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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


余暇の過ごし方

 2、想酒

「酒がないな」
 メモをテーブルに置くなり、慶悟は言った。
 備え付けの冷蔵庫を期待していたが、それが見当たらない。   
 しばらく考えた末、ロビーへ向かった。
 自動販売機、売店、何でも良い。
 とにかく、アルコールが並んでいる場所を探した。
 そしてまもなく、どこをどう折れたのかわからない廊下の突き当たりに、バーを見つけた。
 一際、薄暗い照明。電飾のネオンがジジジと鳴いている。
 酒を探して、バーにたどり着いた。『棚からぼたもち』とは、このことだ。
「時を気にせず、酒に溺れる。それが出来るのも、旅の醍醐味だ」
 慶悟の声に、嬉々とした明るさが乗った。
 扉上部の小さなはめごろし窓には、黒いスモークが貼られている。中を窺うには、開けるのが一番であると、慶悟はそのドアを開いた。
 通路よりも、さらに暗い店内。左にカウンター、それにテーブル席が三つ。
 間接照明に照らされた棚に、ズラリと並んだボトルが、慶悟の足を進ませた。
 なんとも隠れ家的な匂いのするバーだ。
 カウンターについた慶悟は、棚のラベルをザッと見流した。
 何が書いてあるのか。それがどこの国の言葉であるのか。
 まったくわからない。
 見たことのある酒は一つも無かった。
「さて。どうするか」
 未開封のコルク。黒ずんだ赤いボトルが気にかかる。
 果たしてあの酒は美味いのか。
 注文しようにも、バーは無人である。
 いや、ぼそぼそと声はするが、例によって姿が見えない。
 ちらりと、慶悟はテーブルを振り返った。
 誰もいないのなら、自分で取るしかないだろう。
 そんなことを考えていた慶悟の耳が、コトッと言う小さな音を捉えた。
 顔を戻して、ぽかんとする。
 カウンターの上に、グラスと赤いボトルが置かれていた。
 棚の空白と見比べ、慶悟は思案に暮れる。
「単なる歓待か。それとも、飲んだ者を不詳に陥れる為の罠か」
 まぁ、飲んでみればわかるさ。
 慶悟はそんな笑みを浮かべて、封を切った。
「とは言え、コルク抜きは必要か……やはり、中へ入るしかないな」
 カウンターの裏へ。
 回り込んだ慶悟は、ボトルに起こった異変に気付いた。
 今度は、コルクが抜かれ酒が注がれている。
「……なるほど。客は客らしくしていろと言う事か。すまない」
 僅かに苦笑を浮かべ、グラスの前にもどる。
 琥珀色の液体を透かすと、その向こうに色とりどりのラベルが見えた。
 年代のわからぬ酒だが、痛んでいる気配は無い。
「とにかく、飲んでみるとしよう」
 慶悟は、グラスをあおった。
 ウォッカのようでもあり、ブランデーのようでもある。どの酒にも似ているが、どの酒にも似ていない。
 だが、思わず唸るほど美味かった。
「謎解きを終えてから、来るべきだったか」
 慶悟はそう言って苦笑した。
 メモを置いてきたことを後悔する。
「名残惜しいが、一杯だけに留めておこう。ここで溺れては、救助の船も気付かないだろうからな」
 まるで惚れた女を愛でるような目つきで、慶悟はグラスを眺めた。
 ゆっくりと時間をかけて飲み干したあと、後ろ髪を引かれる思いでカウンターから離れる。
「願わくば、『クイズ』のあとの褒美に、また逢えんことを」
 冗談めかして振り返ると、そこにボトルはなかった。
「振られたか」
 慶悟は肩をすくめた。
 他に、酒を見つけることは出来なかった。
 いたしかたなく、部屋へ舞い戻る。
「謎解きに専念しろと、言うことか」
 置き去りにしたテーブルの上のメモ。
 持参していれば、もう一杯ぐらいは。
 だが、後悔は先に立たず。慶悟は扉を開け、そこにあるものに、またしても言葉を失った。
「トリックがあるなら、教えて貰いたいところだ」
 バーで別れたボトルとグラスが、メモの傍らに置いてあった。
「飲めと言うなら、飲まない手はない。有り難くいただこう」
 再会を喜びつつ、なみなみと液体を注ぎ入れる。
「さて。楽しくなってきたな。折角の謎解きだ。酒の肴に考えてみよう」
 やや、本末転倒ではあるが。
 慶悟はメモと向かい合った。
「不老長寿の霊験は別に欲する所では無いが、五臓六腑にくぐらせよと言われれば、酒を嗜む者としてやはり堪らぬものがある、だろう? 染み渡らせたいと思うのが人の常、いや酒飲みの常か」
 そう言って慶悟は、グラスをあおる。
 あれよ、これよと言い訳しては、杯を増やすのも酒飲みの常だ。
「十二が光を好む花。三が時を知らず──老いることの無いゼンマイ仕掛け。六が縛る事のできぬ四足の獣……」
 鼻をくすぐる数多の匂い。
 するりと腕をくぐり抜けるそれ。
「女心──と風と猫、は縛る事が出来ない、と言うからな」
 慶悟は、フと微笑む。
「九が疲れ易い……。時を早め……られた、即ち老いたという事か。汝変化を欲するならば。口にする事で変化が起きる……そう考えたら、何だか飲みたくなくなって来た」
 ボトルから酒をつぎ足しながら、読めるようで読めないラベルを何気なく眺める。
「この酒に、妙な効果はないだろうな」
 あったところで、今更止める気は無いのだが。
 慶悟は煙草を取り出し、それを唇に挟んだ。
 美味い酒と、愛用の煙。
 華やかさには欠けるものの、楽しい時であるには違いない。
「だが、十二の時は十が真実、という疑問が残るな。方位からすると西北西だが……ずれていると言うことか?」
 コツコツと、ノックの音がした。
 慶悟の部屋では無い。
 隣の──草間の部屋だ。
 誰かが訪ねてきたようだが、とうに草間は外出している。
 慶悟は、くわえ煙草のまま、通路に顔を出した。
 長身の青年と、二人の幼い子供が立っている。
 その顔には、見覚えがあった。
 斎悠也だ。
「草間なら、出かけたようだが……」
「そうですか。高峰さんから、武彦さんを訪ねるよう勧められたのですが」
 指に煙草を挟み、煙を僅かだが下向きに吐く。
「ああ、例の話か。草間がメモを持ってる。二人で動いているからな。一枚余計にあるだろう。宿の周りにいるはずだ」
「分かりました。行ってみます」
 悠也の背を見送りながら、慶悟は再び煙草をくわえた。
「俺のを斎に、と言う手もあったか」
 謎はほぼ解けた。答え合わせは、宴で出来る。
 慶悟は振り返り、テーブルの上のボトルを見た。
「しかし、不思議な酒だ。飲めど酔うのは気ばかりか……」
 慶悟は、残りの酒を片づけにかかった。



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■   登場人物                  ■
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【整理番号(昇順表記) / PC名 (年齢) > 性別 / 職業】


【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師


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■          あとがき           ■
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 こんにちは。紺野です。
 この度は、高峰温泉へのご参加ありがとうございました。
 いつもと形式が違うので、微妙に戸惑いつつの執筆でしたが、
 いかがでしたでしょうか。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 なお、個別についての補足です。
 共通ノベルの『2』が無いことにお気づきかと思いますが、
 そこが個別として、皆様のお手元に向かっております。
 行動のかけ方による、それぞれのシチュエーションや文章量は、
 参加くださったみなさま全員が、同じではありませんので、
 どうか、ご了承くださいませ。

>慶悟さん(個別キーワード『酒』『推理』)

 謎解きはパーフェクトでした(笑)。
 『猫』『花』『ロボット』の井戸水で、
 私が、謎の迷走を繰り広げたりしましたが、
 結局、花になりました。
『女心』は縛れないと言う方に限って、
 それを掴むのが巧そうな気がしますが、慶悟さんはどうなのでしょう(笑)