……ね、椋名」
「……んだよ」
「みんな、忘れちゃうって悲しいね」
何て言ったらいいか分からなくて、私はそれだけ、ぽつりと椋名に言った。
さっきの地下廊での事を思い出すと、なんだか私まで辛くなりそうだった。
それに、さっき。
……さっき、浴衣の着付けをしてもらおうと思って、私は誰か出来る人を捜してた。
そう、本当は自信がなかったから誰かにやってもらおうと思ってた。
そんな時、ホールで会った蓬莱さんは、浴衣を持ったままおろおろしてる私に笑いかけてくれた。
『よろしければ私が着付けをお教えしましょうか、お客さま?』
――蓬莱さん、可哀想だね。
そう椋名に言いたかったけれど、でも……私は蓬莱さんじゃないから、そんなこと言っていいのか分からなくて、言えなかった。
と、椋名がぽつりと言った。
「俺は、お前のこと忘れたりしねぇから」
線香花火がぽとりと落ちた。
満月の下、蛍の光が辺りを漂う中。
――私はちょっとだけ、樹希に後ろめたい気持ちになった。
「ありがとう、椋名」
そして、椋名が側にいてくれて本当に良かった、と思った。
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■ 登場人物 ■
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【1932 / 秋元柚木 / 女 / 16歳 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、つなみです。この度は発注いただき誠にありがとうございました。
実は今回、私にとって初の多人数ゲームノベルでした。
そして図らずも、発注していただいた方々が「これは」と唸る方々ばかりで……!
口幅ったい言い方ながらも、「この話を書く為に集まってくださった方々だなあ」と思ってしまいました(笑)
今回は皆様のキャラクターに助けられた部分が大きいと思います。
本当にありがとうございました。
ライターとしては、せっかくのこの魅力を殺さないよう、精一杯努めさせていただいたつもりです。
今回、柚木さんには普通の女の子らしく活躍していただきたいな、と思いこんな感じになりました。
女々しくなりすぎず、かといって可愛らしさを失ってほしくなかったというか……
たぶん、一行の中ではある意味一番強い存在だったんじゃないか、そう思います。
柚木さんの明るさに随分助けられてました。(そして書き手としても・笑)
あと、個人ノベルの方ですが、弟の椋名さんとリンクする内容になっています。
機会がありましたらそちらの方もチェックしていただけるとより楽しんでいただけるかな、と思います。
ご意見、ご感想などありましたら聞かせていただけるととても嬉しいです。
お気軽に、どうぞお寄せくださいね。励みになりますので〜
それでは、またお会いできることを願っております。つなみりょうでした。
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