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キラキラ
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蓬莱館に戻って数刻。
温泉に入ってさっぱりした後、俺たちは部屋で浴衣と悪戦苦闘していた。
「……はい、おしまい!」
強く背中を叩かれ、俺は軽く咳き込んだ。
むっとして振り返ると、柚木は向こうを向いて着付けの後片付けをしていた。
桃色の浴衣は柚木に良く似合ってる、と俺は思ったが……そんなこと言えるか。
それに……ま、面倒だったしさ。
と、振り返った柚木と視線が合う。
なぜか俺は何か言わなくてはいけない気がして、そうしたらどうでもいいことを尋ねていた。
「柚木、お前って浴衣の着付けなんて出来たのか」
と、柚木は長い髪をかきあげ、照れたように笑う
「任せて! あのね、さっき着付けを教えてもらったの」
「誰に」
と、柚木は困ったような顔をして肩を落としてしまう。
深い意図もなく聞き返した言葉だったが、柚木が予想外の反応を見せるので俺は慌てた。
「えっと……蓬莱さんに」
俺は固まった。
どうしたらいいか咄嗟に分からなくて……しょうがねぇから俺は、柚木の頭をなでてやる。
……何やってんだ、俺は。
バカなことをしている自分自身に、俺は不機嫌になった。
と、俺を見上げる柚木がふふ、と笑う。
「……何がおかしいんだよ」
「だって、椋名のその顔」
視線にいたたまれなくなった俺は、柚木に背を向け歩き出した。
「ちょ、ちょっと椋名、どこ行くの?」
……あーもう、面倒くせぇなぁ。
「せっかく浴衣着たんだ、二人で花火でもしようぜ」
適当な提案だったが、俺にしては意外と名案だったかもしれない。
柚木が嬉しそうに手を握ってくるのを、俺は拒まなかった。
蓬莱館から出て、やがて俺たちがたどり着いたのは、小さい川のほとりだった。
空には満月が昇ってるから結構明るいし、帰り道も迷うことはないだろ。
……と、俺の鼻の先を小さな光がかすめる。
良く見れば、周囲にも一つ二つ、かすかな光が明滅していた。――蛍、だ。
「柚木、お前蛍って見たことあるか?」
ほとんど独り言のように小さく言ったが、柚木はどうやら俺の言葉をしっかり聞いていたらしい。
「ううん、今初めて見た。綺麗だね」
そう言って笑う柚木に返す言葉がなくて、ただ俺はそうだな、と頷いただけだった。
川原に降り、先ほど売店で買った線香花火を取り出す。
さっさとやって帰ろう、そう思いながらマッチをこすったが、思いに反して火はなかなかつかなかった。
ムカついて何度もこすっていると、柚木が俺の顔をのぞいてくる。
「手伝おうか?」
「……柚木はそこで見てろ」
そっちの方がよっぽど面倒くせぇんだからよ。……ほらどうだ。
「柚木、点いたぞ」
が、その花火の火を柚木はすぐ落としやがった。
「……オイ、何やってんだよ柚木……」
「ご、ごめんね椋名」
確かにかなりムカついたが、たかがそんなことで涙ぐんでいる柚木に、俺はただ脱力した。
「……そんなことで泣くなよ」
「泣いてないもん」
良く考えたら俺の力で火を起こした方が早いんじゃねえのか、と気がついたのは、2本目の線香花火に火が点いてからだった。
嬉しそうな顔をして花火を見つめる柚木を、俺はただぼんやりと見ていた。
椋名もやろうよ、と柚木は言うが、花火なんかに俺は正直興味がない。
それにどうせやるなら、打ち上げ花火みたいな派手な方がいいと思うしさ……。
「……ね、椋名」
と、花火を見つめたまま、柚木がぽつりと言った。
「……んだよ」
「みんな、忘れちゃうって悲しいね」
……先ほどの蓬莱とのことを思い出してるんだってことは、俺にだって分かった。
たぶん、柚木は考えたことや思ったことを、一人で抱えきれなくなったんだろう。
どうにかなぐさめてやりたかったが、俺に気の聞いた言葉が言えるはずもなく、俺は、ただ一言吐き出しただけだった。
「俺は、お前のこと忘れたりしねぇから」
それでいいだろ、と言うと、柚木は顔を上げてありがと、と笑った。
「椋名が側にいてくれて、本当に良かった」
見れば柚木の持っていた線香花火はとっくに落ちていた。
俺は次の一本を手渡そうとして、ふとどっかで見た恋愛映画のくだらねぇセリフを思い出していた。
『花火は、消えるから美しいの。けれど私が忘れなければ、私の中で永遠に残る』
――別に感傷に浸ったつもりはない。
けど、俺は柚木としたこの花火をずっと覚えていよう、となんとなく思っていた。
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■ 登場人物 ■
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【2912 / 秋元椋名 / 男 / 16歳 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、つなみです。この度は発注いただき誠にありがとうございました。
実は今回、私にとって初の多人数ゲームノベルでした。
そして図らずも、発注していただいた方々が「これは」と唸る方々ばかりで……!
口幅ったい言い方ながらも、「この話を書く為に集まってくださった方々だなあ」と思ってしまいました(笑)
今回は皆様のキャラクターに助けられた部分が大きいと思います。
本当にありがとうございました。
ライターとしては、せっかくのこの魅力を殺さないよう、精一杯努めさせていただいたつもりです。
今回、椋名さんには柚木さんの護衛役として活躍していただきました。
何だかんだ言って柚木さんのことから目が離せない、そんな様子が描写出来ていればな、と思うのですがさていかがでしたでしょうか?
それと、個人ノベルの方は柚木さんの内容とリンクするものになっています。
機会がありましたら、そちらの方もチェックしていただけますと嬉しいです。
読んだ後のご意見、ご感想などありましたらぜひお寄せ下さい。
今後の参考にさせていただきます。どうぞお気軽に〜
それでは、またお会い出来ることを願っております。つなみりょうでした。
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