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蜃宝珠
目が覚めても、何が変わるわけでもない。
今日はもう帰る日。元々依頼を請け負ってやってきたこともあり、黙々と与えられた布団を畳み部屋の隅に置いて、不思議なデザインの浴衣を脱いで私服へと着替えた。
思いは既に自らの経営する店へとある。依頼が溜まっているのでなければ良いが、と思うのは相手に悪いと思うより、実行出来る日数内に完了できなかった場合が嫌なだけ。それ以上の思いは今のところ無かった。
…それにしても。
ふと思い出すのは、昨日のこと。預けられた依頼の品、それが変色したことに驚いたわけではない。
ただ、
他の3人の差し出した珠の色――そして沙耶の珠の色が。
まるで、各々のカラーを表しているようで。
きり、と音がした。
それが自分の出した歯軋りと気付いて、ふ、っと口の力を緩める。
…寧ろ、沙耶のあの闇色の珠こそが、自分には相応しいと思ったのに。
そう考えてしまうのは、自虐だろうか。
自分に笑いかける両親と、行かせまいと足を掴んだ少女と。
――そのどちらが相応しいのだろうか。
あの場が、もし本当にあったもので。
あの両親が本物で。
血まみれの少女が、縋っていたとしたら。
…どちらを選んだのだろうか。
ふと手を見る。
柔らかそうな、健康そうな肌の色。傷も無く歳相応の張りと艶を持った。
だが。
この手に染み込んだ血は、一生かかっても洗いきれない程だと。絡みつく、縋りつく手を何度、振り払ったか…何度、物言わぬ塊に変えたか。それ以上に、どのくらい、無造作に『仕事』を行ったか。
――そう、分かっている。
選べたなら。
きっと――
少女を追い払った後も、結局自分は何をしたか。
幻を打ち消すために、『両親』へ攻撃したのではなかったか。
それは、幻を消す手段とは言え――攻撃の手を緩めるつもりは初めから無く、抵抗する事がないと判っていても最後まで、手応えを感じるまで止まらなかった手の感触が、何故だかいつもと違って思い出すのも忌々しかった。
「……」
ふと。
ちくりと痛みを感じて唇に指を当てる。――じわり、と甘い味が口の中に広がり、確認するまでも無く其れが血であることが判った。どうやら、唇を噛み切ったらしい。
そして、尚も指で其処に触れながら小さく首を傾げた。
何故?
意識せずに行動を起こしたのか。先程の歯軋りと言い、今の唇の傷と言い。
何よりも不審なのは、クミノ自身に思い当たることが無かったせいだ。
何故かと言えば、自分の起こしたアクションは決して的外れなものではなかったから。
なのに身体はまるで今回のことが不満であるかのような動きをする。クミノの普段の意識の外で。
片付けは数分で済んだ。
からりと部屋の窓を開け、無表情で外を眺める。――広々と広がる庭。明るい日差しが庭にも向こうに見える森の上にも差し込んできらきらと輝いている。
そのことに何の感慨が浮かぶわけでもなかったけれど、ほんの少しだけあの明るい日差しに強い視線を向けたのは、もしかしたらこの旅館の居心地が思っていたより良かったからかもしれなかった。
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■ 登場人物 ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0506/ササキビ・クミノ/女性/13/元企業傭兵】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました。「蜃宝珠・個人ノベル」をお送りします。
この話は依頼を終えた次の日の、外伝的な話となっています。
各自少しずつ話が違っていますので、宜しければ他の方の話も御覧下さい。
参加してくださってありがとうございました。これからはまた依頼に戻りますので宜しくお願いします。
また、いつか、どこかでお会いしましょう。
間垣 久実
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