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【 もう届かない、プレゼント 】
からん、からん、からん。
軽快なカウベルと共に、響くのはカウベルとは打って変わって低音の落ち着いた「いらっしゃいませ」。
紅茶と軽食、甘味が楽しめる紅茶館「浅葱」に入ってすぐ見えるのは、漆黒の髪を持ち、その背にこれまた漆黒の翼を「片方」だけ背負ったウエイター。ウエイターと言っても、彼一人しか店の中に見当たらないところを見ると、なんでもやっているのだろうか。
「好きな席に、どうぞ」
接客をしているとは思えないほど無愛想だが、かまわなかった。黙ってカウンターに腰をおろす。すると、手を休めたウエイターがこちらを見て、ため息混じりにこんな一言を漏らした。
「注文っていうよりも、話を聞いたほうがいいのか?」
「――お願いします」
はっきりとした口調で言い放つと、さらにため息を漏らす。
「お前、名前は?」
「琴葉といいます。星野琴葉です」
星野琴葉と名乗った彼女は真剣にウエイターを見つめて言葉を続けた。
「ご迷惑なのはわかっています。でも、他に、頼るところも無くて……」
ずいぶん思いつめている様子だ。本当に、他に頼る場所はどこにも無いのだろう。ここで突き放してしまっては、この後の彼女が不安になる。
と、いつもそんな風に同情に負けて、ウエイター――ファーという男は持ち込まれる「厄介ごと」を引き受けてしまうのだ。心優しいといえばよく聞こえるが、つまりのところお人よしなのだ。
「わたし……何かに取り憑かれていると、学校で言われて」
多分高校生、だろう。だとすると、この近くにある私立神聖都学園の生徒だろうか。よく怪奇事件が発生すると言われている学園だ。そういうものが「見える」生徒や、教師がいても不思議ではないが。
「自分での心あたりは?」
「夢を、見ます」
「どんな?」
「数日前に、死んでしまった――恋人の、夢を」
突然の事故死、だったそうだ。
交差点で横断歩道を渡ろうと、信号が青になるのを待っていたとき、運転を誤って歩道に突っ込んできた車に撥ねられた、という。
そのほかにも怪我をしたものがたくさんいた事故だったので、ファーの記憶にも新しい。事故での唯一の死亡者が、彼女の恋人だったのだろう。
「その日、わたしの誕生日で、一緒に遊びに行く約束をしていて……待ち合わせの場所に彼は来なくて……」
それまでしっかりとした口調で言葉を並べていたが、内容が辛くなってきたのだろう。言葉を選び、ためらうような様子で発してくる。
そんなとき。
がしゃんっ!
「……え?」
ファーの後ろに置いてあった食器の一部が、音を立てて落下した。地震があったわけではないし、他に誰かいるわけでもない。
自然に落ちたのだ。
「お前に憑いている『誰か』が、やったんだろう」
驚いた様子一つなく、端正な顔立ちに冷めた感情を乗せたまま、ファーは割れてしまった食器を片付けだした。
「あの、ごめんなさいっ! 手伝います」
立ち上がろうとした彼女を制し、
「いや、とりあえず、話の続きを。夢で恋人は何て言ってる?」
続きを促す。それに従い、彼女はおとなしく腰をおろすと、言葉を続けた。
「……ただずっと、謝ってます。ごめん、ごめん。って、辛そうにはにかみながら」
「――なるほど」
大きな破片を拾い集めて、立ち上がったファーはゴミ箱にその破片を入れながら、彼女に視線を合わせる。
「取り憑いてるものを、どうにかすればいいのか?」
「できるんですか……?」
「少し調べれば、何とかなるだろう」
けれど、自分一人では「もしも」のときに、彼女に憑いているという『何か』を封じる力も、強引に成仏させてあげる力もない。
そんな時だった。
からん、からん、からん。
彼女が入ってきたときと何一つ変わりなく店のドアが開き、客が入ってくる。忘れることなく「いらっしゃいませ」と声をかける。
固定客が多くいるわけではない。ただ、近くにある神聖都学園で噂になっているらしく、学生の客は確かに多い。今入ってきたのも制服を見る限り、神聖都学園の学生だろう。
入ってきた客は、琴葉から一つ間を空け、カウンターに腰をおろす。ファーは水の入ったグラスをカウンターの上に置き、「注文が決まったら、声をかけてくれ」といつも通りの接客を行った。
自分の背にある黒い翼に女子学生からの視線を感じたが、いつものことなので気にすることはない。ファーは、他に客がいるのに話をするわけにもいかないと、片づけをはじめようと思いが、今一度カウベルがドアの開閉を告げ顔を上げた。
思わず、琴葉も振り返ってドアの先を見る。
「こんにちは」
入ってきたのは、声にまだ幼さの残る少女。しかし、かもし出されている雰囲気や容姿は、少女とはいえないものだった。
「光と恋に惹かれて参りました。この気持ちを感じさせてくださったのは、あなた様ですか?」
言いながら、少女は琴葉と先ほど入ってきた客の間に腰をおろし、女子学生の客を見た。
「え?」
突然声をかけられ、話題が自分だと気づくまでに結構な時間を要する。
「とりあえず……お店のおすすめのものでもいただきたいと思います」
今度はファーを見て、やわらかく微笑むと水も出されぬ間に、注文をする。
「薦めるものというと紅茶になるが、かまわないか?」
とまどいは隠せないながらも、ファーはしっかりと言葉を返した。すると少女は微笑んでうなずき、「甘いものもご一緒にお願いできますか」と落ち着いて言葉を発している。
「わかった。少し待っていてくれ」
ファーが厨房に入り、料理を始めてしまう。このままここにいるべきか、出直すべきか琴葉が迷っていると、少女が女子学生へともう一度声をかけた。
「お話をお伺いさせてください」
「えっと……ボクの、話?」
「ええ。とても暖かいものを感じました。ですから、ステキなお話をお聞かせいただけると思いまして」
何か、お悩みではありませんか?
そう言葉を続けるが、女子学生は何がなんだかわからないまま、疑問符をいっぱいに掲げている。
しかし
「あら……? 今また、恋の気持ちを感じましたが、どうしてかしら、後ろから……?」
ゆっくりと首をかしげ、女子学生と同じように疑問符を掲げている。余計にわけがわからなくなって、女子大生もさらに疑問が募る。
「あ。もしかしますと……」
くるり。
身体の向きを変えて、琴葉をみた少女。
「あなた様ですか?」
「えっ? あ、その……わたし……」
そこに、厨房から出てきたファーが一言。
「わかるのか? お前」
少女の前へ、ティーカップとケーキの乗った皿を置き、そのカップへとティポットから紅茶を注ぐ。
「はい。その心に惹かれ、こちらへ来させていただきましたから」
その様子に目を輝かせながら、「いただきます」とファーに頭を下げる少女。
「悪い、そっちのお客さん、注文はどうする?」
「あ、そうだった。えっとどうしようかな……」
女子学生は巻き込まれたことで、自分の注文を何も考えていなかったらしく、ファーに声をかけられて気がついたようだ。
からん、からん、からん。
そこへまた、カウベルが軽快に鳴り響く。
「いらっしゃいませ」
ずいぶんいっきに客が入ってきたな。と思いながらも、しっかりいつもの台詞を口にする。
「どこに座ってもいいんですか?」
「ああ」
声をかけてきたのは小柄な少年。ふと、ファーの目に映る左目にかけられた包帯。じっと見るのも失礼だろうと思い、目をはずすとすぐ、彼に水を持っていった。
ファーが接客をしている間に、少女は琴葉へと質問を投げかけていた。
「申し遅れました。わたくし、海原みそのと申します。あなた様のお名前も、お聞かせ願えますか?」
「あ、えっと、星野琴葉です」
「琴葉様ですか。ステキなお名前です」
褒められて、素直に照れてみせる琴葉。女子学生は注文を考えながらも、つい耳に入ってきてしまう二人の会話が気になって、つい
「もし何かわけありなら、ボクも入れてもらっていいかな? 力になれるかもしれないし」
参加させてもらうことにしてしまった。すると、琴葉が
「あの、さ。飛鳥雷華ちゃんだよね?」
「ええ! どうして知ってるの? もしかして、学校同じ?」
「うん。わたしも神聖都学園の生徒」
「そうだったんだ。ごめんね、ボク、わからなくて」
「ううん。だって一度も話したことないし、雷華ちゃんが有名だから知ってたの」
「あらあら。ご学友でいらっしゃったんですね」
変わりない微笑みを浮かべてみそのが二人を見比べる。
「それでは、お悩みのお話をお聞かせください」
「あ、はい。どこから話していいものかわからないんですが……」
琴葉はおもむろに、先ほどファーに話した内容を、二人に語り始めた。
◇ ◇ ◇
「そっか……」
「それでは、その恋人様が、琴葉様とご一緒にいらっしゃるのかもしれませんね」
「え……? あの人が、憑いていると言うんですか?」
いつの間にかカウンターに戻っていたファーを見ると、軽く首をうなずかせた。どうやら彼も、同じことを思っていたらしい。
「ボクが何とかしてみせるよ。ほら、まだ彼氏が憑いてるとも限らないし、確認してみよう!」
「そんなことができるの?」
「うん。まかせて」
雷華は椅子から立ち上がり、琴葉を安心させようと満面に笑みを浮かべる。
「彼氏の名前、なんていうか教えてもらってもいいかな?」
「え、っと……加藤、一矢……くん」
「それじゃ、ちょっと待ってて」
琴葉の肩に手を置き、目をつぶると強く念じる。声を聴かせてほしいと。どうして彼女に憑いているのか教えてほしいと。
キミは――加藤一矢、で間違いない?
反応が返ってきたような気がした。それは、先ほどみそのが言っていたように、暖かく、光り輝いたもの――
「えっ?」
そう思った刹那、だった。
打って変わって漆黒の闇に包まれたものが、雷華の中に流れ込んできて、琴葉から手をはずしてしまう。
右手に電撃のような痛みが走る。
「どうしたの? ねえ、何が言いたいの!」
もう一度そこにいる『誰か』と話をしようと、琴葉の肩に手をかけようと思ったが強い力にはじかれる。
「っ!」
「雷華ちゃん!」
見かねた琴葉が雷華に近づこうとするが、席から立つことをみそのが制する。
「いけません。今はそこを動いては、いけません」
先ほどまでの微笑みはどこへやら。真剣な眼差しで――でもどこか包容力のある――まっすぐと射抜かれる。
「お願いっ! ボクに聞かせてよっ!」
雷華はあきらめることなく、再度琴葉に近づこうとしたが――
「うわっ!」
近づくこともできず、今度は身体全体が吹き飛ばされる。店の壁にぶつかろうとした瞬間、何かに抑えられ衝撃は受けずにすんだ。
どうやら、ファーがかばってくれたみたいだ。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
座り込んでしまいそうなところを何とか持ちこたえ、雷華は琴葉にもう一度近づいてみる。
今度は何も問題なく近づくことができた。
しかしそれは――
「いなくなって、しまいました」
みそのの言葉通り、彼女に憑いていた何かが飛び出していってしまったからだった。
「いなくなったって、一体どこへ……?」
「流れを追えばわかるかもしれません」
「わかった、じゃあ、ボクが後を……」
雷華がみそのに飛び出していった先を聞き出し、店を出ようと意気込んだ言葉をさえぎるように、先ほど入ってきた客が声をかけてきた。
「ちょっと、いいですか?」
「え?」
「話、全部聞こえちゃっていたので、お手伝いしますよ」
左目を包帯で覆った少年は、軽く頭を下げてみなの所へ歩み寄ってくる。
「琴葉さんに憑いているのは恋人さんで間違いないと思いますが、このまま雷華さんが接触を試み、拒まれ続け、攻撃してきても困ると思うんです」
「たしかに、おっしゃるとおりですね。ところでお名前はなんとおっしゃるんですか?」
みそのは先ほどの騒動で動じた様子はまったく見せず、少年へと言葉を返した。
「あ、ごめんなさい。風見二十です。それで、思うことなのですが、恋人さん、きっと心残りがあるのだと思います。生きたいという心残りじゃなくて、どうしてもやらなきゃいけなくて、それさえできればもう大丈夫と思えるものが」
「でも、その心残りだって本人に聞かなきゃわからないじゃないか。だから、早く後を追わないとっ!」
「確かにそうとも言いますが……うーん」
悩み、頭を抱える二十。早く後を追いたくてそわそわしている雷華。
そこで、みそのが一つ、こんな提案をした。
「では皆様、こんな風にするのはいかがでしょうか。雷華様と、二十様に後を追っていただきまして、わたくしが琴葉様と残り、何か恋人様の心残りになっていることが無いかどうかお話をお聞きする。雷華様だけが後を追ってしまうと、警戒されている恐れもございますから、そこは二十様にお任せすると」
「じゃあ、俺も後を追おう。直接手を下すことは俺にはできないが、もしものときに二人ぐらい護ってやれるだろうから」
ファーが拭いていたグラスを置いて、ドアのプレートを「CLOSE」に変える。
「わかりました。それじゃ、ちょっと待ってもらえますか? こっちも、もしものときの保険を」
二十はその提案に納得をし、「炮、そこにいる?」と誰もいない場所へ声を飛ばす。
『御用でしょうか、主殿』
「琴葉さんを護って」
『かしこまりました』
確かに、琴葉に守りをつけておくのは得策だろう。出て行った『何か』が琴葉に戻ってきたときに、悪霊にでもなってしまっていたら彼女が危なくなってしまう。
「それじゃ、行こう!」
雷華は二十とファーを引っ張るように声をかけると、一目散に飛び出した。それに続いて二十とファーも店を後にする。
◇ ◇ ◇
みそのは「もの」の流れを感じ取ることができるという。彼女が教えてくれた、琴葉に憑いていたという「もの」の流れは街の大通りを抜け、住宅街へと続いていた。
「……それで、ここってわけですか?」
「うん。確かに、みそのちゃんが言ってたのは、ここだったよ」
「じゃ、間違いないんだろう。入ってみよう」
たどり着いた先は何の変哲も無い、一軒の住宅。ファーがちらりと表札を確認すると、「加藤」の文字。先ほど雷華と琴葉の話に出てきた、琴葉の恋人の名前も確かに「加藤」だった。彼女に憑いていた『何か』は、恋人で間違いなさそうだ。
一向はインターホンを鳴らし、家に入れてもらえるように、何とか交渉しようとした。
が。
「え……?」
「勝手に、ドアが開きましたね。入って来いって、言ってるんじゃないですか?」
「うん。そうだね。でも、ボク行かないほうがいいかな?」
「いや、むしろ行ったほうがいいだろう。会話ができるのはお前しかいないんだからな」
「あ、そうか……」
「それで、お前の言葉じゃなく、そうだな……二十の言葉を伝えてもらえばいいかもしれない。冷静に会話ができる」
「そうですね」
「それって、ボクが冷静じゃないってことじゃ……」
そっぽを向いて膨れてしまう雷華。たしかに、暗にそう言っていることになるだろう。
「冷静ではないが、純粋だ。もしかすると、お前の言葉は相手にとって純粋すぎて受け入れられないものなのかもしれない」
ファーはフォローのつもりで言ったのではなく、本心からその言葉を投げかけた。その言葉どおり純粋な雷華は、素直にその言葉に喜びも、考えもする。
「そっか……ボクの言葉は、そうなってしまうときもあるんだね」
「ごくまれに、だと思いますよ。普通は純粋って、喜ばれますからね」
「うん。ありがとう」
話はまとまったようだ。
雷華を先頭にし、家の中へと入っていく三人を誘うように、次々に家の中のドアが開いていく。二階へ続く階段の上にあった扉。二階に行ってみると廊下に面している左側のドアが開いた。
三人は顔を見合わせ、うなずくと、その部屋へと入っていった。
そしてすぐさま、雷華は念じるように目をつぶると、
「ここがキミの部屋なの?」
となるべく抑えた言葉で投げかける。
――そうだよ――
帰ってきた声は、全員の耳に届いたもの。耳にというよりも、どこか能に直接投げかけられているような感覚。
「どうして、琴葉さんに憑いていたのか聞かせてください」
――守りたかった――
「それだけですか?」
落ち着いた二十が琴葉の恋人と確かに言葉を交わしている。
――謝りたかった――
「何を……か、聞いてもいいですか?」
探るような言い方。強要してはいけない。あくまで、彼が話したいと思うまで待たなければまた、どこかへ行ってしまうに違いない。
――行けなかった。言えなかった。渡せなかった――
「……それは、誕生日のあの日の後悔……ということですね?」
――そうだよ――
彼が感じていた後悔を取り除いてあげることが果たしてできるだろうか。二十がそっと、言葉を続ける。
「どうしたら、その後悔がなくなりますか……?」
――でも、いない人間が彼女を幸せにすることはできない――
「え……?」
疑問の一言を思わず漏らしたのは、雷華。
――彼女が後を引きずってしまう。だから本当は……さっさと逝かなきゃいけない――
「でも後悔は残っていて、お前は逝けないのか?」
――そうだよ――
それは、取り除いて上げられる後悔なのだろうか。
「ねえ、どうしたらいいの? どうしたら……キミの後悔を晴らしてあげられるの?」
言葉を伝えれば後悔は晴れるはずだ。
けれどそれでは、彼女が後を引きずることになってしまう。
自分のことなんか忘れて、早く幸せになってほしいのに。
彼の言うことも一理あるだろう。でもそれでは、一生彼が天に昇ることができない。
そんなの哀しすぎる。
思わずいつもの調子で、雷華は声を上げてしまった。しまったと思ったがもう遅い。でも、彼は先ほどのようにどこかへ行ったりはしなかった。
「彼女はキミを忘れたりしてない。きっと、引きずったりもしないよ。キミがここに残っていることを考えたら、そっちのほうが引きずっちゃう!」
「確かに、そうかもしれませんね」
――じゃあ、ここに残っていたことは黙っておいて――
「お前は、どうするんだ?」
ファーが誰もいないはずの机の椅子に向かって、厳しい視線を飛ばす。そこにいるとはわからないが、なんだか、そこにいるような気がして。
――多分これのせいで残ってるから、どこかに捨ててくれないか――
机の上で何かが光った。
雷華と二十がすぐに近づいて、光ったものが一体なんだったのか確認する。
すると
「指輪……ですね」
「でも、これを完全に消滅させなきゃ、いけないんでしょ? そんなのできっこないよ」
――海にでも流してくれれば、彼女に会えないぐらい遠くにいけるから――
「わかった。じゃあ、海に流してやる」
ファーが二人の合間から指輪を取ると、ズボンのポケットに押し込んだ。
「嘘でしょ! 本当にやるのっ! そんなこと!」
雷華が噛み付いてきたが気にする様子一つなく、ファーは冷淡を表情に貼り付けてうなずいた。
「そんな……他に何かないの? ねえ!」
「彼女に憑いていたのは彼女の恋人ではなかった。追跡した先で成仏し、天に昇った……それで、この事件は解決したんですよね?」
二十が雷華に言って聞かせるために、ファーが思っていることそのものを口にしてくれる。
「ああそうだ。簡単なことだったな」
それに続くように、ファーが話を雷華に振る。
「……そうだね……」
腑に落ちない点ばかりだ。それじゃ、哀しいだけじゃないか。もっと他に、何か方法はないのだろうか。
不満ばかりが雷華の胸裏に残っている。
でも、本人が決めたこと。だったらそれが一番いいのかもしれない。
――迷惑かけて悪いね。ありがとう――
それがファーのポケットにしまった指輪から聞こえた、最後の言葉だった。
◇ ◇ ◇
あれから。
三人は紅茶館「浅葱」へと戻り、二十が復唱したとおりのことを琴葉に告げた。
どこかで期待していたのだろう。
恋人ではなかったことに表情を曇らせた琴葉だったが、憑いていたものが祓われたことにほっとした様子を見せた。
笑顔で礼をいい、紅茶館「浅葱」を去ろうとしたとき、見ていられなくて雷華は一言彼女に言葉を贈った。
「死が別れじゃなくて、思い出を悲しみにすることが別れなんだよ……彼の為にも前に進むんだよ」
一瞬目を丸くした彼女だったが、すぐに
「ありがとう、雷華ちゃん」
と、微笑んでうなずいてくれた。
恋人と会話させてあげられなかったことが何よりも悔しい。でも、きっと彼女は前を向いて歩いていく。
だから自分も――
「うん。前に進もう」
彼女に彼の最後の言葉を届けることはできないけれど。
そして、最後のプレゼントを贈ることもできないけれど。
その全てが――彼女を幸せにするための嘘で、包まれている。
彼女のためになる「嘘」ならば、きっと、貫き通すことができる。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖飛鳥・雷華 ‖整理番号:2450 │ 性別:女性 │ 年齢:16歳 │ 職業:龍戦士 兼 女子高生
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‖海原・みその‖整理番号:1386 │ 性別:女性 │ 年齢:13歳 │ 職業:深淵の巫女
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‖風見・二十 ‖整理番号:2795 │ 性別:男性 │ 年齢:13歳 │ 職業:万屋
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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ライターのあすなです。この度は発注ありがとうございました!
初めての紅茶館「浅葱」に持ち込まれた「厄介ごと」でしたが、楽しんでいただけたら
光栄です!
雷華さん、お久しぶりです。こうしてまた、雷華さんを描くことができて嬉しく思いま
す。いつもまっすぐに、純粋で、前を向いている雷華さんには、納得することができな
い結末だったと思います。それでも、彼女の最後の言葉は、きっと琴葉の胸に響いてい
ると思います。いただいたプレイングにだいぶアレンジが加わってしまって……申し訳
ありませんでした(汗)
別行動を取った場面や少しずつ細かなところが、三方のそれぞれの視点で描かせていた
だいたため、異なる点がございます。読み比べていただけるとまた世界が広がるかなと、
書いた本人が勝手に思っている次第です。
よろしかったらご意見・ご感想などいただける次への励みになりますので、いただける
と嬉しいです。よろしくお願いします。それでは。この度は、本当にありがとうござい
ました! ぜひまた、どこかでお目にかかれることを願って。
あすな 拝
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