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『蓬莱館』の真実
●厨房にて【8E】
「あの……誰も居られないんですか?」
深雪は無人の厨房を覗き込み、そう声をかけた。もちろん返事がある訳もない。かといって、しんと静まり返っている訳でもないのだが……不思議と。
「……ホントに誰も姿が見えないのね」
ぼそりつぶやく深雪。気配はすれども姿は見えず。何とも謎である。
(おむすびでもいただけないかと思ったのだけれど……)
昨日より食欲なく、酒ばかりちびちびと飲んでいた深雪であったが、さすがに空腹を覚え厨房を訪れていた。ところがこの状態である。空腹を満たすうんぬんではない。
と、思っているとだ。いつの間にやら、台の上におにぎりが6個ほど載った皿が置かれていた。
「え?」
目が点になる深雪。いったいいつ用意されたのか。どこの誰が握ったというのか。それより何よりおにぎりなんて、言葉に発していなかったのに。……謎である。
「えと……。いただいて……いきます……ね? いいんですよ……ね?」
深雪はきょろきょろと辺りを見回しながら言うと、おにぎりの皿を手に部屋へ戻ろうとした――怪我か何かでもしたのか、やや歩き辛そうにしながら。
●想い会話【9B】
「あ!」
「……とッと」
よろけた深雪の身体が、十三に寄りかかってしまった。その拍子に、十三が抱えていたスポーツ飲料の缶が1本床に落ちた。
「ごめんなさい……上手く歩くことが出来なくて……」
身を屈め、缶を拾い上げる深雪。それを聞いた十三は、無言で意味深な笑みを浮かべた。
深雪は缶を十三に返そうとしたが、十三は顎で『受け取れ』の仕草を見せた。
「まあ、こちとら役得だから気にしねェ」
「……すみません」
深雪の荷物が1つ増えた。
「修理……ですか?」
十三と並んで歩きながら深雪が尋ねた。
「おうよ。昨日から自販の故障頻発よ。まさか、三ちゃんの不幸体質が移ッたンじゃなかろうなァ?」
この時、三下忠雄がくしゃみをしていたかどうかは定かではない。
「しッかし、自販が壊れた時でも工具で修理せなならンのなァ。精霊様のお力でチョチョイのチョイやで! ……ッて訳にゃいかねェか」
冗談ぽく話していた十三だったが、深雪の表情の固さを見て口調のトーンを落とした。
「……何シケたツラしてやがる。万々歳……じゃなかッたンかい、お嬢よ?」
「あの……十三さん」
「何でェ」
「つまりね。結局はね……私は自分に自信が持てなかっただけなの。そう、持てなかっただけ……」
歩く足を止め、深雪が言った。
「だって……そうだもの。私には『あのひと』しか選択肢がなくて……でも、『あのひと』の選択肢は別に私でなくたっていい。無数の可能性がある……。ワン・アンド・オールか、ワン・オア・オール……その違い」
寂し気な苦笑いを浮かべる深雪。何とも複雑な表情である。
「……それが悔しいッて訳かい?」
「それは違うわ」
十三の言葉に、深雪は首を横に振った。
「悔しいとか……そういう感情ではないの。それは最初から分かっていたことだから。ただ……」
「ただ?」
「『あのひと』にとって私は――『最良の選択』ではない。それが私に突き付けられた事実のナイフ。本当に『あのひと』のことを想うなら……『あのひと』は別の道を選んだ方がいい……」
そこまで言うと、深雪は大きく息を吐いた。
「だけど、頭と心は別だったみたい」
「……てェと?」
「想いは澱む。澱んだ想いは蓄積され、次第に膨らんでゆき……産み出された『反乱』という名の糧になる。何に対する『反乱』なのか、いまいちはっきりしないまま……その存在は大きくなってゆく。私? 『あのひと』? それとも何? 取り巻く世界?」
「ンで……その『反乱』とやらの結果はどうだッたンでェ」
「でもやっぱり……失敗に終わりそう」
深雪が哀しさ混じった笑みを見せた。
「先の結果がどうあれ、私は『あのひとを傷付けた』。これは疑いようのない事実……そして現実。決して許されないことで……」
「……旦那はとうに許してると思うがなァ」
深雪の言葉に割り込むように、ぼそりと十三がつぶやいた。
「問題はお嬢が手前ェ自身を許せるかで……」
ひょいと深雪の顔を覗き込む十三。そして苦笑い。
「無理ッてツラだな。……お嬢も妙なトコで頑固だかンなァ」
「も?」
「へッ、細けェこたァ気にすンな。しかしまあ……何だ」
ゴホンと咳払いすると、十三は言葉を続けた。
「お前ェさんはな、きっと俺ッチと『同類』なンだよ」
十三が深雪を見て、ニヤッと笑った。
「え……?」
「周りを顧みず先走って、結果自分を追い詰める。へッ、どこぞのハッタリ占い師よりゃ当たッてンだろ」
「…………」
深雪は十三のその言葉に対し、何も言えなかった。そしておもむろに、自らの身体をぎゅ……と抱き締めた。
「……いいんです、私のことはどうだって。この事実は、この身に行き渡る『熱』とともに背負って生きて……」
「言ッとくがよ、お嬢」
深雪の言葉を制すように、十三がぎろりと深雪を睨んだ。
「『罪』を背負って生きてくッつーのは……相当な覚悟がいるし、実際シンドイぞ」
低い声でつぶやき、再び歩き出す十三。深雪はしばし呆気に取られ、十三の後姿を見つめていた。
「……十三さん?」
深雪が声をかけると十三は足を止め、振り返ることなくこう言った。
「不安を抱えているのはお嬢だけじゃねェ……てこッた。現に俺も……」
「ナーオ」
その時、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。
「んあ?」
「猫?」
振り返る十三と深雪。そこには黒猫が1匹、通路の角より顔を出していた。
【『蓬莱館』の真実・個別ノベル 了】
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■ 登場人物 ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
/ 女 / 24 / アナウンサー(気象情報担当) 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ダブルノベル 高峰温泉へようこそ』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全38場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・大変お待たせし申し訳ありませんでした。ここにようやく『蓬莱館』の真実をお届けいたします。『蓬莱館』とはこのような所でした。皆様はいかが思われたでしょうか? 今回もまた共通・個別合わせまして、かなりの文章量となっております。共通ノベルだけでは謎の部分があるかと思いますが、それらは個別ノベルなどで明らかになるかと思います。また、『『蓬莱館』へようこそ』と合わせてお読みいただくと、より楽しめるかと思われます。
・今回高原が書かせていただきました『高峰温泉』2本ですが、不老不死・陰陽(精霊含む)・IO2・『虚無の境界』・シリアスとコミカルの危うい同居……といった所をテーマにしておりました。果たしてどの辺りまで達成出来たかは分かりませんが、もし楽しんでいただけたのであれば幸いです。
・分かりにくかったかもしれませんので、時間軸のお話を少し。『『蓬莱館』へようこそ』は麗香逗留3日目から4日目にかけてのお話、『『蓬莱館』の真実』は逗留5日目と後日談のお話でした。
・当初の予定では、エヴァはもっと暴れる(戦闘する)はずでした。でも実際の本文ではそうはなっておりません。これはプレイングの影響を受けたためです。普段の高原の依頼もそうなんですが、『高峰温泉』は特にプレイングの影響で流れが変わっております。書かなくてはならないことも雪だるまのごとく増えてゆきましたし。
・あと余談なんですが、この『『蓬莱館』の真実』では麗香に深く関わるとどんどんと麗香が壊れてゆく様子が見られる予定でした(しかも、ろくに情報が手に入らないというおまけつき)。その片鱗は共通ノベルや一部の個別ノベルに出ているかと思います。いや、予定ではもっと凄かったんですけれども……ちょっと残念。
・寒河江深雪さん、ご参加ありがとうございました。ええと……悩んでください。とりあえず、深雪さんより打たれたサーブは高原なりに手を抜かずレシーブさせていただいていますので。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またどこかでお会い出来ることを願って。
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