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<期間限定・東京怪談ダブルノベル>


「囁き声」
<まほろばの時に移ろいて>
 「大丈夫ですか。お客様?」
 身体を揺すられる感覚に、ササキビ・クミノは目を開けた。長い髪を頭の両脇に結い上げた可愛らしい少女がこちらを覗き込んでいる。見覚えのある顔。蓬莱館へ来た時に出迎えてくれた、蓬莱という名前の少女であった。
 「……どういう事だ?」
 「何がでしょう?」
 突然の剣幕に、少女は驚いたように身を引いた。
 「どういう事だと聞いている?!」
 立ち上がろうかとしたが、身体が上手くいう事を聞かなかった。ずっと廊下で壁に背を預けたままでいたらしい。身体が固まっている感じがする。一体どれだけの時間そうしていたのだろうか。
 「ここを通りかかったら、お客様が倒れておいででしたので……」
 「そういう事じゃない! 私は、確かに……」
 言いかけてクミノは言葉を飲み込んだ。それから、耳を澄ます。声は聞こえなかった。
 ここは部屋の前の廊下だった。クミノは今一体自分がいつの状態で存在しているのかが分らなくなった。いやそもそもこの状態でいるという事は……。
 急に黙ってしまったクミノを心配して、再度蓬莱が覗き込むようにして様子を窺う。
 「大丈夫でしょうか?」
 「何ともない。どうやら、夢を見ていたらしい」
 軽く頭を振りつつ、クミノは立ち上がろうとしたがやはり少し身体が重い。
 「あまりいい夢ではありませんでしたか?」
 と聞く少女の瞳に偽りの色は浮かんではいなかった。
 「いや、そうでもない」
 とクミノが答えると、にこやかに笑みが浮かぶ。
 「それは何よりです。それはそうと、お食事の用意ができましたが、こちらへお持ちすればよろしいでしょうか?」
 「そうだな……頼む」
 「かしこまりました」と蓬莱は可愛らしい仕草で頭を下げて去っていく。その後姿を見ながら、クミノは息を飲み、そして視線を薄く細めた。
 「待て」と呼び止める。少女はくるりと振り向いて、愛らしい仕種で首を傾げて見せた。
 「はい。何か他にも?」
 その蓬莱の背後には影がなかった。足音すらたっていない。
 「この蓬莱館は、いつからここにある?」
 やや声のトーンを下げて聞く。
 「望まれる限りずっとあり続けますわ」
 と言って微笑む蓬莱の表情は今までの少女の物ではなかった。艶やかさすら感じる。
 振り向いた時と同じように軽やかに踵を返し、蓬莱は去っていく。クミノはそれを見送って、重い身体を引きずるようにして部屋に戻った。
 扉を開け、またも息を飲む。
 思わず後ろを振り返るが、当然誰もいない。誰の気配もない。
 部屋の中には既に食事の用意がなされていた。部屋は突き当たりにあり、反対側からは壁を通り抜けでもしない限りにはクミノの目に止まらずにたどり着く事は不可能だ。その為にこそ、この部屋を選んだのだ。
 クミノは夢? の中で聞いたこの蓬莱館の目的を思い出した。「不老不死」を可能にする為の空間、異界。そこに閉じ込められた三千人の魂、そして蓬莱という名の少女。あれは幻などではなかったに違いない。
 だが、全てが真実でもないだろう。
 それと同様に自分が目にしていた蓬莱という少女でさえも、真実ではないのかもしれなかった。
 機器に映し出される映像を見直してみて、気がついた事がある。時折映し出される彼女の映像が、場所によって時間の前後に適合性がないのだ。
 ほとんど同時に二つの場所にいた事さえある。
 「あなたが望んでいる事です」
 夢の中で蓬莱が言っていた。そうかもしれないと思う。彼女はおそらく実体ではあるまい。もし夢の中で言っていた事が本当なら、彼女は見る者によって別人の様に見えるだろうし、別人の様に振舞う事だろう。
 だが、一体何の為? 何の為に、そんな事をする? そもそもこの蓬莱間の存在の目的は不老不死の薬を手に入れる為ではなかったのか? それが何の為に、こうやって人を集め、まやかしを見せる?
 ……分らない。全ては、蓬莱に直接聞くしかないだろう。
 
<ただ、あるがままに>
 「またのお越しをお待ちしております」
 蓬莱館の入り口まで見送りに来た少女は丁寧に頭を下げた。
 「一つだけ聞かせて欲しい」
 「はい?」
 この数日、クミノは調べ方を変えた。館そのものを調べるのではなく、宿泊者がどのような体験をしたかを調べた。だが、分かった事は多くはない。様々な出来事があったという事。そして……。
 「この館が百年に一度だけこの世界とつながる事は分った。でも分かった事はそれだけだ。この館は、なぜ存在し続けている? お前達は何を望んでいる?」
 聞かれて、少女は微笑んだ。
 「二つですね」と。
 「そうだな」と、クミノはややばつの悪い顔をした。
 「私達の望みは、そうですね」
 一端そこで言葉を切って、少女は何かを思い出すように少しだけ視線を遠くに向けた。
 「ここに在る事です」
 にわかには言われた事の意味が分らない。クミノは僅かに眉間に皺を寄せた。
 「最初の理由がどうであれ、私達はこの場所に居続ける存在です。私と、そしてたくさんの仲間と」
 「みんな、ここに?」
 「はい」と蓬莱は鼻に皺を寄せて嬉しそうに笑った。
 「今は、皆さんが愉しんでくれる事が私達の喜びでもあるんですよ。でも、時を留めた存在というのは、時間を旅することが難しいみたいなんです」
 蓬莱が説明するには、時間の流れから取り残されてしまうと結果として存在そのものが希薄になってしまうという事だった。それを補う為に、百年に一度現世に現れてエネルギーの補給をしなくてはならない。こうやって人を集め、少しずつ力を貰う。
 「私からも、盗ったのか?」
 「はい。ほんの少しだけです。影響はもうないと思いますよ。充分、休息もしていただいたと思いますし」
 なるほど。と思う。あの脱力感の理由はこれだったのか。と、同時にクミノは自分が見たものの正体が分った気がした。
 「もう、お答えする必要はないみたいですね」
 クミノの心中を覗き見でもしたかのように、蓬莱は優しく微笑んで見せた。
 「まあね」とクミノ。
 ここは異界。蓬莱館。個人の望みを叶える代わりに、少しだけ生命力を代金として取られる場所。生き続けるという事は、いろんな人の人生に少しずつ足を踏み入れる事とも言う。なるほどそれが存在理由でもあるというわけか。
 「御満足いただけましたか?」
 クミノは思わず返答に困った。もしかしてこういう風に考える事すらも、この蓬莱館のアトラクションの一部なのではなかろうかと考えてしまったからだった。それを頭を一つ振って外へと追いやる。
 たまにはこういうのもいい。ただ時の流れに身を任す事だって悪くはない。
 まだ、あの時観たもう一人の自分の様には笑えない。けれど、可能性はないともいえない。自分が心のどこかでそう望んでいるのなら。
 「ありがとう」
 他人から見たら笑っているようには見えないだろう。けれどクミノは表に出す事ができる一番の笑顔でそう言った。
 「またのお越しをお待ちしております」
 抱拳礼という中国式の挨拶で蓬莱に見送られ、ササキビ・クミノは軽く片手を挙げて蓬莱館を後にした。
〜了〜

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■   登場人物                  ■
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【整理番号1166/ササキビ・クミノ/ 女 / 13歳 / 殺し屋じゃない、断じて殺し屋ではない】
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■         ライター通信          ■
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 ライターのとらむです。参加して頂きありがとうございます。情報収集能力が高そうでしたので、こういう形にしてみました。いかがでしたでしょうか?
 また機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします。