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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


蜃宝珠
 嵌められたような気がしないでもない。
 沙耶の頼みを聞いたために、思い出したくもないものを――違う、忘れていたいものを無理やり見せられたのだから。
「――アレは…あの珠は、何に使う物なんですか?」
 帰り支度を済ませ、時間潰しにロビーまでぶらぶらとやって来た遮那は、そこで優雅にお茶を飲んでいる沙耶と出会い…気付けば、そんな言葉を口走っていた。
 未だにあの不快感が拭いきれていないからか、穏やかに聞いたつもりだったのだが、意に反して口から出た言葉にはトゲがある。それは自分の耳で聞いても顔をしかめてしまうもので、だが相手から見れば始めから敵意を持って口に出しているように見えるのだろう。そんな事を考えてしまう自分も嫌になって来るが。
 沙耶は何も言わない。只黙って、柔らかな手付きでカップを口に運んでいるだけ。帰り支度は済ませてあるらしく、旅行用のバッグがその脇に置かれている。
「答えられないんですか」
 ――ことり、と。
 テーブルにカップを置いた沙耶が、ゆっくりと顔を上げ、そして遮那を見上げた。
 黙ったままで。
 何か言おうと口を開きかけた遮那も、沙耶の視線に会うと言葉が続かなくなってしまい。目顔で座れと指し示されて大人しくすとんと腰を降ろした。
「それで?」
 カップの中身があらかた殻になったところで沙耶がぽつりと口を開いた。
「それで、って…」
「貴方にとって拙い事があるなら、どうするの?」
 静かな目が、遮那を射る。

「――返してもらえませんか」
 暫くして、ようやくその言葉を搾り出した遮那の顔は、僅かながら歪んでいた。何か綺麗な言葉を言おうとして言えず、結局出たのはその言葉。そして、言ってしまってから目を見開いたのは遮那の方だった。
 沙耶はその言葉が出ているのが分かっていたようで、特に驚いた様子も見せなかったが。
「そう。…別に良いわよ」
 あっさりと。
 沙耶はそう言い、脇のバッグの中からあの函を取り出してテーブルの上に置き、かぱりと蓋を開ける。
 中には、色とりどりの珠が並んでおり、其れは前も見ていたとは言え、一瞬息を呑んでしまう程の色だった。
 その中から一色取り出して、ころりとテーブルの上に転がす。そのまま勢いに乗って縁へと転がる珠を慌てて手で押さえて止めた。恐る恐るといった動きで。
 沙耶の意図が分からない。このまま持って行けというのだろうか。
 手の中で物言わぬ珠を押さえながら、沙耶の言葉を待つように顔を見つめ続ける。だが、沙耶は小さく唇に笑みを浮かべるだけで何も言おうとはしない。
「…持っていってもいいんですか」
「断わる理由は何もないわ」
 涼しげな言葉が、逆に不安を煽る。突然預かれと言ってみたり、こうして言えばあっさりと返してくれたりする。
 その意図は何処にあるのだろうか。
「ただし」
 ホラ来た、と遮那が身構える。だが、其処から出た言葉はやはり意外なもので。
「壊れないわよ」
 手の中の其れを、思わず持ち上げて見つめる。
「…どうして」
「空のガラス球と、詰まったガラス球の違いね」
 ぱたん、と蓋を閉じて沙耶がにこりと微笑む。
「其れはこれから加工して細工物として扱うのよ。宝玉と同じようなものね。只、それよりも貴重な品ではあるけれど」
「それから…」
「良い夢を見せてくれるお守りになるのよ」
 ――あれが良い夢?
 あの、悪夢が凝ったようなモノが?
「納得行かない顔をしているわね」
「それは…だって」
「そうかしら」
 口ごもる遮那に、沙耶の言葉が飛ぶ。
 その言葉を聞いた遮那は、これもまたあっさりと珠を沙耶の手元へ転がして返した。ありがとうとも何も言わずに沙耶は再び函の中へ、珠を仕舞っていく。
 その姿を見ながら椅子を立つと、遮那はすぐさま踵を返して部屋へと戻り、荷物を掴んで立ち上がった。
 直にこの旅館を飛び出すつもりで。
 無意識に拭った額からは、嫌な汗が僅かににじんでいた。

 沙耶の言葉。
 それは、遮那自身がそうではないかと思いつつも否定していたモノだった。
 言われた途端に、この場から立ち去りたくなったのもそうで。
 そして。
 すぐにでも、あやかし荘へと帰りたかった。

「あの幻を見せたのは…貴方自身なのよ」

 その言葉を、必死で打ち消しながら。

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■   登場人物                  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0506/奉丈・遮那/男性/17/占い師】

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「蜃宝珠・個人ノベル」をお送りします。

この話は依頼を終えた次の日の、外伝的な話となっています。
各自少しずつ話が違っていますので、宜しければ他の方の話も御覧下さい。

参加してくださってありがとうございました。これからはまた依頼に戻りますので宜しくお願いします。
また、いつか、どこかでお会いしましょう。

間垣 久実