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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


水辺に浮かぶ二つの奏鳴曲(ソナタ)
〜Capitolo della stella.〈月の章〉

I-a

 ヘラクレス――遡れば、その単語から、道を誤ってしまったような気がする。
 ……というか、何で私、
 ここにいるんだろう――。
 いけなかった。
 とにかく、麗花としては、それはある意味最大の過ちでもあったのだ。
 それに、何よりも、
 どうしてこんな、
「麗花さん……、」
 少女向けの、ラブロマンス小説みたいな展開になってるわけ――?
 所は無論、裕介の――目の前で、真剣な面持ちで名前を呼んできていた、裕介の部屋。
 風呂上り、着替えて共にソフトクリームを食べたその後、弾む会話延長上、裕介に誘われるがままに、麗花が何気無くこの部屋を訪れてみれば。
 即ち、
 私、これって、もしかして、
 ――色んな意味で、私、危ないんじゃあ……?
 背には壁、目の前には裕介。押し倒されている、という風ではないものの、キスくらいは、雰囲気のみで迫られている、といっても、過言ではないのかも知れない。
 どうしてこのようになっていたのか、などと、それは裕介のみぞ知る事であった。麗花の記憶には、それについては殆どが残っていないのだから――或いは、急すぎる目の前の現実に、思考が追いついていなかっただけなのかも知れないが。
 流されている。
 いってしまえばそれまでなのかも知れないが、どうしても、静まり返った部屋の中、その沈黙を打ち破り、この状況を打開するだけの活動力が、麗花には沸きあがってこなかった。
 いつものように、
 いつもの勢いで、振舞っていれば良いだけであるというのにも関わらず――。
 だが、しかし。
 何も言えない麗花が、裕介と見つめあい、硬直してから早数分。
 何となくふと、時計の音が気になっていた。
 麗花の視線が、一瞬時計の針へと留められる。
 あ――そっか、
 もう、こんな時間なんだ――……、
 ……、
 何か、おかしい。
 ――ちょっと、待って。
 こんな、時間?
「――いけない!」
「痛っ?!」
 がつんっ、と。
 何の前触れも無く身を起こした麗花の頭が、裕介の額へと勢い良く命中する。
 ――折角、ここまで持ち込んだと言うのに。
 一体何があったんです――? と、刹那打ち砕かれた静々とした雰囲気を名残惜しみながらも、頭を押さえる裕介へと、
「私っ! 猊下と約束してたんだったわ!」
「……はい?」
「どけて下さい! 急がないと、遅れちゃう……!」
「あの、一体どういう――あ、ちょっと待って下さいよ! 麗花さんっ?!」
 火事場の、馬鹿力とでも言うべきか。
 自分を壁際へと追い詰めていた裕介を無理やり押し退けると、麗花はその際乱れた浴衣を直しながら、いそいそと部屋の外へと駆け出した。
 慌てて後を追ってくる裕介へと、
「私が遅れるわけにはいかないんですっ! 猊下に弱みを握られる事になっては大変だもの!」
「あの、麗花さんっ! 一体どういう事なんですっ?」
「ついてこなくて結構です! 私一人で行きますから!」
「いえですから、それ以前に事情がわからないの――、」
 ですけれど……!
 言いかけたところで、廊下を駆け抜けたその先、ようやく見えてきた自分の部屋の前に立ち止まった麗花が、勢い良くその戸を引いた。
 慌しくスリッパを脱ぎ、なにやら随分と距離を詰めて座っていた誠司と色羽とにも構わずに、無遠慮にもずかずかと部屋の中へと入り行く。
「「――星月さんっ?!」」
 嵐のような出来事に、慌てて身を離した誠司と色羽との様子にも、麗花は全く気がついていないのか、
「私、出かけてきます! そういうわけで、後は宜しくお願いしますからっ!――まずい、遅れるわっ! 田中さんほら、これ持って下さいっ!」
「……えっ?!」
「猊下との待ち合わせに遅れてみて下さいよ! 一生言われ続けるに決まっていますもの! これを機に余計に待ち合わせ時間に遅れられるようになっては困るんです! あの人、時間にも疎いから!」
「……すごい、星月さん、まるで長年連れ添った妻みたいだ……!」
 誠司の適確なつっこみもさておき、
「それに、猊下と会う前に瑠璃花ちゃんとも待ち合わせしてるのよ! んもうっ! 全部田中さんのせいですからねっ! 時間には余裕を持って行動しなきゃいけないのにっ!」
「そんな、俺のせいにされても……、」
 苦笑する。
 しかし麗花は、裕介の反応をあまり気にした様子も無く、荷物の中から引っ張り出したフルートをケースごと裕介に手渡し、早く行って! とその背を叩く。
 ……今は、裕介は。
 麗花の言い様がどれほどころころ転じても、何も言わずにそれに従う事にする。
 そうして、呆然とする色羽と誠司とを置き去りに慌しく部屋を出、走る麗花に様々と愚痴をぶつけられながらも、玄関まで走り来て。
 靴に履き替え、二人並んで外に出た時――それは、裕介の予想通りに起こっていた。
「って、何で田中さんまでいるんですかっ!」
 我に帰った麗花が、笑う裕介に怒鳴りつける。
 だが、勿論裕介は平然と――これが証拠です、と言わんばかりに、麗花から持たされたフルートケースを見せびらかすと、
「だって、麗花さんがついて来い、って言ったんですよ?」
 間接的にでは、ありましたけれど。
 ケースを手渡し、少し寒いでしょうから――と、着ていた上着を、麗花の肩へと掛け置いた。
 肩に掛った上着に手を置き、一瞬麗花は絶句する。
 ――それから、暫く。
「私はそんな事言ってません! もうっ! お願いだから、」
 泣き出しそうにすらなる。
 ……田中さんにっ!
 一緒にいられると調子が狂うのよ! お願いだから、
「あなたは帰って――!」
 麗花の叫び声が、虚しく夜空に木霊していた。



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            I caratteri. 〜登場人物
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<PC>

★ 田中 裕介 〈Yusuke Tanaka〉
整理番号:1098 性別:男 年齢:18歳
職業:孤児院のお手伝い兼何でも屋


<NPC>

☆ 星月 麗花 〈Reika Hoshizuku〉
性別:女 年齢:19歳 
職業:見習いシスター兼死霊使い(ネクロマンサー)



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          Dalla scrivente. 〜ライター通信
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 まずは長々と、本当にお疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はご発注を頂きまして、本当にありがとうございました。まずは心よりお礼申し上げます。

 このお話の方は、前編後編の二編で構成させていただきました。この後半は、主に麗花の修行……と申しましょうか、そちらがある意味では軸となるはずでもあったのでございますが、何せ日々サボり癖が酷くなるどっかの誰かさんのせいで結局はカリキュラム(笑)も組まれていなかったようですから、そういう面では、どうだったのかなぁ、と、麗花に同情したくなるような気もあったりするのでございますが……。
 それでも、皆様色々とお気遣い下さりまして、麗花としましても、そういう面では非常に為になったのではないかな、と思われます。
 ちなみにユリウスは、フォークダンスの果てに疲れ果てて死にそうになってしまったようです。もうかなりの歳になりますのに、無理をするとこうなるのでございますね。……普段の酬いで、あるような気も致しますが。
 本編も含めまして、ここで明らかにされなかった部分も少々残ってはおりますが、そのところは、個別の方で、色々と明らかにさせていただいたつもりでおります。もし余力のある方がいらっしゃりましたらば、他の方の個別もお読み頂けますと幸いでございます。所々話が繋がる部分もある事と存じますので……。

 では、今回は、この辺で失礼致します。
 何かありましたら、ご遠慮なくテラコン等よりご連絡をよこしてやって下さいませ。

 またいつか、どこかでお会いできます事を祈りつつ――。


13 maggio 2004
Lina Umizuki