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百年仕掛けの睡魔
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数週間後。碇氏の担当している雑誌の記事に、先日訪れた旅館のレポートが記載されているのを偶然発見した。山手線の中吊り広告で、心霊旅館巡り、という名のキャッチフレーズだった。なんだかんだ言って、仕事にこじ付けてしまうのが彼女らしいとも言える。
私は仕事帰りに、コンビニに立ち寄り、記事の内容を確認しようとした。自分のことが余計に書かれてはいないか、と多少心配もしていた。
内容はこうだ。
その旅館には二つの桜の盆栽がある。一つの桜に触れると花が散り、一方の桜に触れると花が戻る。二つの桜は元々一つである。二つに分かれているそれは、三次元世界に投影されて認識できる形なのだ。他にも、様々な箇所で、時空の歪みが発見される。気がついたら別の場所に移動していた、何て言う事例もある。
それは単にアルコールの効果だろう、と記事に突っ込みつつ、摩耶は小さく吹き出した。
「うわあ、この記事、大丈夫なのかな。ギリギリアウトって感じ。いや、でも重かったなあ、あの人」
そもそも、信憑性を求められる雑誌ではない事は、一般的にも認知されているだろう。それでも、オカルトマニアの間では頻繁に雑誌の記事を題材に議論を行っているのを、インターネットを通じて知っていた。その多くが、真偽を判定するものだった。
この記事も、見るからに嘘くさい。真と評価する余地があるのだろうか、とこれから議論するであろうディベータの根性に感心してしまう。
旅館の所在地は、厳密には記載されていなかった。旅館側の了承が得られなかった、という理由でだ。それよりも、こんな取材に許可を与えてしまう旅館なんてある訳が無い。ごく一部の読者を覗いて、大半の人間は初めから旅館の存在すら信じていないに決まっている。
摩耶は店から出ると、背伸びをした。すでに睡魔が襲ってきている。空は明るくなりつつあった。
鈍感であるが故に幸せな生物が数多く、駐車場の隅で屯っていた。
そう言えば、最近になるまで気付かなかったけれど、碇の部下の男は三下忠雄だった。休日という事で眼鏡を外していたので、全くわからなかったのだ。
それに気付かなければ、私は、もう少し幸せだったかもしれない。と、訳の分からない想像をしてみたりするのである。
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■ 登場人物 ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
>【1979/葛生 摩耶/女性/20歳/泡姫】
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■ ライター通信 ■
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葛生様。この度はご依頼ありがとうございました。栗須亭にとっても、望外の喜びであります。このスペースは、小説で言う所の「あとがき」にあたりますが、本文の内容については、あえて触れない事にします。作者が意図を話した所で、それは単なるネタバレになってしまうし、「なんだ作り物だったのか」という虚無感を与えないような配慮が根本にあります。固い事言うなよって感じですよね。
またの機会があれば、よろしくお願いいたします。次回は、ここに書く事が無くなってしまいますが(笑)。
面白く読んでいただければ幸いです。
ではでは・・
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